第14話 とりあえず全部送っといた
そこから先は、控えめに言って地獄だった。
お好み焼き。ただひたすらに、お好み焼き。
焼いては食って、食っては焼いて、時にきゃべつを切り刻み、それ以外には焼いて食う。
豚玉、海鮮、もちチーズと、味のバリエーションはそこそこ豊富だ。その辺り、具材を搔き集めるための金に(主に絵麻が)糸目をつけなかったのだろう。しかし、糸目をつけなさすぎだ。どう考えても買いすぎである。
しかも、途中で目を覚ました沙苗は、お好み焼きを一口かじって、「脂っこいもの、私、無理だから」と早々に降参。アメリアはアメリアで、贅沢にも豚玉の豚肉や海鮮のエビだけ選んで食べている。おかげで残りの、焼いた小麦粉にソースをぶっかけただけの物体を処理するのはほとんど文則と雄星だ。絵麻は言わずもがな、自由だ。自由に振る舞いすぎていて、今はなにやら取り出したノートパソコンを膝の上に乗せて、ソファでなにやら作業を始めている。
「ちょっと! 絵麻センパイも食ってくださいよ! 言い出しっぺでしょ!」
「ちょっと一休みなんだも~ん」
そう言いながらも、絵麻の作業の手は止まらない。なにやら、忙しない様子で手元を動かしている。
「あんた、なにしてるのよ」
近寄っていった沙苗が、画面を後ろから覗き込んだ。
その目が驚きに見開かれる。
「――あら。これは」
「なんですか」
文則も気になって、食事の手を止め絵麻の背後へと回る。
ノートパソコンの画面に映し出されていたのは、まだ色のついていない線画ではあるが、やたらぬるぬると動くアニメーションだった。
「これって……」
「そう! 『金翼のボルガノン』
嬉しそうにそう言いながら、絵麻が最初から動画を流してくれる。その迫力は圧巻で、音も色も声もまだついていないのに、思わず魅せられてしまうほどだ。
「やるじゃない」
と、シンプルな感想を漏らしたのは沙苗だ。先ほどまではうつらうつらとしていた表情も、今はすっかり覚めている。
「ねえねえ、さーな。これ、今度動画サイトで流してみない? 音と色と声もつけてさ、自主制作アニメみたいな! 新海誠だって『ほしのこえ』でやってるし、わたし達にもできると思うんだよね~」
「まあ、できはするでしょうけど、漫画でやった内容をそのままアニメにするんじゃちょっと面白くないわね。スピンオフっていう形で、
「それアリ! っていうか、さーなの描く悪役好きなんだよね~、わたし。それにその形式なら、連作でシリーズ化もしやすいし」
「じゃ、時間が空いたら脚本作っとくから。ああ、それとアメリア。あんた、一人で何役までこなせる?」
沙苗の問いに、アメリアが顔を上げる。口の端からは、エビの尻尾が飛び出していた。
もそもそとエビを飲み込み、アメリアは答える。
「やれと言われれば、いくらでも」
「男でも? 女でも?」
「ええ」
「それが人間以外の動物や無生物でも?」
「そうね」
「完璧ね。採用。あんたもこれやるとき、声、当てなさいな」
「構わないわ」
目の前でどんどん話が進んでいくのを見て、文則はなにも言うことができなかった。
雄星と文則の二人だけを置き去りに、凄まじい速度で物事が決まっていく。完全に、蚊帳の外に置かれている。
絵麻も、沙苗も――もちろんアメリアも。
文則や雄星には、声をかける素振りすら見せなかった。
それは意味がないからだ。戦力として勘定に入れられていないからだ。クリエイターではないからだ。
「これは無敵の布陣だね! 楽しいことになりそうだぞ、ノリフミ君!」
天真爛漫な笑顔を向けてくる絵麻にも、「そうみたいっすね」としか返せない。表情を隠すようにして、新しい生地をホットプレートの上に流し込む。
