第9話 魔女を縛るモノ


 大聖堂で捕まってしまったカレンは、罪人を収監する牢屋へと連行されていた。

 腕を後ろ手にして、魔導士でも簡単には破壊できないような鉄製の枷を嵌められている。

 もしも魔法で攻撃しようものなら、隣に居る兵に即座に斬り殺されるだろう。


「ちょっと、丁寧に扱いなさいよ!!」

「てめぇこそ、いい加減に黙れ! さもなきゃ、その口が二度と開けねぇようにするぞ!!」


 せめてもの反撃とばかりに文句を言っていたら、二人掛かりで牢へと放り込まれてしまった。

 皇子の元婚約者だったからといって、特別な扱いはまったく無い。

 むしろゴミ袋を投げ捨てるような、非常にぞんざいなものだった。



「おい、新入りが来たぞ」

「おおっ、こいつぁ上玉じゃねぇか!!」


 ガチャリ、と鉄格子の牢を閉められた。

 向こう側では、連行してきた兵が牢の番にそんなことを言っている。

 ここの番人たちが普段、囚人のことをどう扱っているのか知れるような言動だ。


 ふぅ、と溜め息をひとつ吐いてから、牢の中を見回してみる。


 (見事なまでに何もないわね……)


 ベッドもなければ、布きれ一枚すらない。

 あるのは漂うえた匂いと、清掃もされず何かがこびりついている床だけ。

 いったいここで何を収監していたのかも分からないような、がらんどうな牢屋だ。


 と、そこでカレンはここが何処だったかを思い出す。

 この国には裁判なんてものは無い。

 さらに言えば、警察のような組織も汚職まみれで、ほとんど機能していない。


 もし罪を逃れたければ、金か力をチラつかせねばならないのだ。

 つまり嫌疑を掛けられて捕らえられたら最後、あとは死刑を待つだけ。

 あくまでも牢屋とは、処刑まで入れておくだけの場所なのだ。



 鉄格子の隙間から他の牢を覗いてみる。

 チラホラと何人かの囚人がいるようだが、彼らも全員が死刑囚の扱いなのだろう。

 逃げたり戦うと言った気力も残ってはおらず、目が虚ろで死んでいる。

 いつか来る処刑の日を、ただ座して待っているだけ。


 どうにかここから脱出しなければ、自分もいずれ同じ道を辿るだろう。

 何か方法は無いものか……と考えている内に、さっきとは別の兵が何かを担ぎこんできた。


 (まさか……)


 ドサッという音と共に、隣りの牢に何かが放り投げられた。

 怪我をしているのか、その人物は苦しそうなうめき声を上げている。


「ディアンだわ……!!」


 どうやら彼はまともな治療もされず、この牢屋へと連れ込まれたようだ。

 きっと怪我で苦しい思いをしているに違いない。


 今すぐ助けに行ってあげたい……が、先程こちらを覗いていた番人たちが下卑た笑いを浮かべながら、こちらへと近付いてきた。


 どうせ、ここにいる者たちはいくばくもしない内に死ぬ運命にある。

 ここの管理を任されているという立場を良いことに、彼女の貞操を奪おうとでも思っているのかもしれない。



 だがカレンはこの下衆どもに大人しくなぶられるつもりなど、毛頭なかった。

 ディアンを救い、あの馬鹿ジェイド達を止めるまでは諦めない。


 (これはチャンスね……)


