第12話 運命の人

「手に入れるっつったって、相手は友愛クラブの第一位だぞ。どうするつもりだ?」

「まずは喧嘩に勝たないと、言うこと聞いてくれなさそうだよね」

「負けりゃ死ぬ喧嘩だがな」

 わたしは公園の散歩道を歩いていた。

「そういえば、ウナギはどうやって負けたの?」

「………時間をかけて削り取られたな」

 ウナギは苦々しく口を開いた。

「悪魔を物理的なダメージで殺すことは不可能に近い。悪魔の血があるかぎり、失ったとこを再生できるからだ。だから祓魔師は『痛み』を用いる」

 わたしの胸の奥がずきりと痛んだ。

「聖水や祝福によって清められた武器の一撃は、悪魔に 『痛み』を残す。これは肉体が再生できても、簡単には癒えない」

「悪魔はこの『痛み』で殺られちまう。動きが鈍り、判断力が落ち、また一撃をもらう。そのくり返しで行動不能となった悪魔は、儀式によって祓われる」

「だが、夜宵は違う。聖カタリナの短剣は、再生そのものを遅らせる。あいつに切り落とされた腕はしばらく生えないし、あいつに削ぎ落とされた肉もなかなか戻らない」

「善戦したが、長い時間をかけて削り取られた。もちろんオレも何撃も入れてやった。だが、そのすべてが致命傷にはならずに、オレはじわじわと体を失っていった」

「あいつはバケモンだ。その技のキレも、鍛えあげられた肉体が生むスピードも規格外だが、ほんとに常軌を逸してるのは精神力だ」

「オレの一撃を致命傷になる前にいなし、オレの身をわずかに削り、また一撃をかわし、オレの肉に切れ目を入れる。その死闘をオレが戦闘不能になるまで執拗にくり返す、あの精神力が鬼だ」

「お手上げだ。しばらくして勝ち目がないと悟ったオレは、全霊の一撃を叩き込んで、その隙に首だけ本体から切り離した」

「逃げの一手だ。あとは残った力のすべてを逃走に使った。そして冬子に出会ったんだ。消滅寸前だったオレは、冬子と契約した」

「悪魔に義理はない。約束は平気で破る。だが、情はある。オレを助けた冬子のためなら、その願いを叶えてやりたいと思うが――」

「あいつだけはダメだ。雨森夜宵はヤバすぎる。悪魔の寿命は長い。だが、人間の命は有限だ。オレとしては夜宵が天寿を全うするまで、穴蔵にこもっておきてぇってのが本音だ」

 ウナギがそこまでまくし立ててから、言葉を切る。

「だが、冬子の命も短い。それにおめぇは、オレが言ったからって、止まるようなヤツじゃねぇだろ」

「うん」

 わたしは自然と上がる口角もそのままにうなずいた。

「だいたいわかった。今度は肉を切らせて骨を断つ作戦は、おすすめしないってことね」

「あぁ、骨を断つ前に、肉を削ぎ切られたら終わりだ」

「でも、夜宵も人間でしょ? 銃で撃たれたら死ぬよね?」

「当然だ。だがあいつは人間としてどうかしてる。銃を用意しただけで勝てる相手とは思えねぇな」

「でも何百メートル先から頭を狙い撃ちしたら殺せるんでしょ?」

「理論的にはな。オレにはいまいち、あいつがくたばる様子が思い浮かばねぇが」

 わたしはない頭をフル回転させて、逆転の一手を考える。

 考えるのは苦手だったけど、夜宵のことならいくらでも考えられそうだった。

「あの子、まだ追ってくると思う?」

「このまま場所を大きく変えたら逃げ切ることもできるかもしれねぇが……」

「ここにいたら、いつか捕まるってことね。じゃあおびき出そう」

「決戦だな。死んでも文句言うなよ」

「死なないよ。この世界のすべてを手に入れるまではね」

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