第8話 開戦の狼煙は血煙と共に
「新郎よ、こちらへ」と祭壇前にジェイドを呼び寄せる。
本日のジェイドは白のタキシードをピシっとキメており、周囲の女性陣が憧れの眼差しを送っている。
だが当の本人はニコりとも笑わず、愛想の欠片も無い。
それでも顔のデキはこの国随一だ。仏頂面でも
魔法の実力でも、彼は侵略戦争を片っ端から勝利へと導き自国を富ませる実力者。
つまり彼は、この国では英雄なのだ。
たとえそれが、裏で数え切れないほどの民が
ただしそれも、ラズリーが彼の後に続いてやってくるまでだった。
彼女がジェイドの隣りに立った瞬間、熱気の篭もった視線が一気に彼女へと集中した。
まず目に入るのは、この時の為に仕立てたのであろう、
普段着ていた、彼女の冷酷な性格を表す蒼い生地ではない。
情熱的な血を連想させるような、深紅の布だ。
大きく開かれた胸元には、大粒のダイヤが嵌められたネックレスが輝いている。
とは言え、あくまでもドレスや装飾品は彼女の魅力を引き立てる素材の一つに過ぎない。
彼女の
ただ、彼女が身に着けている手袋が、何となく
「皆も我が覇道を継ぐ次代の子らを、その眼でしかと目に焼き付けておくがよい」
威厳たっぷりに語る皇帝陛下。
そのまま受け取れば、次の皇帝となる者に期待しているように聞こえるセリフである。
だが裏の意味を取ってしまえば、まだまだ子ども、ヒヨっ子扱いだ。
本心では
だがそれも仕方ないこと。
ジェイドが軍を仕切るようになってから、
逆に、自分は老いと共に戦場に立つことが急激に減ってきた。
つまり彼は自分よりも求心力のある、実の息子に嫉妬しているのだ。
これは実力主義の弊害ともいえることで、これまでの皇帝が必ず通る道でもある。
だが皮肉にも、これが世代交代を早め、新たな風を呼び込む一助にもなっていた。
父の話を聞いているジェイドは
よく見れば、口端がヒクヒクしているのが分かる。
一方のラズリーは幸せそうな表情だ。
それを見てカレンは少しだけホッとしていた。
順調に事が進んでいたら、自分があの状態のジェイドの隣りに立っていたのだ。
あんな険悪な雰囲気の中で結婚式をしたくはない。
(さて、この後はどうなるのかしら?)
皇帝陛下の進行で、婚姻の儀は最後の局面を迎えている。
新郎の挨拶の後、彼らは誓いのキスをするのだ。
ジェイドが祭壇の正面に立ち、民衆に向かって口を開く。
――しかし、彼の様子が少しおかしい。
「この婚姻の儀を
「おい、ジェイド。貴様なにを……」
黙って聞いていた皇帝が叱責しようとするが、最後まで言葉を継ぐことが出来なかった。
皇帝陛下の胸部からは、ジェイドの宝剣が生えていたのだ。
言葉の代わりに、口からはゴポリと血泡があふれ落ちていく。
「ああ、素敵……」
「「「キャアアアッ!!!!」」」
「嘘……なんてことを……」
民衆は花婿が行った凶行に悲鳴を上げる中、ラズリーは顔に手を当てて
カレンも突然の事に開いた口が塞がらない。
「ぐふっ……な、ぜ……」
「クハハハ、なにを言う。貴様が俺に教えたんだろうが。『弱き者はリグドには要らん』と」
「愚か、な……」
ガクッと膝をつくと、そのまま床にゆっくりと倒れていった。
数十年もの間リグド皇国を支配し、周辺諸国を恐怖に陥れていた皇帝は、息子の手によって失意のうちにその生涯を終えた。
ジェイドは二度と動かなくなった前皇帝を興味を失った瞳で
そのまま、視線をギャラリーへと移す。
みな、人形のように固まって呆然としている。
それを見て目論見は成功したと満足そうに口の端を上げると、血塗れの宝剣を上に掲げて叫んだ。
「これより我が国は、大陸を手に入れる為に戦争を仕掛ける! 最強の軍と船も手に入れた! 魔力もロクに持たぬ下等民族を、この手で救済するのだ!!」
婚姻の儀はあっという間に、開戦のための宣誓式へと様変わりしてしまった。
パチパチと、ラズリーの拍手だけが周囲に鳴り響いている。
誰も声を出せないし、動くことも出来ない。
それも当然だろう。
目の前の男によって、今度はどんな恐ろしい支配が始まってしまうのかと恐怖しているのだ。
だが、それに当てはまらない人物も居た。
「それはどういうことですか!?」
――
町娘が着るようなワンピース姿の彼女は、どう見たって平民のそれだ。
メイクもアクセサリーもしていないような一般人の様相だが、中身はまるっきり違う。
仮にも一国の姫だった女であるし、気概も芯の強さもそんじょそこらの兵士に負けない。
ましてや自分の国まで侵略される可能性があるとあっては、黙っていられるはずもない。
「貴様は……あぁ、出来損ないの方の魔女か」
ジェイドはカレンが誰のことか分からない様子だったが、彼女の髪を見てようやく思い出したようだ。
