第25話 審判
「……ぃ……ぃ……?」
遠くから声が聞こえる。
どれだけの時間が経ったのだろうか。
部屋はまっ暗で、ほとんど何も見えなかった。
「おい、冬子……生きてるか?」
「ぁ…………ぇ……?」
あれから2、3日ほど経っただろうか。
目が慣れてくると、しだいに部屋の様子がつかめてくる。
ぼんやりした月明かりに照らされて、もう廃れてしまった生活の名残が見えてくる。
雨ざらしになった布団、色あせた写真、表紙の破れた雑誌、そのすべてが黒い血の海に沈んでいた。
わたしのパーカーの前も黒いエプロンをつけたようになっている。
「ちょっとは楽になったか?」
ウナギがわたしに目のない顔を向ける。
「ぁ………ぁ…………」
喉がからからで声が出ない。
悪魔と契約して再生能力を得ることは、飲み食いから解放されるということだ。
悪魔の血でできてる体は、自由にコンディションを調整できる。
喉にこびりついた血を吸収し、水分を血からつくり出せばいいだけの話だったけど、わたしにはそんな気力がなかった。
もうなにもかもどうでもよかった。
「冬子、侵入者だ。1階の入口から階段を昇ってくる足音が聞こえる」
ウナギが早口でまくし立てるけど、そのほとんどはわたしの耳に届かなかった。
「立てるか?」
わたしは壁に背をあずけたまま、血の海に両足を放り出していた。
動く気力もなかった。
「冬子、相手が悪魔だろうが祓魔師だろうが立て。おめぇに味方はいない。そういう生き方を選んだんだろ? だったら、立て」
ウナギが厳しくもあたたかい声音でわたしを諭す。
「そして、戦え」
わたしが死んでしまったらウナギも死んでしまうのだ。
それは、悪いなって思う。
こんなわたしと契約しちゃってごめんねって。
でも、もう、生きる気力が湧いてこなかった。
わたしには、欲しいものがなくなってしまった。
「体の権利を譲り渡せ。オレが戦う。おめぇもこんなとこでくたばるのは本望じゃねぇだろ?」
ウナギの言うことはもっともだ。
どうしてわたしははじめからウナギに戦闘をまかせなかったんだろう……?
きっと、わたしにやりたいことがあったからだ。
なにがなんでも、つかみたいものがあったからだ。
いまからすると、とても信じられない。
「もぅ……ど……ぃぃ……ょ」
「またそんなこと言ってんのか!? もう下の階まで来てる。さっさと体の主導権を譲れッ!」
ウナギが焦って声を荒らげるけど、わたしは1ミリも動きたくなかった。
ひとつだけ心残りがあるとすれば。
結局。
わたしは、何ひとつ手に入れることができかなかったなぁ。
「来るぞ」
コンクリートの床に足音を響かせて、来訪者が姿を見せる。
「……ひどい有様ですね。生きてますか?」
「……!」
その姿を見た瞬間、わたしのなかに希望が芽生えたが、すぐにそれを摘み取る。
「……ぇ……ぁ……」
喉からかすれた音が響き、わたしは悪魔の血を巡らせて喉を修復していく。
「わたしを……殺しに来たの?」
「ええ、私は祓魔師ですから」
よかったぁ。
わたしは自然と上がっていく口角を隠すことができなかった。
どうせ死ぬなら、夜宵に殺されるのが本望だ。
「夜宵、その腕、どうしたの?」
夜宵の左腕には添え木がされ、包帯でぐるぐる巻きになっていた。
「私の方も、一筋縄ではいかなかったということです。あなたを探すのにこんなに時間がかかるなら、ちゃんと病院で診てもらえばよかったです」
夜宵は澄ました顔で言うけど、包帯で巻かれた腕は変色していて、とても大丈夫なようには見えなかった。
「人探しは、得意なつもりだったんですが……」
夜宵のおでこがかすかな月光を受けて輝いていた。
わたしは、それをほほ笑ましく思う。
「考えうるかぎり最悪のカードを引いたわけか」
ウナギが夜宵に顔を向ける。
