第7話 大波乱の結婚式

 

 カレンが皇都に到着した頃には、既に沢山の人々がひしめいていた。

 どこを見ても人、ひと、ヒトだらけ。


 中でも特に人通りが多いのが、皇都の大聖堂に続くメインストリート。

 婚姻の儀を利用して儲けようとしたのか、どこもかしこも食べ物や工芸品の出店が立ち並んでいて、非常に賑わっている。

 急にお触れが出たにもかかわらず、目ざとい商売人たちによって瞬く間に広まったみたいだ。

 この広い皇都全体がお祭り会場の様相を呈している。


 カレンは式が行われる大聖堂へと向かって、人混みに紛れながら進んでいく。

 よく見ると、雑踏に居るのは民衆だけではないようだ。

 設営に駆り出されたのであろう城の使用人や、貴人の側仕えの者たちが泣きそうな顔で駆け回っている。

 さっきカレンが農民仲間から聞いたように、王妃となる魔女へ贈り物を届けているのかもしれない。


「どいてくれー!! 急いでるんだ! 頼む、道を開けてくれ~!!」


 お昼ご飯を食べていなかったことを思い出したカレンは、出店で串焼きを買い食いしながら歩いていた。

 すると、「通してくれ」と誰かが叫ぶ声が耳に入ってきた。

 声がしたのは、カレンが今向かっている大聖堂の方向だ。

 なんだろう、と思っている内に、慌てた様子の男がこちらへと向かって走ってきているのが視界に入った。


 声が近づいて来るのに合わせて、ざわざわと人の山が割れていく。

 そうして人の壁で出来上がった道を、声の主が脇目も振らず一目散に駆け抜けていった。


 あっという間の出来事にポカン、とする民衆たち。


「な、何だったのかしら?」

「さぁ……」


 たまたま隣に居た、気の良さそうなヒゲの生えたオジサンに聞いてみる。

 が、自分と同じくただの通りすがりである彼に、そんなことが分かるはずもない。

 二人で仲良く首をかしげながら、香ばしく焼かれた獣肉の串焼きをモグモグと咀嚼そしゃくする。


「危ねぇ! どけどけっ、まだ後続が通るぞ!!」

「え、後続? きゃあっ……!?」


 すっかり油断していたカレンは、その大声にビクっと飛び上がってしまった。

 そんなところへガラガラと勢い良く回転する車輪の音を立てながら、何かを載せた荷車がカレンのすぐそばを猛スピードで通り過ぎていった。

 どうやらさっきの男はただの先導で、今の荷車を通すのが目的だったらしい。



「あっぶない。危うくかれるかと思ったじゃない!」


 そうならそうと、もっと早く言って欲しかった。

 ビックリした衝撃で、食べかけの串焼きを地面に落としてしまった。


 だがカレンの文句も彼らには届くことはなく、風のように過ぎていった荷車はもう砂煙しか見えない。

 結局、何を急いで運んでいたのか、誰にも分からず仕舞じまいだ。

 大通りに居た人間たちはすぐに興味を失くしたのか、さっさと祭りへと戻っていく。

 残されたカレンだけが、頬っぺたを膨らませてダンダンと地団太を踏んでいた。


「もうっ……んん? すんすんっ、何だか匂うわね。これはいったい、何の匂いかしら……?」


 あの荷車が通った後に、なんだか生臭いような匂いがただよっている。

 以前、農民の家にお邪魔した時に嗅いだことがあるような……。


「あん? 誰かが変なモンでも貢いだんじゃねぇか? ほら、魔女の嫁さんによぉ」

「えぇ……? こんな獣をさばいたような匂いのするものを?」

「あぁ~。だから花嫁が怒る前に、とっとと逃げ帰ったのかもな!!」


 髭のオジサンはガハハッと笑いながら、「串焼きは残念だったな!」とカレンの肩を叩いて去っていった。

 カレンの目には、荷台の上に載った真っ赤な肉片が見えた気がするが……。

 おそらくアレはきっと食材か何かだろう。

 まだ少し動いていたように見えたのも、偶然に違いない……。



「さてっと、未来の王妃様とやらを拝みに行くとしましょうか」


 なんだかすっかり食欲も失くしてしまった。

 ごめんね、と言って落ちた串をポイっとゴミ箱に捨てる。


 ゆっくりお祭りを堪能している場合じゃなかった。

 ここへ来た目的をさっさと果たさなければ。

 パンパンと手をはたいて気を取り直すと、人混みをかき分けるようにして大聖堂へと向かって行った。





「はぁ……すっごいわね。さすが大陸一の大国だわ」


 一歩踏み入れてみれば、思わず息を飲んでしまうような光景が広がっていた。

 汚れひとつない純白で出来た外壁に、見上げるほどに高い天井には天使の壁画が描かれている。

 他にも豪華なステンドグラスや広々としたフロアなど、いったいどうやって建造したのかも想像できない、立派な大聖堂だった。


 入っただけで明らかに雰囲気がガラリと変わったのだ。

 神様というのは余り信じていないカレンだったが、ここに居るだけで思わず背筋がピンと伸びてしまう。

 ここで悪いことはできないな、と思わせるようなおごそかな空気が漂っている。


 そういえばカレンがまだ城に居た時、世話をしていた貴族の令嬢がこの大聖堂で結婚をしたいと言っていた。

 成る程たしかに、と思う。

 想い人と添い遂げる誓いを神に捧げるなら、こういう場所が良い。

 自分なら……


「って、なんでディアンが頭に浮かんだのかしら。今の私が彼と結ばれるはずなんて無いのに」


 自分はもはや平民落ち同然の女で、相手は仮にもこの国の皇子おうじだ。

 だけど彼とだったら一緒にこの国を……と思い掛けたところでブンブンと頭を振る。

 それは余りにも夢が壮大過ぎる。でももし、彼がこのまま王族から外れてくれれば……。


「ふふふっ。私もまだ、結婚に憧れがあったなんてね……」


 それほどまでに特別なのだ、この大聖堂と言う場所は。

 少しだけ泣きそうになるのを我慢して、今日の主役たちを探すことにする。


「あ、いた」




 最奥にある祭壇前に、煌びやかな軍服を着ている壮年の男性を見つけた。

 と同時に、堂内に良く通る男の声が響き渡る。


「よくぞ集まった、わが国民たちよ――」



 ――あの声にはカレンも聞き覚えがある。

 大陸で一番の強国、リグド皇国の皇帝であり、今日の主役であるジェイドの父。

 そしてこの国へ嫁ぐキッカケとなった、カレンにとっても因縁が深い人物でもある。



「本日は我が息子、ジェイドと常笑じょうしょうの魔女、ラズリーとの婚姻の儀を行なう」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ジェイドとラピスラズリの相性


目標達成には向いているが、癒し効果は低い。

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