第13話 ぴざぽて
収録から、二日が経った週末。文則は、昼過ぎぐらいになってから目を覚ました。この日も結局、なかなか寝付くことができなくて、ようやく眠りにつけたのは明け方だ。おかげで、起きてからもだいぶ頭がボーっとしていた。
とりあえず寝起きの頭をしゃっきりさせるため、洗面所で顔を洗う。惰眠を貪ってしまった罪悪感を噛み締めながら、ラウンジでとりあえず牛乳でも飲もうかと部屋を出ると、開いた扉の前に立て看板が掲げられていた。
『パーティー会場へのご案内』
急造で造ったとしか思えない立て看板には、そう書かれた紙が貼りつけられていた。ご丁寧に、矢印まで添えられている。
その矢印の先を目で追うと、これまた立て看板がもう一つある。こちらの立て看板にも同じ文句が貼られており、矢印の先はラウンジの扉へと向いていた。
「今日はラウンジでパーティーがやってんのか」
そう呟いて、文則は部屋に戻って扉を閉じた。
それから、「ふわぁ」とあくびを一つ漏らして、再びベッドに横になる。
「なんだろ……まだ夢でも見てんのかな。とりあえずもうちょい寝よ」
「ウェイカーップ!」
まぶたを閉じかけたところで、文則のベッドの下から這い出してきたなにかが、そんな風に叫びながら布団に包まる文則目掛けてボディプレス攻撃を仕掛けてきた。
「朝だぞ朝だぞノリフミくーん! 大パーティー時代の始まりだぜイェーイ!」
「わぷっ、ちょ、絵麻センパイ!?」
いきなり襲い掛かってきた柔らかい感触に、一気に意識が覚醒する。布団越しとはいえ、お腹と胸には幸せな感触がはっきりと伸し掛かっていた。
「どうしたどうした! これでも目を覚まさないか、このねぼすけ少年め! せっかくおね~さんが身を挺して大サービスしてやってるってのに、ほんとしょうがないやつだな~ノリフミ君は! そんなんだからパーティーにだって乗り遅れるんだぞ!」
「注文してないサービスなんて迷惑以外の何物でもないっすから! ってか、パーティーってなんなんですかいきなり!」
「パーティーっていうのはね――」
「いや、やっぱいいです、嫌な予感がするんで聞きたくないです。それより今は寝かせてください。今日は俺、もうがっつり寝るって決めたんで!」
「あ~そんなこと言っちゃっていいのかな~? このわたしが、そう簡単に安眠を許すと思ったら大間違いだ!」
そんなことをのたまいながら、絵麻が文則の体の上で身を捩る。それから、「え~と……そうそう、この辺に……」とか言いながら、ベッドの下を覗き込んだ。
「ん? なにやってんですか?」
「じゃ~ん! ノリフミ君の秘蔵コレクションのご開陳だ!」
「んなっ!?」
「なになに……『団地妻~熟れた果実との秘蜜の関係~』『僕の乳しぼり叔母さん』『年上彼女は今日もよがり狂ってる』『MILF~童貞喰らいの淫女神たち~』」
そして、取り出した本をこれ見よがしに並べてみせると、表紙に書かれたタイトルを読み上げていく。
「ぎゃあああっ!?」
「いやいやぁ~、今どき紙のエロ本を持ってるなんて、なかなかツウだねノリフミ君も!」
「は!? いや、ちょ、待ってください、そんなはずは――」
これでも現代っ子の文則である。
年齢規制に引っかかりそうなものは、基本的にデータで集めているはずだ。おまけに、ここまで熟女に偏った性癖の持ち主というわけでもない。
――ということは。
「なんで絵麻センパイのエロ本が俺のベッドの下にあるんですか!?」
「いやぁ~、わたしの部屋、もう漫画の置き場所がなくなっちゃって。こりゃもうたまらん、仕方ねえぜ! ってなことで一部のエロ本をこの――」
ちょんちょん、と下を指さしながら言葉を続ける絵麻。
「――簡易倉庫にとりあえず保管しとこうかなって」