「しばらく、グラシャ=ラボラス。あなたともついぞ因縁が深いですね」
「殺すならいまのうちだぞ。オレの悪魔憑きは、生きる気がないみてぇだ」
「あら」
夜宵はわたしに視線を向けて、大きな黒い瞳でわたしを見下ろす。
「冬子さん、ちょっとお話をしましょう」
「うん」
わたしは壁に背をあずけた姿勢のまま、顔だけを夜宵に向けた。
「冬子さんは、どうして私と友だちになりたいって思ったの?」
「夜宵に……はじめて会ったとき、これが運命だと思ったから」
「あいまいですね。もっと具体的に話すことはできませんか?」
「こんなにかわいい子、生まれてはじめて見たんだよ」
「それはつまり、私の容姿に惚れこんだと理解してよろしいですか?」
「そうだけど、そうじゃない」
わたしは血だまりに視線を落とし、黒い水面に映る夜宵の姿を見た。
「かわいいもの、かわいい子、欲しいと思ったものはいっぱいあって……それを手に入れる力を持って、実際に手に入れみた。でも、すぐに輝いて見えたものが色あせて、わたしは……ほんとうに欲しいものを探すようになった」
「そうして見つけたのが夜宵だった。こんなにかわいい子、生まれてはじめて見たってのはほんとだけど、もしそれが他のかわいい子やものだったとして、こんな気持ちにはならなかったも思う。夜宵が夜宵だったから、わたしは友だちになりたいって思ったたんだよ」
わたしがそう言うと、夜宵は何も言わずに、軽く目を閉じた。
その言葉の意味を吟味してるのかもしれない。
「私が……祓魔師でも?」
「関係ないよ。夜宵が夜宵だから、友だちになりたいって思ったんだよ」
夜宵はわたしを見下ろしてから、割れた窓の向こうの月に視線をやる。
夜宵は慎重で、自分が正しいと思える言葉しか口にしない。
いまも頭のなかでわたしの言葉の意味を考えてるんだろう。
「夜宵は……わたしを殺すの?」
「……私は、祓魔師ですから」
夜宵は無表情で、事実だけを確認しているようだった。
「そっか」
「でもわたし、どうせ殺されるなら夜宵がいいと思ってたから……うれしいかも」
夜宵は無言で右手に短剣を取り出して、わたしに刺すような視線を向ける。
「この世界に存在するあらゆる悪魔を祓うことが、私の使命です」
わたしは夜宵の言葉を黙って聞いていた。
「冬子さんと街で遊んだことは、ほんとに楽しい思い出でした」
よく見ると夜宵の服はところどころ土で汚れていて、アウターの一部も裂け、彼女も修羅場をくぐり抜けたのだとわかる。
「私は自分の自由な時間というものを持ったことがありませんでした。冬子さんに負け、任務から離れる時間ができて、祓魔師として生きるだけでない、広い世界があると知りました」
夜宵はうっすらとほほ笑みを浮かべていて、その表情をわたしは好ましく思った。
「しかし、あの丘にベレトが現れたときに、わたしの全身が悪魔を祓うための動きをしていました。その瞬間――あぁ、私はやっぱり祓魔師なんだなって理解できたのです」
夜宵の持つ聖……なんだっけ? 短剣が月明かりを受けて銀白色にきらめいた。
「それから、父と話しました」
わたしは夜宵の顔を見る。
夜宵の表情から何を考えているかまではわからなかったけど、どこか憑きものが落ちたような顔をしていた。
「私はどこまでいっても祓魔師だと気づいたときに、なぜかそれを父に話したいと思ったのです。私はやはり祓魔師であり、その道を自ら選ぶことにしたと、父に伝えたいと思いました」
「お父さんは……よろこんでた?」
「いえ、大喧嘩になりました」
「えーっ!?」
わたしは数日ぶりに大きな声を出した。
「私の父は、私を祓魔師にするために生み、育てた人ですから、考えかたも普通じゃありません。ただし、そんなこと分かりきっていたことでした」
夜宵の顔は少しの諦めと慈悲とがない混ぜになった複雑な表情をしていた。
