第3話 戦利品の吟味
わたしは広大な
「あは! ははは、楽しかったー」
ベンチから見える公園の広いグラウンドには、すべり台や鉄棒、砂場などの遊具がならんでいる。
わたしは鞄の取っ手を両手で持って、上下にぶんぶん振る。
「そりゃよかったな」
誰もいなくなったからか、ウナギは私のパーカーの襟から顔を出している。
「ウナギ、頭いいね! わたしバカだから、殺さなくていいとか思いつかなかったよ」
「………」
わたしがウナギと呼んだこと、殺さずに鞄を取ることを思いつかなかったこと、ウナギがどっちを考えてるかはわからなかった。
「ふんふふ~ん♪」
わたしは鞄の中身をベンチに置いていく。
鞄はかわいかったけど、中身の趣味は合わなかった。
リップ、ハンカチ、ハンドクリーム、コスメポーチ、手帳。
わたしは手鏡を手に取って、自分の顔を映す。
ピンク色に染めたボブカットの毛先を指でいじる。
「そろそろ髪も切りたいけど、美容室行くと高いんだよねぇ」
わたしは手鏡をベンチに置く。
財布だけは中身を抜いて、自分の財布に移した。
3万3千652円。
「……財布、ボロボロじゃねぇか」
「うん、昔お母さんに買ってもらったから」
子ども向けアニメのキャラクターがプリントされた、わたしの歳の女の子が持つには子どもっぽすぎる財布。
「なんだよ、お母さんいるのかよ」
「もういないよ。昔の話」
「そうかい。父親は?」
「お父さんはいるけど、大っきらい!」
わたしは包帯を巻いた右足を振り上げて、厚底のスニーカーを地面に打ちつけた。
「そうだ! お父さん殺そ! 決めた!」
「決めない。殺さない」
「えー!」
足をぷらぷらさせてウナギに抗議した。
「そんな勢いで殺してたら祓魔師が飛んで来て、半分になった貴重な命のもおじゃんだ」
「わたしはわたしの生きたいように生きるために、悪魔と契約したのにー! お父さん殺したーいー!」
「……そんなにお父さんのこときらいか?」
「あん! 大っきらい!」
「お母さんが病気のときも料理つくらせてたし、何かあるとすぐ殴るし、いっつも偉そうだし、お母さんが入院したらわたしに当たるし、お母さんの入院費が高すぎるっていっつも文句言うし、お母さんが死んだらお酒ばっかり飲んで、何かあるとすぐローキックするからきらい!」
「だから、殺しちゃお!」
「ダメだな」
「うえー! 悪魔ー! 人の心がないんかー!」
悪魔が同情してくれてお父さんを殺してくれると思ったわたしが甘かった。
やっぱり悪魔だ。
「オレは死なないために契約したんだ。むざむざ死に近づくようなマネできねぇよ」
「でもでもー、わたしも命の半分あげたんだから、お願い聞いてくれてもよくなーい?」
「契約はあくまで力をあたえることだ。おめぇにはもう力がある。それをどう使うかは、自分しだいだぜ?」
「まじ?」
ウナギが目のない顔でわたしを覗き込んでくる。
「いつでも……お父さん殺せる?」
「あぁ……オレは止めるが、いつでも殺せる」
わたしは地面に視線を落としてうつむく。
身を屈めたわたしの胸の奥から、ふつふつと感情が湧きあがってくる。
「あはははははは! お父さん、雑っ魚!」
わたしはお腹を抱えて笑い転げる。
「あはははは! まだ生かしといてやるか! いつでも殺れるしね!」
ウナギは何も言わず、けらけらと笑うわたしを見ていた。
「はー……おかし。あ、そうそう」
わたしは目元を指でぬぐい、ウナギに向きなおる。
「その〝おめぇ〟ってのやめよ。わたしにはちゃんと名前があるんだから」
「終冬子(おわりとうこ)。冬子って呼んでよ」
「………よろしくな、冬子」
悪魔がわたしの名を呼ぶ。
「よろしくね、ウナギ」
悪魔がキレたのがわかった。
「あぁん!? オレはソロモン七十二柱の」
ウナギがまくし立てるのを、わたしは笑いながら見ていた。
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