第10話 あてどない旅

 わたしは渋谷の街を意味もなくぶらついた。

 派手な格好の若者や、スーツのおじさん、学生服のカップルとか、色んな人が街を歩き回っていた。

 わたしは好きなブランドの服を眺めてビルを巡り、無数のきらきらしたアクセサリーやかわいい服を見たが、何か違う。

 いつものようにピンとくるものが見当たらなかった。

「今日は盗まないのか?」

「んー……なんだろ? みんなかわいいんだけど、何か違うっていうか……」

 店頭の装飾品や服は、ウナギに命じれば簡単に盗めそうなものばかりだったが。

 なぜか、そんな気にならない。

「ウナギ、わたし何が欲しかったんだっけ?」

「オレに聞かれてもなぁ。冬子あんなに欲しいもの言ってたじゃねぇか」

「そうなんだけどさ……」

 わたしは胸のなかにもやもやが渦巻いているようで不快だった。

 けど、ほんとうにいやだったのは、何が不快なのかわからなかったことだ。

 わたしは、何が不満なんだろう?

「んー………」

「冬子」

「んぁ?」

 ウナギが真剣な声でわたしの名前を呼ぶ。

「尾行されてる」

「まじ?」

 ウナギはわたしのパーカーの肩口に隠れながら後ろを見ていた。

「そのまま歩け」

「あいあい」

 わたしは左右の商品を適度に眺めながら、歩調を変えずにショッピングモールの通路を歩いていく。

「次の曲がり角を曲がったら、一気に走り抜けろ」

「よしきた」

 わたしは何気ない仕草で、右足を軸に右を向いて。

 全力疾走で人混みを駆け抜けた。

「その先の非常口から外階段に出る」

「ほいほい」

 こうして体を使ってると、余計なことを考えないですむ。

 いまのわたしにはぴったりだ。

「出るよ」

 非常口の扉も蹴り開けて、非常階段の踊り場に飛び出る。

「飛べ」

「は?」

 意味も分からずに、非常階段の手すりを両脚で踏み切り、渋谷の空に身を投げた。

 ここはビルの5階だ。

 足の下に人が行き来し、自由な時間を楽しんでいた。

「両脚に悪魔の血を集めた。向かいのビルの隙間に収まるはずだから、両脚で踏ん張れ」

「めちゃくちゃ言うなぁ」

 目の前に迫ってくるビルとビルのあいだにすっぽり体を収め、両脇のビルの壁面を足で蹴りつけ、摩擦力で勢いを殺した。

「わたし、どんどん人間離れしてくな」

「契約したときからただの人間じゃねぇ」

 ごもっともだ。

「口開く暇があったら走れ!」

 壁面から路地に降り、路地裏を全速力で走り抜ける。

「なんかウナギ必死じゃん?」

「夜宵だ」

「え?」

「夜宵が来る」

 わたしはその名前を思い返したけど、脳のリストにかすりもしなかった。

「誰だっけ?」

「あの背格好の祓魔師では、要注意人物の筆頭だ。大事なことだからもう一回言うぞ。友愛クラブ最強の祓魔師で、オレを祓いかけたバケモンが冬子を狙ってんだよ」

「やばすぎ」

「マジ、やばすぎだ」

 ウナギの顔色(?)にはふざけてる様子はなく、ことの深刻さが伝わった。

「どいてどいて!」

 狭い路地裏に立つ人を突き飛ばしながら猛然と疾走する。

 全力で体を動かしていると、心のもやもやが薄れていくようだった。

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