小鳥遊さんは小鳥と遊ぶ

tada

小鳥遊さんは夢見鳥

 鳥になりたい。

 夢を訊くと小鳥遊たかなしさんはそう答えた。

 


 私がそんな小鳥遊さんと出会ったのは、桜が段々と散り始めた、ある日のことだった。

 その日、私は珍しく寝坊をしてしまったせいで、いつもよりも数段慌てて学校へと足を運ばせていた。

 満天の青空を見る余裕もないほどに忙しく足を動かしていたけれど、自宅から数十分程歩いたところで、私の足は動きを止めた。

 目前には、いつも通学中に通りかかる小さな公園があった。

 その公園は、砂場とブランコのみの本当に小さな公園なので、普段はどれだけ余裕があっても目を止めたりなどしないし、ましてや今は遅刻ギリギリという時間。そんな時間に足を止める理由なんてのはない。

 けれど、今日は──違った。

 その公園の中に、一人、自分と同じ制服を着た少女が、鳥と戯れている。

 少女が小鳥と戯れている。

 私はそんな絵にもならないような光景に、何故だか目を奪われてしまった。

 遅刻と天秤にかけた際に、どちらに傾くかなんてのは頭を悩ませずともすんなり答えはでるけれど、そんなこと今は関係がない。

 気づけば私は、言ってしまえばそんな陳腐な光景の元へと、足を運ばせている。

 ゆっくりと、少女へと近づいていく。

 少女の元にたどり着くのには、実際の時間にすれば数秒もかからなかったはずだけれど、私は、その数秒が何分間にも感じられた。

 おそらく、楽しみにしていることが自分の元に届く場合と同じような感覚だと思う。

 例えば、土日前の金曜日、あれほどその日の一日が長く感じるのはないだろう、逆に土日は二日あるのにも関わらず、とても短く感じてしまう。

 それと、同じ現象が今起きていたのだと思う。

 だから、近づいた後は一瞬だった。

 私は、少女に声をかける。

「あの⋯⋯」

 少女は、鳥に向けていた視線をこちらにやる。

 すると、それと同時に、小鳥達は飛び立った。

 バサバサ、と、音を鳴らしながら、私の耳元を通り過ぎていく。

「ああ」

 と、少女は少し悲しそうな表情を見せたが、すぐに素の面持ちに戻し、微笑んだ。

「なんですか?」

 少女の声色はとても優しいモノで、もし自分が男だったら声だけで告白してしまいそうな程に可愛らしいモノでもあった。

 私は、その声の主に言った。

「何してたの?」

 訊くと少女は、はて、と、首を傾げた。

「何をしてたのか?」

 私は、首を縦に振る。

 すると、少女は、表情をニヤッとさせた。

「逆に訊くけど、何をしてたと思う?」

 言って少女は、私との距離を一歩また一歩と近づけ、最終的には同性だろうとどぎまぎしてしまう程の距離にまで、近づいてきた。

 そこで私は、初めて少女の顔をまじまじと見たけれど、その顔は美人の一言で済ますのが一番正しい気がしてしまうぐらいに、整った顔立ちだった。

 そんな少女が、さらに顔を近づけてきたので、思わず視線を逸らしてしまう。

「質問を質問で返すなって教わらなかったの?」

 いくら同じ学校の生徒だとわかっているとはいえ、もしも先輩に当たる人物だった場合とても失礼な態度をとっているのはわかっているけれど、まぁその場合はすぐに土下座でもなんでもしよう。

 なんて私が考えている間に、少女は、口元に指を当てて、うーん、と、言っている。

「質問を質問で返すな──ね」

「⋯⋯⋯⋯」

「そもそもの話、初対面の相手にいきなり何をしていたのかを聞いてくる方が、マナーがなってなくない?」

「それは確かにそうだけれど──」

 こういうのは、なんかそう──。

「劇的に、物語的に大丈夫だと思った?」

「まぁ、うん」

 言うと、少女は心底面白がっているように笑みを見せつけてくる。

「残念、ここは劇の中でも映画の中でもない。現実、そんな場所で、物語的な事が起こるなんて思ってたら、命が幾つあっても足りないよ」

 ははは、と、笑う少女を横目に私は、じゃあと言った。

「なら、どうしたらいいの?」

 正直な話、もうこの少女が何をやっていたのかなんて事は興味がなくなっているし、そもそもの話、この少女がやっていたことなんて鳥と遊んでいたというだけなのだ。

 そんなことは、分かりきっている。

 ならば、何故、私がこの少女に声をかけたのかと言えば、それこそ分かりきっている問題だ。

 それは、ただ──。

「そうだねー。まぁ、とりあえず名前──教えてよ」

 言って少女は、何かを思い出したかのように慌てて言葉を付け加えた。

 それは、先程の自分のミスを取り返すようにも見えた。

「ああ、名前を聞くときはまず自分から名乗るのがマナーだったね。そんなのを昨日読んだ本で見た気がする」

 言うと目前の少女は、片手をこちらに向けて続ける。


「私は、小鳥遊小鳥たかなしことり、君の名前は?」


 先程までの光景と、その名前に私は、思わず笑ってしまう。


「そんな、駄洒落染みたこの状況が、物語的以外のなんだっていうの」


 少女──小鳥遊さんは、何故だかピンときていないようだけれど、まぁいい、こんな劇的なことが起きて、この後二人は特に何もなく別れました⋯⋯なんて事が起きるわけがない。

 ならば、その時にでも今、私が笑っている理由を教えてあげよう。

 雑談のタネとネタは、とても大事だからね。

「私の名前は、散華桜さんげさくら

 言って、私は、向けられた片手に自分の手を添えた。

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