「私の思いを伝えたところで、父には響かないことなど想定の範囲内でした。父は私を叱り、すぐにベレトとグラシャ=ラボラスを祓うように命令しました。ほんとに、それに関しては予想できてたことだったんです」
「しかし、去り際に……父に言われたのです」
「『そのけばけばしい服を捨てろ』と。それで、思わず激昂してしまったのです」
「えーっ!? そんなのいいのに! お父さん、クラブの偉い人なんでしょ?」
「そうですが、私は嘘をつくのがあまり得意ではないので。父の言ってることが間違ってると思った瞬間、つい反論していました。それで、はじめて父と大喧嘩しましたね」
わたしはことの大きさにどうしても責任を感じてしまった。
「でも、夜宵は祓魔師として生きていくんでしょ? お父さんと喧嘩したらまずいんじゃない?」
「そうですね。私は友愛クラブを飛び出してしまいました」
わたしは絶句して、すっきりした顔をしている夜宵を見た。
「でも、遅かれ早かれ、こうなっていたような気もしてます。父と私の関係は、師匠と弟子といったもので、まともな親子関係ではありませんでした」
「でも、それって……わたしが夜宵に変なこと吹き込まなければ、うまくいってたんじゃない?」
「ウィルバーはそれを『悪魔に唆されてるだけだ』と表現しましたね」
「う」
わたしは釘を刺された思いだった。
「たしかに、冬子さんと出会ってなければ、私は父の命令通りにベレトとグラシャ=ラボラスを祓いに行き、友愛クラブの首席として活動をつづけていたかもしれません」
「けれど、そうはならなかった。ありえたかもしれない世界の話をしてもしかたがないのです。私は父に反発し、友愛クラブを飛び出した。この世界では、この結果だけがすべてです」
夜宵は晴れやかな笑顔を浮かべて、きっぱりと言い切った。
「でも……そんなのダメだよ。夜宵は、わたしと違って、ちゃんとした場所でちゃんと評価されてるんだから、そこにいたほうがいいんじゃない?」
「あなたに言われるとは思いませんでしたが。私は魔を祓うために生きる人間で、場所が問題なんじゃないんです。しばらくはフリーでやらせてもらおうと思ってます。父のところには、もういられませんから」
「……それ、わたしのせい?」
「……ある意味では。ふふっ、冗談ですよ。たしかにもっと違う服を着てみたいとか、映画のつづきが観てみたいだとか、色んな場所で色んな景色を見てみたいだとか……そういう気持ちもありますが。すべては、わたしが決めたことです」
わたしは夜宵が口元に笑みを浮かべていることが、なによりもうれしかった。
はじめて会ったころの仏頂面も、あれはあれでかわいかったけど。
「わかった。それで夜宵は、約束守りに来たんでしょ? フリーで生きてくなら、その最初の成果がわたしってことね」
わたしは夜宵に向けて、両手を差し出した。
「他の誰でもない、夜宵にならいいよ」
夜宵は右手に握った短剣の裏表を確認する。
夜宵が私のほうに一歩一歩近づいてくる。
ウナギはもう諦めているのか、事態を静観している。
「冬子さんは、私に殺されるのを受け入れんるんですか……?」
「認めたくはないけど……他の誰かに殺されるくらいなら、夜宵に殺されるほうがいいかな?」
「それは、なぜですか……? 私には、よく理解できない考え方です」
「そのくらい夜宵が特別だってことだよ。他の誰でもない……夜宵だからいいかなって思えるんだよ」
夜宵は地面に座り込むわたしの前で立ち止まる。
わたしを見下ろす顔はいつもの無表情で、その瞳はわたしの血のように黒かった。
「もう一度聞きます」
「冬子さんは、私に殺されることをよしとするのですか?」
夜宵は、冷たい目で私を見下ろして、短剣を握る手首をぐるりと回した。
無表情だからなんとなくだけど……怒ってる?