「人のベッド下を簡易倉庫呼ばわりすんな!」
「大丈夫! ちゃんとじっくり考えて、ノリフミ君の男の子がビンビン反応しそうなやつにしといたから! 申告してくれれば使ってもいいからね!」
「申告制かよ! ってか、じっくり考えた結果が年上熟女モノばっかって、俺を一体どんな目で見てるんだ!?」
「もうちょっとオネショタに振った方が良かった?」
「そういうわけじゃなくってさぁ~!?」
きょとん、とした顔つきになる絵麻に、頭を抱え込みたくなる。
本当に、とんでも迷惑極まりない相手であった。
「まあノリフミ君の性癖の話はもうちょっと日が沈んでからということにして……とりあえず今はパーティーしよっか!」
文則の上からどいた絵麻が、今度は布団を引っぺがそうとしてきた。
「ちょっと! 俺の抗議は、まだ続いてるんですよ!?」
「それ時短できる?」
「人の文句を時間節約レシピみたいに扱うのやめてくれません?」
未だ不満は消えない文則だったが、今さら眠れるようなテンションでもなくなっていた。
仕方なく、包まっていた布団から抜け出して、絵麻の後に続いてラウンジへと向かった。
「よう。お前も絵麻に叩き起こされたのか」
ラウンジに入ると、疲れた顔で出迎えてくれたのは雄星だ。普段はきっちりとセットされている金髪が跳ねている。心なしか、耳を飾るピアスもしょぼくれている感じだった。
「雄星さん。……なんか顔がお疲れですけど」
「朝帰りしたら絵麻が待っててそこからタネ作りカーニバルに直行だよ」
と、雄星が手で示した先にあるのは、何十リットル入るのか想像すらできないどでかい寸胴鍋。それも二個。
「今日はお好み焼きパーティーするもんね~!」
そう言いながら絵麻が抱えて持ってきたのは、ファミリーサイズのホットプレートだ。
「あれ。そんなの、ここにありましたっけ?」
「zonamaさんに頼んだら今朝には届けてくれたもんね~。さすがzonama、仕事のできる女だよ~」
「いや、zonamaに性別とかないと思いますけど」
「アメりんとさーなも呼んでくるね!」
文則の突っ込みを無視して、絵麻がラウンジを駆け出していく。それからややしばらくしてから、「こら、私はもうこれから寝るんだ、ちょ、やめ、そんなとこに手を――きゃあああっ」という、揉み合うような声と音が隣の部屋から聞こえてくる。ラウンジのすぐ横にあるのは管理人室、要するに沙苗の部屋なのである。
「……なあ、文則」
「なんすか、雄星さん」
「お前、百合って好きか?」
「なに言いだすんですか、いきなり」
「考えてもみろよ。沙苗ちゃんと絵麻が裸でくんずほぐれつしてるところ」
言われて、想像してみる。
ちょっと口では内容を説明できない、刺激的な光景が文則の脳内で広がった。
「女同士ってのも、なかなか眺めが良くて、オレはけっこう好きなんだよな」
「いや、まあ、それはちょっと気持ち分かりますけど」
っていうか、と文則が話を変える。
「パーティーって絵麻センパイは言ってましたけど……今日ってなんかの日でしたっけ?」
「いや、普通の土曜日だろ」
「誕生日とか?」
「だから知らねえって。あいつの考えてることとか、分かるかよ」
突き放したような口調が気になって、文則は雄星に目を向ける。
「幼馴染なのに?」
「文則。お前、自分の父ちゃんや母ちゃんや兄弟姉妹の頭の中身が見えちゃうタイプの人間だったりとかするわけ?」
「いや、そんなこともないですけど」
「そういうことだよ」
それに、と不意に顔から表情を消して、雄星は呟いた。
「……分かってたまるかよ。天才の考えてることなんて」
「それは……」
思わず文則は黙り込む。雄星の言葉に、心のどこかで共感している自分がいた。
「あの、理解することって――」
