第15話 ビジネスホテルAK96

「ふんふふふ〜んふ〜んふ〜ん♪」

 わたしはビジネスホテルのお風呂で、汗と血を流していた。

 夜宵に切られた右腕の傷はまだふさがらず、黒い血がじわじわと漏れていたから、包帯を巻く必要があるみたいだ。

「ひさしぶりにちゃんとした宿に泊まれるから、テンション上がっちゃうね」

「あいつがいなけりゃな」

 わたしはそうぼやくウナギの体も泡で洗ってやる。

 いまはもう胸のウナギ一本に戻っていた。

「でもよ、これからどうするつもりなんだ?」

 わたしはシャワーで体中の泡を洗い流していく。

「そっちのが、夜宵に勝つよりよっぽど難しそう」

「悪魔が聞いたら卒倒しそうなセリフだな」

 シャワーの元栓を閉めて、バスタオルで体をふく。

「まぁー、なんとかなるっしょ!」

「ポジティブなのはいいが、オレはムリだと思うぜ」

 わたしは髪にタオルを巻いてお風呂場を出る。

 部屋の中央に置かれた大きなベッドには夜宵が横になっていた。

 服と体が悪魔の血で汚れていたから、バスタオルを敷いてその上に寝かせてある。

「包帯、包帯っと」

 鞄からドラッグストアで買ったガーゼと包帯を取り出し、右腕に巻きつけていく。

 ウナギの頭の上半分もまだ再生していなかった。

 わたしは横たわる夜宵を横目で見る。

「体、ふいてもいいかな……?」

「オレに聞くなよ。いいもわるいも、冬子が決めるんだ」

「うーん……わたし考えるの苦手なんだよなぁ」

 2、3秒ほど頭を使ってから、諦める。

「まぁ女の子どうしだから大丈夫っしょ」

 夜宵のセーラー服とスカートを脱がせて収納かごに入れる。

 女の子どうしなのになぜか背徳感を感じてどぎまぎしてしまう。

 夜宵の下着は案の定、無地の白い下着で飾りっ気がまったくなかった。

「らしいなぁ……」

 わたしは自分の子どもを見るような目で夜宵を見てしまう。

 わたしは夜宵のブラのホックを外して、ショーツも脚から下ろしていった。

 これはさすがに同性とはいえ罪悪感を抑えられなかった。

 夜宵の裸体は白く、ほとんど脂肪のない引き締まった体は美しかった。

 わたしはタオルをお湯で浸し、よく絞った。

 まず泥と血のついた顔をまっ白なタオルで拭っていく。

 閉じられたまぶたを飾るまつ毛は長く、顔のつくりもとても小さくて、両手で収まってしまう。

「ここはぴかぴかに磨いとこ」

 わたしはたぶん夜宵のトレードマークであろうおでこをきれいにぬぐっていく。

 首もともタオルで擦り、デコルテのあたりもぴかぴかにする。

 それにしても――

「きれいなからだ」

 胸はほとんどなかったけど、引き締まった筋肉の上に透き通るような肌が張りついていて、彫刻みたいだった。

 美術品に触れるように、丁寧に体をふきあげていく。

 薄く浮いたあばらも、控えめなおへそも、腹筋の見えるお腹も、すべてが愛おしかった。

「ウナギ、見ちゃダメだからね」

「小娘には興味ねぇよ」

 わたしの胸から生えるウナギは、ホテルのテレビに頭を向けていた。

 わたしは夜宵の腕を持ち上げて、脇の下からタオルをすべらせる。

 たしかに鍛えられてはいたけど、年相応に腕は細く、悪魔の力を得たわたしなら簡単に折れそうだった。

「手、ちっちゃ」

 夜宵は同年齢の女の子と比較しても、体格に恵まれている方ではなかった。

 あの鬼気迫った強さで勘違いしてしまうが、夜宵は14歳の少女なのだ。

 祓魔師として生まれ、悪魔を殺すためだけに育てられ、14年の月日を過ごすのは、どんな気持ちなんだろう。

 わたしは脚のつけ根からふとももを通り、ふくらはぎをふき、足の裏まで念入りに清める。

「でもよ、マジにそいつ説得できんのか?」

「やるしかないよ。わたし、決めたから」

 わたしが欲しいものは、すべて手に入れる。

 そのために悪魔に命の半分を捧げたのだ。

「夜宵のためなら、わたしは世界を滅ぼせるよ」

「ほんものの悪魔じゃねぇか」

 わたしは夜宵の全身をくまなくふきあげて、服を洗濯機で洗った。

 最近は設備の充実してるホテルもあるらしい。

 わたしは夜宵と同じベッドに入って、電気を消した。

「おやすみ、夜宵」

 まっ暗になった部屋で、わたしは目を閉じた。

 あたたかい布団に包まれる充足感に、すぐに深い眠りに落ちた。

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