「そりゃこんなところで終わるのは不本意だけど……いまのわたしじゃ夜宵に勝てる気しないし……もういろいろどうでもいいかなって」
わたしは、諦めていた。
世界のすべてを手に入れるなんて、わたしには大それた望みだったのだ。
「だから、わたしを殺して――」
「っざけるな!!!」
夜宵は私の言葉を遮って大声で叫び、わたしの顔の横の壁を右足で蹴りつけた。
わたしの目線からはスカートの奥が見えそうでどぎまぎしてしまう。
「私を倒しておいて! この世界の楽しみを教えておいて! 自分は死んでもいいとは、どういう了見ですかっ!?」
夜宵の大きな目が細められ、眼光の鋭さが増していた。
わたしは床に視線を落とし、夜宵から目を逸らす。
「ほら、土台むりだったんだよ。わたし、学校も行ってないし、欲しいものは盗むし、頭よくないし、特別な能力もないし。まぁ、だから悪魔と契約したんだけどさ。この世界のすべてを手に入れるなんて、はじめからむりだったんだよ」
その思いは、ずっとわたしにあったもので。
だからこそ悪魔と契約したけど、わたしは何も変われなかったらしい。
「そうやって、諦めるんですか? 命の半分を捧げたのに? 友愛クラブの第一位を自分の力で破ったのに? 人に生きるよろこびを教えておいて? 冬子さんは、ここで生きるのをやめてしまうんですか?」
わたしななぜか14歳の女の子に説教されていた。
けど、それがいやな気持ちにならなかったのは、夜宵は自分がほんとうに正しいと思ったことしか口にしないからだ。
彼女の言葉には嘘がない。
「私が欲しいと言った、あなたの言葉はうそだったんですか? 大口を叩いて、すべての悪魔を倒したあとに、私に残るものを教えてくれたのに? 悪魔に魂の半分を譲り渡してから、あなたは何を手に入れたんですか?」
夜宵は私に覆いかぶさるように語りかけ、その目元は陰になって、表情は読み取れなかった。
「わたしが……わたしがほんとうに欲しかったのは、夜宵だけだから。それが手に入らないのなら……もう生きる意味なんてないから」
夜宵が壁から右足を離し、勢いよく床を踏みつけた。
飛び散った黒い血の飛沫がわたしの脚にかかる。
「だったら……立てっ!!」
わたしは弾かれるように上を向き、目元が月明かりに照らされた夜宵と目線があう。
「わたしは……生まれてからいままで父にひとつの生きかたしか教えられませんでした。それはある意味では不幸なことであり、ある意味では恵まれたことだったのでしょう。なので、自分の狭い経験からしか、あなたに伝えられる言葉はありません。しかし、私は、ただの一度でさえも……待っているだけで、欲するものを手に入れたことなどありません」
夜宵の言葉は、どうしようもなくわたしの弱い部分を突いていた。
「悪魔を祓うために体を鍛え、父からは戦闘技術を叩き込まれました。父は剣を使わなかったので、剣術はその道の祓魔師から学び、悪魔学はエクソシスト教会から家庭教師を呼んで学びました。悪魔が出現したという情報があれば、現場に向かいそれを祓う。休んだ記憶はほとんどありません。しかし、私はそれを当然のものとして生きてきたから可能だったのでしょうし、私が鍛えられた環境は恵まれたものだったにもしれません。それでも」
「私は成しえたいと望んだことを、ただ待つだけで手に入れられると思ったことは、一度もありませんでした」
夜宵の黒い瞳の輝きはあまりにもまぶしくて、直視することも、目を離すこともできなかった。
「でも……それは、夜宵だからできたんだよ……。ふつうの人は、夢を諦めたり、現実を知って目標を変えたりとか、そんなの当たり前――」
わたしが言い切るより先に、夜宵は短剣の刃を喉に当てた。
「逃げるな」
夜宵の目はかぎりなく冷たく、その怒りが途方もないことに気づく。
「誰がふつうの人の話をしろと言った? 私はおまえに聞いてるんだ。どうしてここで諦めるんだ? というか――」
首に当てられた短剣に力が込められる。
「ここまで私に言わせないと、分からないのか?」
