第11話 太陽と月の皇国

 

 ジェイドが引き起こした戦争は、リグドから出ることなく終戦となった。


 戦犯扱いとなり、囚人のように枷を付けられたまま皇都へと連行された。

 当初は彼の妹であるルビィがラズリーと同じく消し炭にしようとしたところを、カレンとディアンが止めたのだ。

 決して情けを掛けたのではなく、それにはとある理由があった。


 一度始めてしまった戦争をキチンと幕引きするためには、この男の命が必要だった。

 個人の魔力の大小に固執し、大陸を恐怖で支配しようとした者は最期にどうなるのか。

 それを国民たちにも自分たちの目で見て、分からせるのだ。



 当然そうなれば皇位は空席となる。

 そこでディアンが、リグド皇国の新たな皇帝となることになった。

 反対する武闘派や強硬派は、あの海に沈んだ。

 たとえ新たに反対派が出てきたとしても、彼には魔女と魔道具がある。



 そして本日、その即位式が無事に執り行われた。

 更にその後に行われる即位を記念する式典で、前皇帝ジェイドを処刑するのだ。


 会場となっている王城前の広場には、今回の顛末を知ろうとした多くの民衆たちが集まっている。

 演説を行う壇上には、軍服ではなく、立派な白の生地で仕立てられた儀式服を着こなすディアンが立っていた。

 彼の横には鎖に繋がれ、魂の抜けたような状態で項垂うなだれているジェイドの姿がある。

 つい先日までの立場とは真逆の有り様に、民衆たちも戸惑いを見せていた。



「今日は集まってくれてありがとう」


 新たな皇帝となった若き青年が、壇上で堂々と喋り始めた。

 いきなり皇帝がまた代わる、とあって「あの最強の魔導士が破れたのか!?」「次はどんな悪魔が皇帝になるのか?」と思う民衆が大半だった。

 しかし、こうして見ると虫も殺せなさそうな、穏やかな人物だった。

 中にはディアンの存在を知らなかった者も居るだろう。

 ざわざわと困惑の声が大きくなる。


「見ての通り、こうして我が兄であったジェイドは捕らえられた。その理由は分かるか?」


 自分の名が出たことで、横に居たジェイドの身体がビクリと跳ねた。

 あの傲岸不遜ごうがんふそんな男がちょっとやそっとのことで、ここまで大人しくなるとは思えない。

 集まっている民たちは、新たな皇帝が彼を力でねじ伏せたのだ、と想像した。


 ディアンはなおも優しい笑みを浮かべながら、諭すように語り続ける。

 この国の、根本を変えるために。


「この男は力で恐怖によって、世界を手に入れようとした。力でこの国を富ませようとしたのは分かる。だが、それは間違っていた」


「力さえあれば、他はどうでもいい? 弱き者をいたぶり、尊厳だけでなく命も奪って良いのか?」


「力とは何だ? 強い魔力を持っている者が強いのか? はたして、本当にそうなのだろうか?」


 次第に民衆のざわめきが大きくなる。

 だがそれも当然だろう。

 今までの魔力主義の皇帝とは全く違うのだから。


「ならなぜ僕はこの男に勝てたと思う? なぜあんなにも強大な軍隊に、農民や一般人が集まった烏合の衆が勝てた?」


「僕が今回勝てたのは、誰かを守ろうとする勇気と知力……そして自分を律する力があってこそだ」


「魔力なんてモノ、生まれ持った才能の一つにしか過ぎない!!」


 今まで魔力を持たなければ人として扱われないような生活を送っていた民たちは、彼の言葉で目をみはった。


「これからは自身の魔力が少なくても生活を豊かにし、誰かの助けとなる力を諸君らに身に着けて欲しい。皇帝となるからは以上だ」



 皇帝自らが、認めてくれた。

 生まれてからずっと虐げられていた生活に終わりを告げ、この国の民として生きて良いのだと。

 その事実を、ようやく飲み込めた瞬間。


 ――民衆が大歓声で沸いた。


「「「わぁあああ!! ディアン皇帝! ばんざい!!」」」


 新たな皇帝を称賛する声と拍手に包まれ、ディアンは壇上から降りた。

 傍目には堂々としていたが、相当緊張していたのだろう。

 ふぅ、と大きな溜め息を吐いた。

 そこにはカレンが見守るようにして待っていた。


「お疲れ様です、ディアン

「ふふ。やっぱりには、演説よりも研究している方が向いているね」


 胸ポケットから眼鏡を取り出すと、震える手で装着する。

 精一杯頑張る愛しい人を、カレンは微笑ましく見ていた。


 ディアンは一息つくと「さて」とカレンに向き直る。


「さぁ、カレン。場所を移動しようか」

「え? 何処へ?」


 この後の予定は何も聞いていない。

 てっきり城で一緒に政務か研究の続きをするものだと思っていたカレンは、キョトンとする。


「そんなの当り前だろう? 大聖堂で僕たちの結婚式をするのさ」

「えっ……私、が……?」


 何を今さら言っているんだ、と言う顔をするディアン。


「約束しただろう、僕と一緒にこの国を良くしようって。だから……」




 ――僕を照らす太陽になってくれるかい?



「ディアン……!!」



 カレンはまばゆい程の燦爛さんらんとした笑顔で、ニッコリと頷いた。












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だから私を追放しなさいって言ったのに。今更後悔してももう遅い。嫁いだ私を雑に扱った敵国に母国の総力を挙げて分からせてあげますわ ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara

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