第4話 今夜の寝ぐら
「ふんふふ~ん♪」
都心をあてもなく、意味もなくさ迷い歩き、日も沈んだあとのこと。
電車を乗り継ぎ、都心から遠く離れた都会の田舎みたいな市で、電車を降りた。
駅前から十数分くらい歩いてたどり着いたのは、一棟の廃墟。
昔は飛行機のエンジンをつくる軍需工場の変電所として使われてたらしい。
敷地に不法侵入して、あらかじめ壊してあった窓を開けて廃墟にお邪魔する。
古びたコンクリートをスニーカーで鳴らしながら、目的の部屋までたどり着く。
部屋の床にはくたびれた布団が敷かれ、ファッション誌が散乱してる。
「冬子……こんなとこで暮らしてんのか?」
「いつもじゃないけどね」
わたしは万引きしたアロマキャンドルに火をつける。
「冬は寒いし、誰が来るかわかんないし、不法侵入だし、でも家に帰りたくないし、けどお金もないから、ときどき泊まってるの」
すきま風がキャンドルの火を揺らし、ウナギの長い影が震える。
「でも、今日は安心して眠れるね」
わたしは靴を脱いで布団に潜り込む。
「初夏だし、ウナギがいるし、こんな幸せなことってあるのかな」
「悪魔は寝ないからな」
わたしは頭から布団をかぶって目を閉じる。
「まじ? じゃあ夢も見ない?」
「あぁ……悪魔は夢も見ない」
「そうかぁ……じゃあわたしといっしょだね」
わたしの胸から生えたウナギは、掛布団のすきまから外を監視してくれてるみたいだ。
「わたしも、もうずーっと……夢を見てないんだ」
「………」
「ねぇ、ウナギ。明日はいい日になると思う?」
「オレに未来がわかったとして、それを冬子が『いい』と思うか『わるい』と思うかはわからねぇな」
「そっかぁ……ウナギの言うこと難しくてよくわかんないけど、なんかわかったよ」
「おやすみ、冬子」
眠りかけの頭では、その言葉が焦点を結ぶまで時間がかかった。
「おやすみって……ひさしぶりに聞いたな」
わたしはその言葉で、なんだか今日がいい日だったような気がしてきた。
簡単なもんだ。
「おやすみ、ウナギ」
ウナギはもう、いつものセリフを口にしなくなっていた。
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