――できないんですかね、と続けようとしたところで、ラウンジの扉が開け放たれる。
「たっだいま~! 皆の衆、出迎えご苦労!」
入ってきたのはアメリアと沙苗を引き連れた絵麻である。その堂々たる態度はさすが絵麻といったところだ。
「まったく……人がようやく寝つけたって時に」
とぶつくさ呟いているのは沙苗だ。そしてその沙苗の手は、完全に眠っているアメリアの体を突っついたり引っ張ったりして支えていた。
「って、アメリア。服を着てる!?」
「私が着せたのよ。このバカが――」
剣呑なまなざしを絵麻へと向ける沙苗。
「――裸のまま連れ出そうとするもんだから、仕方なく」
「だって仕方ないじゃーん。かわいい子には脱衣をさせろって、昔の人が言ってたんだも~ん」
「相変わらず、ふざけた根性してるわね、あなた」
青白い表情でそう呟くと、ふらふらとした足取りで冷蔵庫へと向かう沙苗。
中から取り出したのは、ノンアルコールの缶ビールだ。テーブルについた沙苗はプルタブを引き上げると、まずはぐびりと一口煽る。
「っ、くはー……たまんねぇ」
ぼそっとそう言ったかと思うと、彼女はそのままテーブルに突っ伏した。
「……あの、叔母さん? いや、ほんと、大丈夫ですか?」
「んなわけないでしょ。こちとら60時間、ろくに食事も睡眠も取らないで原稿やってんのよ。そこを、そのバカが――」
ちら、と顔を上げ、沙苗は隈の浮いた目を沙苗へと向ける。
「――乱入してきたもんだから、仕方なく付き合ってやってんのよ」
「さ、災難ですね……」
「ま、絵麻は容赦がないからな、そこんとこ」
文則と雄星のコメントに、絵麻が「ん?」ときょとん顔。話の流れを理解している様子はない。
「私は、ちょっとだけ寝るから……しばらくそっとしといてちょうだい……」
「え、ここでっすか!?」
「部屋戻ってもまたどっかのバカに起こされるだけだもの」
飲みかけのビールを片手に、沙苗は腕を枕に寝息を立て始める。普段は剣呑な目つきも、今だけは穏やかだ。
「よーし! それじゃあ、宴会の始まりだー!」
そう言いながら、絵麻はホットプレートのプラグをコンセントに差し込んでいる。一人だけテンションの圧が違う。さすがは絵麻だ。今日もソロでハイテンション。
「つーか……パーティーってなんなんすか。絵麻センパイの誕生日とか言わないですよね?」
先ほど雄星にも投げた問いを、企画者本人に投げかけてみると、振り返った絵麻が得意顔で胸を張る。
それから指を一本出して、「ちっちっち」と左右に振ると、
「おっくれてるなー、ノリフミ君は。時代に取り残されてるよ」
なんて言ってきた。
それから取り出したスマホの画面を、ずずいと向けてくる。
奥嶋ユーサク@Y.okushima 6時間
脱稿。疲れた。もう寝る。酒飲んでピザポテト食って寝る。絶対に今度こそ寝る。ピザポテ。ピザ。
「これだ! って思ったんだよね」
「うん、センパイに説明を求めた俺がバカでした」
「要するに、沙苗ちゃんが手すきになったから一緒に遊びたくなったってとこだろ」
そう言いながら、雄星も黙々とお好み焼きの準備を始めていた。今の絵麻にはなにを言ったところで無駄だと、長年の経験で知っているのだろう。
「はあ……ま、いいですけどね。こういうのにも最近慣れてきましたし」
「文則も、順調にこのアパートの住人になってきてるな」
「言わないでくださいよエロ魔人。……ってか、アメリアもそろそろ起きろ。立ったまま寝てると危ないぞ」
そう言って文則がアメリアの額を小突くと、彼女はむにゃむにゃと、「特式魔封兵装を展開する……」と呟いた。
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