~浜辺の漂流物~
小学生のあるとき、夏のあいだ、私は母方の祖父母の家に預けられていた。
山を背負い、海が間近に迫った典型的な田舎の村で、私はつまらない夏休みをすごしていた。
海へは、祖父母宅から自転車をこいで行けばわりとすぐに遊びに行けた。
しかし生来より不精者の私は、海へ行けど「磯遊び」と言うほど気合の入った遊び方はしていなかった。
海水を吸って濃くなった砂浜にサンダルで足跡を残しながら、波打ち際をぶらぶらとあてどなく歩く。
そして浜辺に打ち上がった漂着物を見てなんらかの感想を抱く。
たいていはありふれていて、取り立てるほどでもない、つまらない感想である。
けれども子供が喜ぶような娯楽もなければ、同年代の子供もいない村では、意外と時間をつぶすにはいい趣味だった。
波打ち際でひときわキラリとした輝きが見えた。
その輝きは波に揉まれてゆらゆらと揺れていたが、次第に押されるようにして浜辺へ漂着した。
なんてことはない、ガラス瓶だ。きらめきの正体は、ガラスが陽光を反射していたのだ。
しかしそのガラス瓶はイマドキ珍しいことにコルク栓がされていて、おまけに中には白い紙が入っていた。
ボトルメールというやつだろう。そういうことは小学生の私にもわかった。
だが知識としては知っていても、実際に目にして、手にするのは初めてだった。
日頃、岩のように動かざるが如しの私の心も、珍しく好奇心に浮つく。
下世話な野次馬根性が一切なかったとも言い切れない。
初めて手にしたボトルメール。その内容はなんだろう?
暇を持て余していたこともあって、私はガラス瓶を手に取ると、一切の躊躇なく固いコルク栓を引き抜くや、中にあった折りたたまれた白い紙を取り出した。
『よんでくれてありがとう』
そんな書き出しから始まった手紙は、私の期待に反して、一切興味の湧かない書き手の身の上話に終始していた。
どれほど私の興味をそそらなかったかと言われれば、その肝心の身の上話についてまったく覚えていないことから察して欲しい。
ただ「身の上話だった」という印象の輪郭しか残っていないのだ。
私はあからさまに落胆したが、そのまま手紙を捨てるのもしのびないと思い、ガラス瓶に紙を戻した。
そしてそのままガラス瓶をまた海へと投げ込んだ。
けれども小学生の力などたかが知れていたからだろうか。
ガラス瓶は浜辺に打ち上げられはしなかったものの、いつまでも波打ち際を漂うばかりだった。
しばし私はガラス瓶の行く末を見守っていたが、しかしいつまで経っても沖へと流れて行かない。
じきに私は飽きて、そしてまた体感で昼食の時間が迫っていることも感じていたので、近くに停めていた自転車へと戻って行ったのだった。
だから、あのボトルメールがどうなったのかは知らない。
次にまた浜辺を訪れたのは何日後だっただろうか。少なくとも、すぐ次の日の話ではなかったのは確かだ。
しかしとにかく、私はまた暇を持て余して自転車をこいで浜辺へ向かった。
そして波打ち際で海水をかぶりながらも、濡れた砂浜にかろうじて漂着していたボトルメールを見つけた。
このあいだ投げ戻したボトルメールと同じものだと直感的に思ったが、暇を持て余していた私は中身をあらためた。
『よんでくれてありがとう』
書き出しが同じだったので、同じボトルメールだと思った。
しかし惰性で読み進めれば、前回とは内容が違っていることに気づいた。
『ともだちがいないのは、さみしくないですか』
小学生ながらに妙に冷めていた私は、「大きなお世話だなー」と思ったのを覚えている。
しかし私は拾ったガラス瓶の中に返信の手紙をしたためて入れる、といった手間を取るほどまでには暇ではなかった。
仕方がないので手紙を瓶に戻し、また海へと投げ入れた。
ボトルメールは、また波打ち際をうろうろとしていて、いつまで経っても沖には流されなかった。
途中で私が飽きて帰ったのも、前回と同じだ。
ただ、手紙の内容だけは違った。
『よんでくれてありがとう』
また同じ書き出しのボトルメールを拾ったのは、少なくとも数日は間隔が空いてからだったように思う。
またしても暇を持て余していた私は、またしてもボトルメールの中身をあらためた。
そして遅まきながらに「ちょっとおかしいぞ」と思い始めたのである。
手紙の内容は、明らかにこちらが一連のボトルメールを読んでいることを前提として書かれているように思えた。
たいして賢くもない小学生の私にも、そのことに気づけるほどに、そのボトルメールがまとう違和感は大きかったように思う。
手紙の内容はやんわりと読み手である私を糾弾するものになっていた。
『よんでいるのになぜ』
というようなことが書かれていたような記憶がある。
そして文末に、
『かさねちゃんへ』
と私の名前で締めくくられていたので、途端に冷静さを失ってしまった。
余談になるが、その前段で『あなたのなまえはすきではありません』と書かれていたことを、今唐突に思い出したことも付記しておく。
なぜそんなことが書かれていたのかはわからないが、とにかくイヤな予感が猛烈に湧いてきたことだけは確かだった。
私は今度はその手紙をガラス瓶に戻すという選択肢は取らなかった。
かと言って、律儀に返信をしたところで話が通じるような相手には思えない、と考えた。
そして私は短絡的に手紙を燃やすことにした。
燃やして消しカスにすれば、全部なかったことになるとまでは思ってはいなかったものの、それに近い考えをしていたことは、まあ……認めねばなるまい。
とかく私はボトルメールを自転車の前カゴに突っ込むと、急いで祖父母宅へと戻り、台所に駆け込んだ。
私が使える火は、そこにしかなかったからだ。
ガスの元栓をひねり、古びたコンロに点火する。「チチチチチ」という音がしてガスのにおいがしたあと、「ボッ」と火が点く。
私はガラス瓶から手紙を出すと、躊躇なくコンロの火に押し込んだ。
手紙はあっという間に燃え上がって、黒いカスを残して燃え尽きた。
歳の離れた兄に連れられて、焼き肉屋へ行ったときに嗅いだものに、近いにおいがした。
……思うに、あれは「焼肉屋のにおい」と言うよりは、「タンパク質が焦げるにおい」だったんだろう。
あの手紙はなんだったんだろうか?
私の知る何者かによる、手の込んだイタズラだったのだろうか?
そんな現実的な答えを思いつくも、そんなことをする人間性の持ち主が近くにいたのだと思うと、それはそれで背筋が冷たくなる。
そして今さらながらに思いついたのだが、あの書き出しは
『読んでくれてありがとう』
ではなく
『呼んでくれてありがとう』
だったら輪をかけてイヤだなと、今さらながらに思うのであった。
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