小鳥遊さんは夢見鳥 ニ

小鳥遊たかなしさんの夢って何?」

 私と小鳥遊さんが出会って数週間が過ぎたある日のこと、私は唐突に脈絡もなく問いかけた。

 その日は、雨が降っていてメンタルが弱い私は、それだけで気分が落ち込み気味だったので、せめてこの太陽のような明るい心を持つ小鳥遊さんの、希望溢れる未来の事を聞いて、少しでも気分を上げようという作戦だ。

 して、小鳥遊さんは教室でお弁当を食べながら少し考える素振りを見せ、言った。

「私⋯⋯鳥になりたい」

「鳥?」

「そう、鳥。大きく翼を広げて大空を飛び駆けるあの、鳥」

「もう、名前的には鳥であると言えなくもないけれど」

「そういうことじゃない。そりゃ名前は、鳥まみれだし、鳥の固有名称まで入ってはいるけど、そうじゃない。私は、鳥そのモノになりたい」

 言いながら、小鳥遊さんは、橋を両手持ち、翼を広げるような動作をする。

 私からしてみれば、その動作は鳥ではなく、天界から降り立った天使のようにも見えてしまうのだけれど。何故だか、小鳥遊さんはそう言った褒め言葉が嫌いみたいなので、言わないでおこう。

「鳥かー。なんか意外」

「そう?」

「うん⋯⋯私の中の小鳥遊さんは、もっとキッチリしてる感じだと思ってたから、そんな夢物語を語るようには思えなかった」

「私、そんな風に思われてるの?」

「うん、だって、始めた会った時も。ここは現実だから的な事を言ってたから、フィクションにはあまり影響されないタイプなんだと思ってた」

「ああ、あの時のセリフは嘘だよ」

「嘘? え?」

「正確には嘘ではなくて、私の気持ちではないってだけ」

 言って、小鳥遊さんはお弁当の中から一つつまみ上げ口元に持っていく。

 平静な小鳥遊さんとは真逆に私は、わけもわからなくなっている。

 だって、前提が崩されたのだ。

 この人はこういう考えを持って動いているという、前提が。そんな状況で動揺せずにはいられない。

「どういうこと?」

「どういうことも何も、ただ、たまたまその日読んでいた本に書いてあった事をそのまま丸パクリしたってだけ──なんかカッコいいセリフだったし」

「え? じゃあ小鳥遊さんってフィクションにガンガン影響受けるタイプなの?」

 訊くと小鳥遊さんは、さも当然のように。

「そだよー、私がなんか格好づけて言う時は大抵、その時読んだ本のセリフを言う時だね」

 と、言った。

 続けて、小鳥遊さんは。

「というか、なんかのセリフでもなければ、恥ずかしげもなくああ言うこと言えたりなんかしないよ」

 とも、言った。

 言い終わると小鳥遊さんは、もう一度箸でお弁当から一つつまみ上げる。

 パクパクと食べている姿は、とても癒されるモノで正直話題も忘れて見入ってしまいたい程だったけれど、今は違う。そういう時ではない。

 私は、一つ気になっている事を問いかけた。

「じゃあさ⋯⋯初めて会った日のあの言葉も嘘だったの?」

 私の表情は今どうなっているだろう。

 ニヤけているだろうか、強張っているだろうか、それとも頬を赤く染めているだろうか。どれの可能性もあるけれど、今は確認する術が私にはない。

 だから私は、ただ待つことしか、出来なかった。

 すると小鳥遊さんは、私の表情を見て、面持ちを変えた。

 平静な状態から──に変えて言った。

「あの時のは⋯⋯本心」

 言われ、私は忙しなく腕をブンブンと一通りの方向に振り回した後、一度深呼吸をしてから、パンと手を叩き話は終わり、と、告げる。

「終わり終わり、夢の話に戻そう」

「私はもうちょっとこういうのも良いなぁ、とは思うけど。まぁさくらがそういうのなら仕方ない。話を戻す事を許可する」

「ありがたき幸せ⋯⋯ってなんだろうこれ、いつの間に私は小鳥遊さんの部下になったの?」

「いつの間に⋯⋯最初から?」

「部下という部分は否定しないんですね」

「だって、桜、そういう関係性好きだよね? 名前の呼び方も、私は桜を下の名前で、しかも呼び捨てなのに対して、桜は私をさん付け、しかも苗字だし。この状況を見て、どちらが上でどちらが下かは、明白でしょ?」

 否定ができない。

 その呼称の話をを出されてしまうと、どうしても図星というか否定材料が無くなってしまうのだ。

 だって、小鳥遊さん可愛いんだもの。女の私がそう言うのだ、世の中の男性は全員小鳥遊さんのことを好きなんじゃないのか、と、錯覚してしまうぐらいに可愛いのだ。

 だから、もしも私が、小鳥遊さんを気軽に、小鳥、なんて呼んだ日には世界中が私を敵に回るような気がしてしまう。

 もちろん、女も男も両方だ。

 そんなことを想像してしまえるぐらいには、私は小鳥遊さんのことを上に見てしまっている。

 ただ、このことを小鳥遊さん本人に伝えたことはない。

 当たり前だ、もしも今の言葉をそのまま小鳥遊さんに伝えてしまった日には、それだけで生意気だと、世界中が私を殺しにくるだろう。

 今、私が、小鳥遊さんと二人で並んで食事をしているのだって、本当は危険なのだけれど、仕方がない。だって小鳥遊さんの方から、言ってくれたのだ。

 毎日誘ってくれるのだから。

 それは仕方がない。

 というか、誘いを断ったらそれこそ、一人の死亡者と一人の犯罪者が安全なこの街に出てしまう。

 だから、これは仕方なくである。

 とかいう言い訳を散々垂れてきたけれど、まぁ今までのは全て冗談、ジョーク、戯言だ。

 別段、小鳥遊さんを呼び捨てにしたとしても、世界中が敵に回ったりなどしないし、このジョークを伝えたとしても世界中が私を殺しに来たりなんてしない。もちろん誘いを断ったとしても、この街に犯罪者が生まれることはない。