 兎にも角にも、まずはここを脱出しなくてはならない。

 思い付いた策を実行するため、カレンは目の前の男たちを挑発することにした。


「ねぇ、貴方たち……こんな暗くて臭い所で働かされて、本当に満足してる?」

「はぁ? そりゃあ、どういう意味だ?」

「ふふふ、貴方も男でしょう? こんな意味のない仕事なんかじゃなくって、国の為に働きたいと思わない?」


 命乞いでもするのかと思いきや、新人の女囚人は突拍子もないことを言い出した。

 番人たちはお互いの顔を見合わせ、耐え切れずに笑い始める。


「ぎゃははははっ、急に何を言い出すのかと思ったら!!」

「わりぃな、俺たちは好きでやってるのさ」

「そうそう。それにこんな仕事でも、お前みたいな奴を好きなようにできるしな」


 カレンの質問に対して、男たちは腹を抱えて笑いあう。

 こんなところで働いている彼らは強い魔力も持たず、良い暮らしをしているような身形みなりでもない。

 むしろ囚人と同じような酷い恰好をしているが、それでもこういった役得があることで憂さ晴らしをしているのだろう。


 まったく聞く耳を持たず、遂には誰からカレンを犯すかの相談を始めた。

 だがカレンは、この展開を待っていた。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。


 余裕の態度を崩さず、更に話を続けた。


「ふふっ、ふふふふ……」

「ん? どうした、恐怖で気でも狂っちまったか?」

「おいおい、壊れたら楽しめねーだろうが!」


 床でペタリと座っていたカレンが急に番人たちを見上げ、口を開いた。

 その表情は彼らを馬鹿にするような、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。


「ふぅん、なるほど? こんなところで働いて満足、ね。……あなた達って、本当にどうしようもない無能なのね」

「……なんだと?」


 しまりのない、豚のような体格の男が唾を飛ばしながら怒鳴り声を上げた。

 彼の怒りはそれだけでは収まらず、牢屋を開けて入ってきた。

 ドシドシと脂肪を揺らしながらカレンに詰め寄ると、そのまま首を掴んで壁に押し付けた。


「うぐっ……」

「へへっ。ナメた口の割に、ソソる顔をするじゃねぇか」


 黄ばんだ歯が並ぶ口からドブのような臭い息が吐かれ、カレンの顔にかかる。

 首は苦しいし、匂いは臭い。

 意識が急速に遠のいてくる。


 そんな彼女の苦しそうな顔も、監視達の情欲を増長させてしまったのだろう。

 カレンの下腹部に気持ち悪いものが当たっている。


 こんなにも男に身体を寄せられるのが嫌だと、今まで思ったことが無い。

 相手がディアンだったら、絶対にこんな感情にはならないはずだ。

 優しく、自分を守ってくれたあの背中にだったら、むしろ自分から身を寄せたい。


 冷汗が首筋を通り、ツツーと胸元に流れる。

 それを間近で見たブタ男がクク、と笑った。


「なんだ、お前。囚人の癖に、立派な首飾りなんてつけやがって」

「……それに触れないで」


 彼女の首元にあったのは、オレンジ色に輝く太陽石シトリンのネックレス。

 祖国に居る母から預かり、何があっても手放すなと言われている大事なアクセサリーだ。

 だがこの男はそんな彼女の都合なんて知らないし、知るつもりもない。


「やめなさい。それ以上手を出したら貴方――絶対に後悔するわよ?」

「はっ、そりゃあいい。やれるもんなら、さっさとやってみろよ?」


 ブチン、とチェーンが千切れる音。

 パラパラと床に破片が落ちていく。

 大事な、と言っていた割に、守り抜いていた宝物は呆気なく奪われてしまった。


 カレンは悲壮な表情を浮かべ……ることは無かった。

 むしろ、良くやってくれたわと褒めるように口角をニヤ、と上げていた。


「へへっ、コイツを売っちまえば良い金になるかもしれねぇ。その金で女を買って……へっ?」

「――だから言ったのに。後悔するわよって。でもありがとう、自分じゃ封印を解けなかったの」


 男の手にあった小さな太陽のような宝玉が、さらさらと砂へと変わる。

 そして目の前の女の雰囲気が――別人になった。


