第12話 開店前にいる客

 今日は昨日バイトを休んでライブに行かせてもらったので、その振替として今日バイトに入っている。


 しかし、いつもと違う所は開店前だというのに、何故か1人の女性がテーブルで、スマホを片手にサンドイッチを食べている。

 店長や、他の店員もそれを見ているはずなのに、何も言ったりはしていなかった。


「あ、あの、店長なんで開店前なのに、お客さん入れてるんですか?」

「あぁ、あの人は訳あって特別」

「開店前に入れるってどんな理由ですか」

「あれ?お前に教えてなかったっけ?」


 店長からは、何も教わった記憶がないな、と思いながら何を教えてもらうんだろうと思っていたら、店長に、背中をドンと押される。


「自分で確かめてこい!」

「え?はぁ?!?!」


 店長の事だ、絶対に説明するのが面倒くさくなっただけだ。


「ちょっと、朝からうるさいんだけど」

「すっ、すみませ・・・・・」


 どこかで聞いたことのあるような声に怒られ、恐る恐る顔を上げてみると、昨日ライブで見た顔が、こちらをじっと見ていた。


「え・・・・・何で西条がここにいるんだよ!」

「だって、私ここの常連さんだもん」

「いや、常連だからって、開店前に入れないだろ普通」

「店長の気遣いよ」


 西条はそれ以上何も言わなかった。


「そういえば、まだ開店前なんだよね?」

「え?あぁ」

「じゃあ、少し私とお喋りしなさい」

「はぁ?何で俺が」

「いいでしょ?ほらそこ座って」


 半ば強引に、椅子に座らされて、西条と向かい合う。


「昨日のライブ、一曲目の最後目合ったよね」

「あっ!やっぱり!俺もそう思っ・・・・・なんでもない」

「んん〜?なに〜?アンタも私と目合ったって思ってたんだぁ〜」

「う、うるさいなぁ」

「あははっ!顔赤くなってる〜かわいー」


 西条にまたいじられ、さらに顔が赤くなる。しかし恥ずかしいという感情が強かったが、同時に嬉しかった。


 西条も俺と目が合ったと言ってくれたからだ。


「んで?何しに来たんだよ、俺掃除しなきゃならないんだけど」

「えっとね、あっ!その前になんかご馳走してくれない?」

「はぁ?今食べてるだろ」

「ジュースでもなんでもいいから、ライブ頑張ったで賞として」

「んなもんねぇよ」


 西条は「なによ、ケチー」と口を尖らせて言っていたが、西条の方がお金持ってるだろと、思って、なぜか悲しくなった。


「じゃあ、コーヒーでもいいのか?」

「えっ!いいの!?」

「あぁ、本当にライブは凄かった」

「えっへーん!当然でしょ?」


 胸を張って、言ってきた。


「砂糖とかって・・・あっ!西条は砂糖なんて入れなくても飲めるよな?コーヒーむしろそっちの方が好きだったりして、いやぁ、大人だなぁ」

「えっ、?私はお砂糖入れないとコーヒー飲めない・・・・・」

「ま、俺は飲めるけど」


 西条の話を遮りながら、自分はブラックコーヒー飲めますアピールをした。


「そ、そうなの!ブラックコーヒー大好きなのよね!お砂糖とか結構よ!」

「じゃあ、砂糖は付けずにコーヒー、一つな?」

「う、うん・・・・・あ、アイスでお願い」


 注文を受け、もう少しで開店なので、すぐに用意する。


「ほら、コーヒー」

「あれ?あれ言ってくれないの?」

「勤務時間ではないので」

「えっー、聞きたいなぁ」

「いいから、早よ飲め」


 西条を急かすと、少し躊躇いながらもコーヒーに口をつけた。


「うげぇ・・・にがぁ」

「あれれ?飲めるんじゃなかったのかな?」

「うるっさいわね!このバカ!」

「人の事からかった罰だ!」

「何が罰よ!本当は嬉しかったくせに」


 バレてる・・・西条はたまに心が読めるんじゃないかと思うくらい、こっちの思っていた事を当てる事がある。


「まぁ、砂糖持ってきてやるからそんな怒るなよ」

「別に・・・怒ってないわよ・・・・・・えっと、その、ライブ来てくれてありがとね、」

「なんだよいきなり」


 そう言うと、恥ずかしかったのか西条の顔が一気に赤くなる。


「やっ、やっぱり気にしないで!」


 そう言い、西条はコーヒーをまた一口飲んだ。


「あっ!それまだ砂糖入ってないけど・・・」

「にがぁ」


 西条の可愛らしいところを見てしまい思わず「可愛い」と声が漏れてしまった。


「へっ!?」

「あっ!いや・・・その」

「わ、私帰るね!ご馳走様でした!」


 そう言って、勢いよく立ち上がり、飲みかけのコーヒーを置いて店を出ようとする。


「おい!どうすんだよこのコーヒー」

「あげる!」

「あげるって言ったって」


 か、間接キスになっちまうだろ・・・そんな妄想をしていたら、西条が扉前で止まりクルッとこちらに体を向ける。


「私、開店前とか、閉店前によく来るから、その時もしバイトだったら私とお喋りしなさい!」

「えっ?なに急に」

「いいから!分かった?」

「あぁ、バイト入ってたらな」

「ふふっ!約束!」


 その時の西条の笑顔は少し頬に赤みを帯びていたが、やはり可愛かった。


「おーい!優そろそろそのテーブル片付けろー」

「あっ、やべ!分かりました!」


 西条の残したコーヒーを一気に飲む、砂糖を入れても苦かった。

 しかし何故か甘ったるいものを食べて胸焼けしそうな感じになっていた。



⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 そして、開店と同時に1人のメガネにスーツをピシッと着こなした女性が入ってきた。



「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりでしょうか」

「コーヒーを一つ」

「かしこまりました」


 少し怖そうな女性だなと思いながら、コーヒーを出しに行く。


「ごゆっくりどうぞ」

「あ、あと一つ」

「はい?なんでしょう」

「あなた、西条恵とはどんな関係なんでしょうか」

「・・・・・・はっ!?」


 それを聞いて口を開けたまま、固まってしまった。

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