第16話 10回裏
「――っ、――! ―――、――――っ!」
誰かが暴れているような気がする。
けれど、いまのわたしには、あたたかな布団に包まれて横たわるよりも大事なことを思いつけなかった。
「――い! ――子、―――っ!」
ほんとうに?
何か大事なことを忘れているような……。
「終冬子……! 貴様だけは許さないっ!」
夜宵の声が聞こえてきて、わたしはベッドから跳ね起きた。
「おい! 冬子、こいつ何とかしてくれ!」
目を覚ますと、下着姿の夜宵がウナギにぐるぐる巻きにされて宙吊りにされていた。
「……何やってんの?」
「遊んでるわけじゃねぇよ! 夜宵が暴れてっから何とかしろ!」
「殺せっ! 終冬子! なぜ私を生かしているっ!?」
夜宵がすごい剣幕でまくし立てる。
「ちょ、ちょっと落ちついてよ。生きてるだけいいでしょ?」
「――っ」
夜宵の中での超えてはいけない一線を、いま超えてしまったことが、わたしにはわかった。
「私は、悪魔を殺すために生まれたんだ。ただそれだけのために人生を捧げて、今日まで生きてきた。悪魔に負けたときは、死ぬときだと思っていた」
「……それなのになぜ、私を生かしている? 私を拷問にかけて情報を吐かせる気か? それとも、私が取るに足らない存在だったからか? 殺すにも値しないと……そういうことか?」
「返答しだいでは、私が死ぬか、貴様が死ぬかだ」
夜宵がただでさえ大きな目で刺すような視線を向けてくると、小さな体なのにすごい迫力だ。
「ふふっ」
わたしがほほ笑むと夜宵はさらに目を細めた。
「わたしは、夜宵と友だちになりたいの」
夜宵は言葉を発さず、わたしの言葉の意味を考えてるみたいだった。
「……どういうこと?」
考えてもわからなかったみたいだ。
「諦めろ。こいつはどうかしてんだ」
ウナギが茶化してくる。
「わたしは、この世界のすべてを手に入れるために悪魔と契約したの。わたしは頭もよくないし、力が強いわけでもなかった。けど、欲しいものはあったから、悪魔の力を借りたの」
「はじめて夜宵を見たときに思ったの。わたしは、夜宵が欲しいって。こんなにかわいくて、かっこいい女の子、他に見たことなかったから。あなたと友だちになりたいって思った」
「だけど、夜宵は話を聞いてくれそうになかったから、闘ったの。闘って勝ったら、夜宵がわたしの話聞いてくれるかなって。だから、がんばって頭も使って、とびっきりの歓迎会を開いたの」
「ねぇ、夜宵。わたしと友だちになろ?」
わたしは下着のまま宙ぶらりんになっている夜宵に両手をさし出す。
夜宵は表情をなくし、全身から力を抜いた。
「理解できないわ……」
「安心しろ。オレもだ」
ウナギが夜宵の味方をする。
「えー! ダメ?」
わたしは首をかしげて夜宵に問いかける。
「ダメとかダメじゃないじゃなくて、なぜ祓魔師と悪魔が友だちになるのですか?」
夜宵は子どもと話すときのように諭してくる。
ウナギが横でうんうんとうなずいていた。
どっちの味方なんだ。
「そんなの関係ないよ。友だちになりたいと思ったから、友だちになるんだよ」
「祓魔師は悪魔を滅ぼすことを使命としています。悪魔の目的は様々ですが、祓魔師と手を結ぶことなど、聞いたことがありません」
ウナギに吊られて両足を浮かしている体勢に、夜宵は慣れたようだった。
「だったら、わたしたちが世界ではじめての友だちになれるね。いままでなかったことが、今日起こってもおかしくないよ」
わたしは夜宵に笑顔を向ける。
「それは……そうかもしれませんが……」
夜宵がめずらしく言い淀んだ。
「しかし、私はそれを受け入れることはできません。私は悪魔を滅ぼすために生まれ、育てられた人間です。あなたの提案は、私の存在理由にとって危険です」
「……存在理由」
そんなこと考えたことがなかった。
「うーん……夜宵は友だち何人くらいいる?」
「ひとりもいません」
「えぇっ!?」
わたしもいまは学校に行ってないから、あんまり会ってないけど、友だちはいた。
「ひとりも? いままでずっと?」
「はい。私は祓魔師の両親のもとに生まれ、悪魔を祓う訓練だけをして生きてきました。仲間はいても、友だちはいたことがありません」
だんだんわかってきた。
わたしと夜宵は、いままで生きてきた環境がぜんぜん違うんだ。
わたしの言葉が届かないのも当然だ。
「じゃあ、遊びに行こうよ」
「はい……?」
「あ、いまYESって言った?」
「Pardon? って言いました」
夜宵の表情は変わらない。
「夜宵はふだん何して遊ぶの?」
「遊びません」
これが14歳にして友愛クラブの序列の最上位にまでのぼり詰めた少女の貫禄か。
「遊んだこともないの?」
「はい。そんな時間があれば、剣を握り、魔を祓います」
「すごい……」
「すごくはありません。そうとしか生きられなかっただけです」
こんな生き方をしてきた人間がいるとは、想像もしてなかった。
わたしはまだ、世界のほんの一部しか知らないらしい。
「理解できましたか? 私とあなたが友だちになるなんて、世界の終わりが来てもありえません。納得していただけたのなら――」
「私を逃がすか、私に殺されるか、私を殺すか――腹を決めてください」
夜宵の目は座っていて、とっくに覚悟を決めてるのがわかった。
わかったけど。
認めるわけにはいかない。
「夜宵の言いたいことはわかったよ」
「ありがとうございます。でしたら、はやく私の処遇を決めてもらえますか?」
「やだ」
「……はい?」
「それは夜宵の意見だもん。わたしは、わたしのわがままを通させてもらうよ」
夜宵は呆れ顔でわたしを見る。
「夜宵が友だちになってくれるまで、夜宵のこと帰さないから」
「……え?」
「夜宵がわたしと友だちになってくれるまで、夜宵はわたしとここで暮らすの」
「……何を言ってるんですか?」
「きーめた! 夜宵が夜宵のわがままを通すなら、わたしもわたしのわがままを通すよ」
「夜宵が友だちになってくれるまで、わたしは夜宵を離さない」
そうやって、わたしたちの我慢くらべがはじまった。
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