「な、なななっ!? なんだ、誰だオマエは……!!」

「私は燦爛さんらんの魔女よ。もしかして知らなかったかしら?」

「燦爛……ま、魔女!?」


 これまで魔導士を何人も拘束していたはずの手錠は、いつの間にか外れていた。

 それもドロドロに融けて床に散らばっている。

 こんな状態、普通は起こり得ない。


「なら、自己紹介ついでに教えてあげるわ……融けよメルト


 ニコニコと笑いながら鉄格子を握ると、まるでバターのように融けてグニャリと曲がってしまった。

 実際に自分の目で見ても何が起こったのか分からず、ブタ男はポカンとしている。

 カレンは構わず、呆然としていたブタ男の顔にそのまま手を伸ばした。


「は? 牢が融け……や、やめ……あ、熱い!! ぎゃああああっ!!」


 ジュウウと肉の焼ける音がする。

 周りにいた彼の仲間は突然の事に、大口を開けたまま固まってしまっている。


「ゆ、許し……やめ、て……!!」

「そうやってあなた達は、ここへ来た罪のない囚人たちの尊厳を奪ってきたのでしょう? だから、今度は私の番」

「ひっ、ぎああああっ!!」


 制止の声を無視し、さらに火力を高めたカレン。

 彼女はブタ男をあっという間に、素手で焼き豚へと変えてしまった。

 ドサリ、と床に落ちる焼き豚の音で、フリーズしていた残りの番人たちが正気を取り戻す。


「お、おい! 貴様、そんなことをして許されるとでも思っているのか!?」

「ふふっ、何を言っているのかしら? 最初から許すつもりなんてない癖に」

「や、やめろ……く、来るな!! う、うわっ、あああああっ!!」


 手入れもロクにされていない安物の剣をブンブンと振り回すが、カレンには当たらない。

 陽炎かげろうのようにゆらり、ゆらりと避けていく。

 そしてやっと当たったかと思った時には――


「さようなら。今までお勤めご苦労様でした♪」


 すべてが終わるまで、ものの数分も掛からなかった。

 ここにはもう、息をしている番人は一人も居ない。

 カレンはツカツカと隣りの牢へと移動すると、フッと殺気を収めた。


「良かった、まだ生きてた……」


 やはりディアンは隣りの牢に投げ込まれていた。

 気を失っているのか、床でぐったりとしている。

 急いで牢を破り、彼に駆け寄る。


 服も破れ、ボロボロな姿だったが、胸はしっかりと上下しているようだ。

 傷も一応は塞がっているのを見て、ホッと安心する。


 (あの魔女、良くもやってくれたわね……!!)


 こんな目に合わせたラズリーたちに、今すぐ復讐したい気持ちをどうにか抑える。

 まずはともかく、ディアンを助けねば。


「ううっ……カレ、ン……」

「ディアン!! 気付いた!?」


 ゆっくりと目蓋まぶたを開けると、揺れる瞳でカレンを見つめてきた。

 まだ意識はハッキリとはしていないが、ちゃんと彼女の事は分かるようだ。


「私……わたし……!!」

「いいんだ……カレン。僕の事は大丈夫。だから……」


 ――国を、救ってくれ。


 聡明な彼にはもう、カレンの二つ名の本当の意味が分かっている。

 彼女の力があれば自分の思い通りにもできた筈なのに、彼はそうはしなかった。


 その優しさがカレンには嬉しくもあり、悲しかった。

 もっと早く自分が動いて決断していれば、彼をこんな目に遭わせることも無かったのに。


「分かった。途中で助けも呼んでおくから。絶対に死なないでよ……」

「あぁ、キミも気を付けて……」


 そっとディアンの頬をひと撫ですると、カレンは矢のように走り出した。



 このバカげた思想魔力絶対主義の国を、根本的に作り直すために。




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オブシディアン(黒曜石):真っ黒な闇のような見た目だが、太陽にかざすと様々な色合いを見せてくれる。心を強くしてくれたり、困難を打破してくれる。石言葉「悪しき習慣を断つ」



シトリンと相性比較


ジェイド>ラピスラズリ>>ルビー>>>オブシディアン

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