 なのだから、普通に友達をすればいいはずなのだけれど、どうしても小鳥遊さんを上に見てしまう。

 それは、おそらく自己評価が低すぎるが故の問題でもあるはずなのだけれど。

 と、考え事をしている間に数秒が過ぎていたようで、視線も前に戻すと小鳥遊さんの顔が手を伸ばさずとも触れられる距離に近づいていた。

「あ、あの。小鳥遊さん。近くない?」

「そう? 女同士だし、別にって感じするけど」

 別にって、そもそも小鳥遊さんは男子だろうが女子だろうが分け隔てなく、この距離感な気がするのだけれど。

「なんか、ムムってさせてたけど大丈夫?」

 小鳥遊さんは、距離を変えることなく訊いてきた。

 ため息をつくだけでも色々と危なそうな距離なので、私はなるべく動かないように、笑顔を見せる。

「大丈夫、全然平気」

「そう、なら良かった」

 言って小鳥遊さんは、私との物理的な距離をやっとこさ離してくれた。

 それによって、私の田舎のヤンキーと同じぐらいの音量で鳴っていたであろう、心臓も落ち着きを取り戻していく。

 小鳥遊さんはもう少し自分が可愛いということを、自覚した方がいいと思う。

 そうしないと、私の身が持たない。

 色々な意味で──。

「それでさ、話の続きなんだけど」

「話⋯⋯?」

「そう、夢の話。あれ、もしかしてもう飽きちゃってた? それならなんか別のこと話してもいいけど」

 少ししょんぼりしたしぐさをする小鳥遊さんに、私は慌ててフォローを入れる。

「ああ、夢のね。全然飽きてないよ、小鳥遊さんがなんで鳥になりたいのか興味津々」

 正直忘れかけていた。

 その程度の話題だったけれど、小鳥遊さんが話したいのなら、存分にして欲しい。

 すると小鳥遊さんの表情に明るさが戻り、その可愛らしい声音で小鳥遊さんは夢を語り始めた。

「私ね、鳥っていう生き物が世界で一番自由な気がしてるんだ」

「自由?」

「そう、だってさ、空って住んでいる人も、動物も草木もないじゃない? けど鳥はそこに住める。そこの唯一の住人になれる。それってとても自由だと思わない?」

「それも誰かの言葉?」

「んいや、これは私の言葉で、私の気持ち。私、周りと比べればそれなりに自由な暮らしをさせてもらっているとは思ってるんだけど、それでもやっぱりなんか違うって思っちゃうんだ」

「どこら辺が?」

「どこら辺とかは特に。お金にだって特別不自由しているわけでもないし、友達だっている。やりたいことは、やれるし。どうしてもしたくないことはしてない。そんな言っちゃえばクソみたいな生活を送ってはいるものの、やっぱりこれは自由とはなんか違うんじゃないかなって」

 小鳥遊さんがどう思っていようがそれは、不自由な人から見た場合とても羨ましくて、とても自由に見えるはずだ。

 とても妬ましく、とても憎らしく見えるかもしれない。

 普通の人が今の言葉を言ったら、おそらく嫌われてしまうオチしか残っていないと思う。

 だけれど、小鳥遊さんは違う。

 小鳥遊さんは、可愛いのだ。

 可愛い人が、詩的に鳥になりたい。自由になりたい。そう言った場合そこに生まれるのは、そこに描かれるのは、一つの絵画になってしまう。

 美しいモノは、何をしたとしても美しい。

 それがこの世の理で、それが私が小鳥遊さんを上に見てしまっている一つの理由のような気がした。

 自由とは何か──それはとても難しい問題で、そもそも答えなんてないモノかもしれないけれど、一つ言えるのは、小鳥遊さんにとっての自由の答えは鳥──だということだろう。

「そう、自由なんてモノは私自身わかっていない。さっき言ったことのどこが自由じゃないのか、と、聞かれれば私は何も言えないと思う。けど、そういう時に、空を見ると飛んでるんだ──鳥が、誰もいない空を自由に何の障害もなく羽ばたいている。私はそこに自由を見出した。だから、私の夢は鳥になること──鳥になってただただ、何も考えず、飛んで生きたい──それだけ」

 ここで、結構強欲な夢を持ってるんだね。なんて言うこともできたとは思うけれど、私はただ一言添えるだけだった。

 そんな夢──。

 なんて言えるわけがない。

「とても、詩的で素敵な夢──だね」

 言うと、小鳥遊さんは、一瞬口元を曲げたようにも見えたけれど直ぐに微笑みに戻し、光り輝く笑顔を見せてくれた。

「ありがとう」

 私と小鳥遊さんはこれでいいのだ。

 そりゃ、友達と言えるのか微妙な関係性ではあるけれど、今の関係が私自身一番しっくりくる。

 これ以上に発展も衰退もしたくない。

 一生このままで──もしも私の夢を語る機会があれば、その時はそう言おうかな、なんて心にもないことを、心の中だけで考えてみた。

 誰にも言わない。誰にも言えない。私の内情。

 それを悟られないように、私は小鳥遊さんと今日も楽しく、日々を過ごしていく。

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