ちょうどそのタイミングで、隣の部屋で呼び鈴の鳴る音が聞こえてきた。沙苗の部屋だ。
「客でも来たのかしら」
顔を上げ、沙苗が呟く。
「さあ……」
「ちょっと見てくるわね」
そう告げて、沙苗がラウンジから出ていった。
しばらくしてから、沙苗は戻ってくる。その目は文則に向けられていた。
「文則。あんた宛に荷物よ」
「俺っすか?」
「ええ。……まったく、あの女。甥っ子への荷物を私の名前で送ってくるんじゃないわよ」
ぶつくさ呟きながら、沙苗が顎をしゃくってくる。自分で受け取ってこい、とでも言いたいのだろう。
「荷物って、いったい誰から……」
入れ替わりでラウンジを出て、沙苗から受け取った鍵で隣の部屋に入ると……玄関には大量の小包が目線の高さまで積み上げられていた。
「うお!? なんだこれ!」
驚きの声を文則が上げたそのタイミングで、スマホが不意にメッセージの着信を告げる。
メッセージアプリを立ち上げて内容を確認してみれば、送り主は御坂だった。
御坂 綾:やよいちゃんの出てるアニメのBD送ったんだけど、そろそろ少年のところに届いた頃かな?
御坂 綾:とりあえず全部送っといたから!
「とりあえず、でこんな大量に送り付けてくんな!」
思わずスマホの画面に向かって全力で突っ込む。当然、そんなことをしても返事が返ってくるわけでもない。
その代わりに、ピコンと音を立てて、「えっへん」と胸を張るゆるキャラみたいなスタンプが送り付けられてくる。布教という名の信仰に従うオタクというやつは、時として己の行いが人の迷惑になっていることに気づかないものなのだ。
「ったく、あの人は……」
普段は大人っぽい立ち居振る舞いをしている御坂だが、オタクガチ勢が行き過ぎるのは玉に瑕。
げんなりとため息をつく文則の背中に、声がかけられる。
「あんた、それ、自分で部屋に運んどきなさいよ」
振り返ると、不機嫌そうな面構えの沙苗がそこにいる。その後ろには、アメリア、絵麻、雄星の三人も控えていた。
「あの、誰か手伝ってくれたりとかは……」
「私、もう限界。これから寝るし、脚本の方もやらないとだしね」
「オーディションの練習をするわ」
「あー、オレ女の子とデートの約束があるから」
「ちっがうも~ん!」
絵麻が声を上げながら、雄星の腕に絡みついていく。
「雄星はわたしとお好み焼きパーティーの続きだもんね~! まだまだタネは残ってるよ!」
「ばっ、絵麻……お前寄るなよ暑苦しい!」
「だって今日中に全部食べないと、すぐに生地がダメになっちゃうんだも~ん」
「だーから最初っからオレが言ってんだろ。さすがに作りすぎだって」
「だいじょぶだいじょぶ! サービスするから! ねっちょりぐっちょりたっぷりと!」
「やらしい言い方すんな、はしたない!」
そんな風にやいやい言い合いながら、幼馴染コンビがラウンジへと引っ込んでいく。それを見送ったアメリアもまた部屋へと戻っていき、あとに残されたのは沙苗と文則。
「はいこれ。鍵。荷物運んだら、ちゃんとかけときなさいよね」
「あ、はい」
「じゃ、私は寝るから。あとはよろしく。鍵は郵便受けにお願いね」
文則に部屋の鍵を手渡した沙苗は、荷物の脇を通り抜けて部屋の奥へと消えていく。
「これ全部、俺だけで運ぶのかよ……」
最低でも十個はあるだろう小包を前にして、文則の口からはため息がこぼれ出る。
しかし、嘆いていても目の前の仕事がなくなるわけではない。もう一度嘆息すると、一番上の小包を文則は抱きかかえた。
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