第6話 王妃の貫禄


「それでは、常笑じょうしょうの魔女ラズリーよ。我が息子ジェイドとの婚姻を執り行うため、事前に魔力を測らせてもらおう。さぁ、魔力水晶に手を置くのだ」


 いつかのカレンと同じく、ラズリーの目の前に魔力の度合いを判別するための水晶が運ばれてきた。

 この場に居る全員が、水晶で己の魔力が高いと示してきた者たちだ。

 彼女の美貌に見惚れるものは相変わらず居ない。

 彼らは魔法でどれだけの敵を撃ち滅ぼせるか、それしか興味が無いのだ。

 それほどまでに、この儀式が重要視されてきたという証でもあるが。



「ふん。くだらないわね……」


 ――ざわっ


 王の御前であるというのに、不遜な態度をとった異国の魔女に周囲が殺気立つ。

 腰元の剣や手から魔法を撃ち出そうとする者まで居る始末だ。


 しかし、それをジェイドが制止の合図を出す。

 なにせ普段舐めた真似を一番許さない人物が止めたのだ。

 彼がそう言うなら、と皆がしぶしぶほこを収めた。


 それを見てまたラズリーが鼻で笑う。


「魔力なんてモノよりも、どうやったら敵を殺せるかでしょうに。――まぁいいわ。常笑の魔女の実力、その眼でとくと御覧なさい」


 とても年頃の乙女とは思えない態度に、誰もが面を喰らった。

 国内の令嬢でも、ここまで肝の座った者は居ないだろう。

 そもそも前回が前回だったのだ。

 半年前に来た姫はまともに魔法も使えないような、どうしようもないゴミカスだった。


 はたして、今回の魔女はどうなのか。

 あの最強の魔導士ジェイド様の伴侶として見合う人物足り得るのか。

 いかつい顔をした将軍たちの半分は侮り、半分は期待の眼差しを向けている。

 みなの興味が今、水晶に手をかざそうとしているラズリーへと集まっていた。



「……これ程だったとは」


 普段から滅多に他人を褒めることの無い王が、ポツリと驚嘆の言葉を吐いた。

 腕組みをしているジェイドは当然だろうな、とニヤリと嗤っている。


 ラズリーが手で触れている水晶は、眩い太陽のようにギラギラとした光を謁見の間に放っていた。

 光の強さは魔力の強さを示すとされている。

 つまり、彼女はそれだけの強者であるということ。

 そしてこんなにも目が眩むほどの光量をたたき出したのは、幼少の頃にジェイドが測定した時以来、初のことであった。


 自身とは比べ物にならない魔力量を示した小娘に、ポカンと口を開けて立ちつくす将軍たち。

 魔法にも相性があるので、実際に戦ってみないと分からないこともある。

 だがここまでの差があれば話は別だ。

 恐らく手も足も出る前になぶられ、遊ばれ、呆気なく物言わぬむくろの人形に変えられてしまうだろう。

 事実、彼女はここに来るまでにこの国の高位魔導士を何人も張り手ひとつでほふってきている。


「良いだろう、常笑の魔女。其方を我が継嗣けいし、ジェイドの伴侶と認めよう」


 王座に腰掛けたまま、抑揚の効いた声で威厳たっぷりにそう告げるリグド皇帝。

 ラズリーも内心はどうであれ、その言葉に応えた。


「ありがとうございます。ジェイド様と共に、この国を更なる強国へとのし上げることを誓いますわ」

「……ふん。精々励むがよい」


 愁傷に言っているようだが、実際は将軍たちが凍り付くような侮蔑ぶべつの台詞である。

 暗に『お前は用済みだから早く引退しろ』……そういう言い方だ。

 この場では、陛下を立てた言葉をつらつらと並びたてるのが正解である。


 ともかく、ラズリーはこの国の王妃として相応しい力を見せつけることに成功したのだった。

 だが、彼女はそれだけで満足するような女では無かった。


「さて。それじゃあまずは、ジェイド様にまとわりつくゴミから片付けるとしますか」



