第24話 Dark Water

「うぅおごぇっ……! うぼぉっ! うぶあぁぁぁっ……!」

 わたしは郊外の廃マンションの床の上に、まっ黒な血を吐き散らしていた。

「ウナギ……おえぇぇえっ! わだじを……ごろじで……うぶぅっ」

 わたしは床に手をついたまま一睡もできずにいた。

「そりゃ苦しいだろ……心臓がまともに動いてねぇんだ」

 わたしの胸の中心は焼けるような痛み、不規則な動きをくり返していた。

 ベレトの聖槍は貫いた対象に『重さ』を残す。

 祝福された武器の痛みにくわえて、槍の〝重さ〟で心臓の動きがおかしくなってる。

 全身に不規則に血液が送られる感覚のおぞましさは、人が耐えられるようなものじゃなかった。

 おかげで割れた窓から朝の光が差し込んでも、わたしは床からまともに立ち上がることさえできずにいた。

「祓魔師は再生する悪魔をそうやって祓うんだよ。体の機能を奪って、戦闘不能にし、動けなくなったところを儀式で祓う。冬子もあのまま戦ってたら死んでたぜ」

「わだじは……おぼぼぼぶっ! じ、じにだがったのに……おげえぇぇぇっ!」

 わたしは自分の吐き出した黒い血だまりに拳を打ちつけた。

 飛び散った血の飛沫がわたしの顔にかかるけど、気にもならない。

「そりゃ悪かったな。ありゃ、死ぬには絶好の機会だったぜ」

「ウナギのっ……おっ、おぶぐぼえぇぇっ……はぁっ、はっ……いじわおえぇぇぇっ……!」

「冬子が死んだら、オレも死んじまうからな。オレたちは、同じ船に乗った旅人なんだよ」

「ぞんなのじらないっ……うっ、うっ、おろろろろろろっ……えぐっ、もういぎででもしょうがないの……えぶっ」

 わたしは反射的に口元をぬぐうけど、この動作に何の意味もない。

 吐血は止まる気配を見せない。

「最初に会ったときの『この世界のすべてを手に入れる』って息巻いてた女はどこにいった?」

「じらないっ……ううぅ……わだじにはっ……おぶぅっ……もうほじいものなんでないがらぁっ……おろえぇええぇぇぇっ!」

「おいおいまじかよ。このままヤヨイがくたばるまで隠遁してくれんなら、願ったり叶ったりだが」

「ぞの名前をだずなあぁぁぁ……おっ、おぶぅっ、うぶっ……おげえぇぇええぇぇぇえぇっ!」

 燃えるように痛む心臓が不規則に跳ね、わたしの視界はぐるぐると回る。

「冬子、まじであいつのこと気に入ってたんだな。おい、泣くなよ」

「ないでないっ……! うっ、ううぅ、おっ、おおおぉぉぉぉぉぉぉんっ……!」

 今度は吐かなかったが、床についた両手に顔をうずめた。

「まぁはじめからおまえとあいつじゃ、縁がなかったんだって。諦めて他のヤツを探せよ」

「ぞんなごどないっ……! わだじはごの世界のずべでを手に入れるっでぎめだのにぃ……おっ、おげえぇぇえぇえええぇっ……!」

「たしかにオレは冬子に力をあたえたが……人の心ばっかは、力でどうにかなるもんじゃねぇ。残念なことによ」

「うっ、うぐっ……ウナギの嘘つぎっ……うぶっ……あぐまぁっ……おうぅっ……かばやきぃ……おぉう……」

「まぁヒトなんて何十億っていやがんだろ? すぐに次のヤツが見つかるぜ」

「おっおえぇえええぇぇぇっ……! ぞっ、ぞんなごどないっ……わだじがっ……はじめでほんどにほじいと思ったのに……うっ」

 はじめて夜宵を見た瞬間、これが運命だと、そう思ったのに。

「大丈夫だ。冬子はこの世界のすべてを手にする女だよ」

 ウナギが思ってもないことを口にする。

「むりだよおぉおぉぉぉおおおえぇぇえぇぇぇぇっ……! わだじはぁっ……学校も行っでないじっ……バガだじっ……もの盗んで生ぎでるじっ……日本の人口減っでるじぃっ……!」

「酔っぱらいみてぇだな。それでも、もう寿命の半分を投げ打ったんだ。手に入れる他にないんだよ」

「むりいぃぃぃっ……! えぅっ……おっ、おぼええぇぇぇえぇえええぇっ……! ごのまま引ぎごもっでじぬうぅぅぅっ……!」

「そうやってるとほんとに年相応の女の子みてぇだな。夜宵を倒したとは思えねぇよ」

「だがらぞの名前を出ずなあぁぁぁああぁぁあぁっ……! おっ、おげえぇぇえぇぇぇえぇっ……! うっ、うぐっ……」

 わたしはスマホを取り出して、アルバムを表示する。

 そこには、着飾って路上で立ちつくす夜宵や、口元にクリームをつけながらクレープをほおばる夜宵がいた。

「うっ……うぇっ……夜宵っ……おっ……おぉげえええぇぇぇぇぇっ……!」

「その吐血、あと2、3日は止まらねぇから覚悟しろよ」

「うぅぅうぅぅぅっ……! じんでやるうぅぅうっおえろろろろろろぉっ……! うぐぅっ……ほんどにっ……じぬがもっ……」

 わたしは廃マンションの床をまっ黒に染めながら、血だまりに突っ伏した。

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