わたしは夜宵の顔に目をこらす。
夜宵の目は細められ、怒りに眉根も寄せられていたけど、その瞳は揺らいでいて、どこか悲しげだった。
「それって……」
わたしはかすかに見えた希望にすがりつきそうになるけど、自らの手でそれを振り払う。
わたしが、傷つかないために。
「でも、夜宵は祓魔師なんでしょ?」
「ええ」
夜宵の返答には一切の迷いがなかった。
「私は祓魔師なので、すべての悪魔を祓います」
「ただし」
夜宵は言葉を区切って、私の目をしっかりと見た。
「すべての悪魔に、殺す順番をつけます」
「……?」
「私は祓魔師なので、すべての悪魔を祓います。が……どの順番でどの悪魔を祓うか、決める権利はあります」
「友愛クラブに所属していては、そんなこと許されませんでしたが、もう私はクラブの人間ではありません。そこで、私が感知するすべての悪魔に祓魔の順序を定めました」
「グラシャ=ラボラスはその最後です」
夜宵は真面目な表情を崩さず、そんな言葉を口にした。
「それって――」
夜宵は無言で短剣をわたしの喉に食い込ませてくる。
けど、もうそんなことじゃわたしを止められなかった。
「理由を聞いてもいい?」
「――っ」
夜宵の無表情が揺らいだのがわかる。
その瞳がかすかに潤み、ほほが赤らんでいるのも。
「理由を、聞きますか……」
夜宵はわたしの野暮を咎めるような口調で言うが、その気持ちはわたしにもわかった。
「それは……冬子さんが……と」
わたしには夜宵の葛藤が理解できてしまった。
彼女は、嘘をつけない。
「と……友だち……かも、しれないからです」
わたしにはもう、喉元に突きつけられた短剣さえ愛しかった。
「ですから! グラシャ=ラボラスは、いちばん最後に祓うと決めたんです」
夜宵は不機嫌そうな表情でむくれていた。
わたしはそれがうれしくて、でも、だからこそ受け入れることができなかった。
「ダメだよ」
「……どうしてですか?」
夜宵の冷ややかな視線を受けて、わたしは胸が締めつけられる。
「その道を選ぶってことは、祓魔師も悪魔も敵に回すってことだよ。祓魔師であることを選んだのに、仲間も敵になるってことだよ。わたしは夜宵につらい道を歩ませるわけにはいかないよ」
夜宵は黙ったまま、私の喉に食い込ませる短剣をすこし引いた。
「冬子さんは、私が祓魔師として生きることを選んだことの意味を、誤解しています」
「私は、祓魔師です。私にとってそれは純粋なもので、私が望んだように悪魔を祓うことを意味します。誰に何の悪魔を祓えと指図されず、私が祓おうと思った悪魔を祓えることを意味します」
「その在り方が友愛クラブや、無論悪魔にとって不利益であり、刃を交えることになるというのなら……それは、私が選び取った結果なのです」
「ですから」
夜宵は口元に微笑を浮かべてわたしに語りかける。
「冬子さんが気に病むのは、私を低く見積もっています。おたがいの選び取った道が、たまたま同じ方向を向いていただけです」
「だから」
夜宵は今度こそ短剣を握る腕に力を込める。
「冬子さんも、ここで決めてください」
「いま私に殺されるか、祓魔師も悪魔も敵に回してこの世界で生きるか」
「ふたつにひとつです」
正直に言えば、わたしは。
裂けそうな笑みを浮かべてわたしの首に短剣を突きつける彼女に、すっかり参ってしまった。
「はい! 生きます!」
「よし!」
夜宵は短剣を振って、目にも止まらぬ速さで仕舞う。
私はあれだけ力の入らなかった体が嘘のように、すっくと立ち上がった。
「《神託》、おめぇも、いよいよ正気じゃねぇぜ」
「グラシャ=ラボラス、あなたも命びろいしましたね」
「こんな命のひろい方、想像したことすらなかったけどな」
夜宵が部屋の出口に向かう。
わたしも揺れるおさげ髪につられて部屋をあとにする。
長すぎるマントを床に引きずるように、黒い血がわたしの体に戻ってくる。
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