 この日から、ライバルとなり得る貴族令嬢を国内外を問わず片っ端から処刑して回った。

 常笑の魔女。敵となる者は泣き喚き、彼女は笑う。

 彼女はこの国で、二つ名を改めて轟かせることとなった。





 この日から一か月後。

 彼女に対する反発の声は完全に消え去った。

 使用人さえも躊躇なく処刑する彼女の苛烈さは、留まることを知らない。

 城の中はいつ彼女の勘気に触れるのでは、と一層ピリピリとした雰囲気が流れている。


 一方のカレンは、城に出入りすることも殆ど無くなっていた。

 だがそのお陰でラズリーと出逢う機会も無く、代わりにディアンとの交流を深めることが出来た。


 今日も共同開発した魔法が発動する道具を片手に、農地の収穫作業に精を出している。


 魔改造された鎌の先からは飛び出したエアカッターが小麦を刈り取り、クワを地面に突き刺せば丸々と実ったカブが地面から飛び出した。

 まだ試作段階とはいえ、思った通りの出来具合にカレンは笑顔でウンウンと頷いていた。

 もはやカレンは自身が他国から輿入れしてきた姫だという事も忘れているようである。


「え? ジェイド様と常笑の魔女が婚姻の儀をするですって?」


 採りたての野菜を生でカプリと齧っていたカレンに、同じ農民仲間の男が呆れ顔をしながら「間違いない」と頷く。

 もはや自分との婚姻など、無かったものとされている。

 だけど魔女協定の本来の目的である和平が続いている限り、カレンはこうやって地道に国を変えていけばいいと思っていた。

 だからこうやってジェイドが新しく魔女を妻として迎え入れることには、特に感じるところはない。



「さっき街に野菜を卸しに行ったらよぉ、教会で盛大な結婚式をやるっつーんでどこもかしこも大賑わい。婚姻のお祝いであの魔女様が望むものは何でも集めるっちゅーんで城のモンも大変らしいぜ」

「はぁ……」


 噂には色々と聞いていたが、相当恐ろしい人だというイメージしかなかった。

 歯向かう人間は片っ端から処刑する、まさに魔女のような女。

 そんな女性でも結婚するとあれば着飾って貰えたら喜ぶのだろうか。

 


「……どんな人なのか、一度私も見てみようかしら」



 とても自分に協力してくれそうな人間では無いが、今後関わってくることもあるかもしれない。

 だったら、今のうちに偵察した方がいいだろう。


 そうと決まれば善は急げ、だ。


「私、ちょっと行ってきます!」

「あっ、おい!! 何処へ!?」

「皇都!! 教会に、花嫁を見に!!」


 被っていた麦わら帽子と食べかけのカブを男に渡すと、カレンは畑道を猛スピードで走り出す。

 あの華奢な身体のどこにそんな力があるのか、あっという間にその姿は小さくなってしまった。


「あぁ、もう……危ないから近寄るなって忠告しようと思ったのに」


 あんな美人で働き者が自分の嫁になってくれればなぁ、と思いつつも「いやいや、何を言っている」と頭を振る。

 農民と同じように働いているが、あの目は違う。

 染みついた奴隷のような諦観ていかんの瞳をしていないのだ。

 明るい未来を目指し、こうしておかしな道具を作ったりしている。


「あんな人が王妃になってくれれば俺らの暮らしもちったぁ変わるのかねぇ……うん、美味いな」


 ポリ、とカレンが収穫したカブを齧りながら、眩しそうに大空に浮かぶ太陽を見上げた。



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ラピスラズリ(瑠璃):顔料として画家フェルメールが愛用したと言われている。パワーストーンとしても有名で、試練を与え、成長させてくれる……らしい。石言葉「幸運」








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