彼女の代名詞である太陽のようなオレンジ色の髪は、今でも健在である。
「ククッ、クハハハハハッ!!」
「何がおかしいのよ! 魔女協定でウェステリアとの和平を結ぶと言ってきたのは、そっちじゃないの! 貴方、今更それを
ただでさえ、婚姻の約束も
放っておかれても戦争をしないのなら、と大人しく引き下がっていた結果がこれとは……そんな事は絶対に見過ごせない。
しかしジェイドにとって、そんなことはどうでも良かったようだ。
「……よかろう。そんなに不服ならば、まずお前のウェステリアから消滅させてやろう。国が消えれば、協定も消えて一石二鳥だ」
「な、なんですって!?」
「可哀想な女ね~! ジェイド様にフラれたからって、
ラズリーまで一緒になって、カレンの神経を逆なでして来る始末。
トドメとばかりにジェイドは最も言ってはいけない言葉を発してしまった。
「どうせ技術しかない貧国など、使い
つまり女や子どもも、価値が無い。皆殺しだ、という。
これを聞いたカレンは――遂に
「――いいでしょう。そんなにも戦争で死にたいのなら、魔女である私が相手になって差し上げましょう」
「ふん、魔力も低いクズの癖にまだ魔女などと騙っているのか? ……ラズリー、本物の魔女というのを見せてやれ」
「任せてちょうだい」
ラズリーは一瞬で掌から数十の氷の
そして警告も無しに、カレンに向かってそれらを撃ち出した。
(マズい……!!)
あいにく武装もしていないカレンに、その攻撃を防ぐ手立てはない。
ギリ、と奥歯が鳴る音がする。
ここで戦おうとしても、大聖堂の中では周りを巻き込んでしまう。
苦肉の策で少ない魔力を使ってどうにか炎の壁を作る。
――が、完全にそれらを防ぎきるには程遠い。
壁を貫通したいくつもの礫が、彼女に向かって飛来する。
「クッ……!!」
思わず目をつぶるカレン。
しかし、いつまで経っても衝撃が彼女を襲って来ることは無かった。
「うぐっ……!!」
(えっ……??)
うっすらと目を開けると、そこには自分を庇うようにして両手を広げるディアンの姿があった。
彼はなけなしの魔力で風のシールドを張ったようだ。だがそれでも全身に傷を負ってしまい、ガクッと膝をついた。
カレンは慌ててディアンに駆け寄る。
「ディアン! どうしてここに!?」
自分が負傷したことよりも、カレンの無事な姿を見て「間に合って良かった……」とホッとした表情を浮かべるディアン。
「村へ行ったらここへ向かったって聞いて、キミを追ってきたんだ……だけど、ゴメン……弱い僕じゃカレンを守ることも……」
辛うじて致命傷は避けられたようだが、出血がひどい。
どうにか手当てをしてあげたいが、誰も手を貸してはくれない。
最悪なことに、元凶たちが二人のもとへと近寄ってきていたのだ。
「まったくその通りだな、クズめ。貴様が俺と同じ血が流れているだなんて考えたくもない!! おい、誰か!! こいつらをまとめて、牢屋へ連れていけ!」
「ディアンっ……やめてっ、放して!! ディアンがっ!! ディアンが死んじゃうっ!!」
ジタバタと暴れるカレンを、兵が無理やり羽交い締めにする。
せめてもの抵抗を、と思ったのか、カレンは両手を伸ばして火球を作り出した。
(せめて、これだけでも……!!)
「クハハハ!! なんだそのロウソクのような火は!! 明かりでもつける気か!?」
「「「ハハハハハ!!」」」
その炎はジェイドの言う通り、とても小さいものだった。
それを見た周囲の兵たちはカレンを止めることもせず、大声で笑い始めた。
だが、彼女の狙いは彼らを攻撃することでは無い。
「ディアン……ごめんね……」
「う、ぐううっ」
カレンの手から生まれた火球は、ふよふよとディアンへと飛んで行った。
そして出血していた腹部へと優しく触れると、ジュウウという音を立てて傷口を焼いていく。
荒療治で苦痛も大きいが、それよりも血を失うのを防いだのだ。
それをつまらなさそうに観察していたジェイドが、カレンへ最後の言葉を掛ける。
「ふんっ、無駄な足掻きを。よく聞け、ロウソク女。今から貴様の国を我が大魔導船団で踏みつぶす。その
それだけ伝えると、「もう用はない、連れていけ」と部下に手を振って合図する。
その瞬間――
一人の魔女が、
大聖堂に
それはカレンが牢屋へと消えるまで、民衆の耳から離れることは無かった。
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ジェイド(翡翠):比較的キズが付きやすいので取り扱いには注意。石言葉「冷静」本作の彼は……皮肉ですね。
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