第10話 初めては怖い

「あれ?店長今日居ないんですか?」

「うん、今日はなんでも、大事な用事があるとか」


 タイミングが悪いなぁと思いながらも、こういうのを知ってるのは店長の他にいなさそうなので、他の人達には聞かないことにした。


 ふと気がつくと、バイト先の先輩の吉田さんがこちらを不思議そうにじっと見つめていた。


「あの・・・・・なんでしょう?」


 思わず聞いてしまった・・・いや、聞いてくれと言わんばかりの視線を向けられていると思ったのだ。


「いや、ね?店長と最近仲良いなぁ〜って思って」

「誰がですか?」

「えっ?店長と桐島君」

「仲良くなんてないですよ!?」

「ふーん、前から良かったけど、最近もっと仲良くなったのかなぁって」


 吉田さんからは、俺と店長がどう見えてるんだ?店長と仲が良くなったなんて、誰も思わない気がするのだが。


「それで?何で店長を探してたの?」


 胸が少しドキッとした、自分が秘密にしようとした事を、すぐさま聞いてきたからだ。


「い、いや・・・その」


 吉田さんを見ると何かを疑っているようで、曖昧な返答じゃ納得しないのも目に見えていた。


「店長にライブの行き方というか、心得を教えて欲しくて」


 それを聞いた吉田さんは、きょとんとした顔をして、「なんだぁ〜」と言った後あははっ!と高らかに笑い出した。


「なっ、なんですか!やっぱりライブとか行った事ないのって、おかしいですかね」

「違くて、店長今日合コンで仕事休んでるから、店長のことを探してた桐島君もまさか合コン?って思って」

「そんな!合コンなんて行きませんよ!」

「そうだよね、ごめんごめん!」


 吉田さんの誤解が解けたのは良かったが、店長は仕事休んで何してるんだよ。

 てか、大事な用事って合コンの事かよ。


「桐島君はライブに行くの?」

「は、はい、でも初めてで少し怖くて、だからもういっその事行かなくてもいいかな?なんて・・・・・」

「そっか・・・」


 吉田さんはそう言って、顎に少し手を当てて考えていた。


「私もね、ライブには行ったことないんだけど、これだけは言える、初めてはみんな怖いよ・・・けどねその初めてが、とってもいい思い出になれば、今感じてる怖いって感情が次行くのが楽しいって思えるようになるから」

「は、はい!」

「楽しんでこい!少年、人生まだまだ怖いことの方が多いぞ、そしてそれが楽しみになる瞬間も多いぞ」


 吉田さんは満面の笑みで自分に微笑んだ、その後トンッと指でおでこを押される。一瞬何をされたか理解できなかった。


 その時は吉田さんのこと、ただのバイト先の先輩だったのが、1人の女性として見てしまった。


 自分の顔が赤くなるのが分かった。


(いやいや、今のは反則でしょ)


 そう心の中で呟いた時、ふと西条に会いたいと思った。

 好きとかそういう感情ではなく、ただ単に西条と会って、何気ない話をバカみたく喋ってみたかった。



「初めてはみんな怖い・・・か」


 まぁ、西条の事を知るいい機会かもしれないからな、ちゃんとアイドルやってるのか?アイツは言葉遣いも悪いし、いきなり怒るし、でも・・・たまに反則の笑顔見せてきたり、料理上手だったり。


「って!なんで俺が西条の事をこんなに考えてるんだよ!」


 まぁ、チケットは貰ってるしライブ行ってみるか、休みも貰えたし。


 そんな事を考えていたら、ベシとメニュー表で頭を叩かれた。


「痛っ、何するんですか!って吉田さん」

「桐島君・・・・・・」

「はっ、はい・・・」

「休憩しすぎ、早く仕事に戻って」

「すみません・・・」


 吉田さん、こういうところは本当にきちんとしてるんだよなぁ、やっぱり高校生の俺とは大違いだな。


(よし!今日も明日乗り越えたら!西条のライブ見に行くぞ!)


「桐島君?レジお願い!」


 吉田さんのヘルプの声に、すぐに駆けつけ、今日もせっせと仕事をする。

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