第38話 相容れない存在 その3
食料を買って戻ると、アーリンは心の底から安心したような顔を見せた。
だが、ウレタロと会ってきた話をすると、その顔は再び曇ってしまう。
「今のところ、あいつは俺たちをどうこうしようって気はないようだ。それどころか、俺に対しては恩義すら感じているようだよ。こちらは罪悪感でいっぱいなのにな」
「言ったじゃないですか、あれは事故みたいなものです。クラウスさんが悪いわけじゃありません」
「だが、あの怪物を作り出したのは間違いなく俺だ。もう奴の復讐は済んでいるというのに、ウレタロは人を傷つけることを止めない。思考が魔物に毒されてしまっているんだ」
アーリンは真っ直ぐ俺を見つめて尋ねてくる。
「クラウスさんはどうする気ですか?」
「奴を倒す。アーリンが何と言おうとも責任の一端は俺にある」
「でしたら私もお手伝いをします」
アーリンならきっとそう言うと思っていた。
「だめだ、アーリンは明日にでも街を出ろ。どこかほかの土地へ行くんだ。俺が奴を倒すまでは戻ってきてはダメだ」
「でも、クラウスさんは命をかけるんですよね? だったら私も」
頭の中にウレタロに蹂躙されるルッキーの姿が甦った。
「アーリン、ウレタロはかつて自分を捨てたチームの女を性奴隷にしている。それはひどい扱いだった。もしも俺が奴に敗れたら、きっと奴は君を狙う。そんなことになったら俺は……」
「そうなれば私も相打ち覚悟で挑みます」
「無理だよ。奴の動きは君の想像を超えている。頼む、アーリン。君がいたら俺は安心して戦えないんだ。俺のために君には安全なところにいてほしいんだ」
「ずるい言い方です……」
アーリンはそのまま黙り込んでしまった。
俺もこれ以上何を話していいかわからなくなって沈黙してしまう。
やがて、アーリンが口を開いた。
「わかりました、明日になったら、ニナとメルトアを連れて街を出ます。ひょっとしたらルークさんや、メルトアの彼氏さんも一緒に」
「そうしてくれ。ルークなら役に立つ……」
「クラウスさん!」
アーリンが俺の胸に飛び込んできた。
「絶対に死なないと約束してください。必ず帰ってくると」
「ああ、約束する」
自信はこれっぽっちもなかったけど、そう言わなければアーリンは納得しなかっただろう。
「それから、今夜は私を抱いてください」
「それは……、それはダメだ」
「なぜですか? 生きて帰ってくるのでしょう? だったら!」
アーリンは俺の考えを見透かしているんだ。
俺は死ぬかもしれない、だったらアーリンと交わることで俺の思い出を植え付けるなんてことはしたくなかった。
だが、アーリンは俺を求めている。
「怖いのですか?」
「ああ、怖いよ。戦いがじゃない、君と会えなくなってしまうことがだ」
項垂れる俺をアーリンが抱きしめてくれた。
「大丈夫です、きっと。だから……」
「……わかった」
その晩はアーリンがいつもよりたくさんのご馳走を作ってくれた。
食欲はなかったのだが、一口食べ始めると嘘のように元気が湧いてくる。
俺たちはあえて戦闘の話題は出さずに、将来のことを話した。
あっという間に夜は更け、もう寝る時間だ。
身づくろいをすませて、俺は寝室に入る。
ベッドにはアーリンがいて、上半身を起き上がらせて俺を待っていた。
無言のまま俺もベッドに上がり、アーリンの横に座る。
しばらく見つめ合っていた俺たちだったが、俺の覚悟が決まり、アーリンの気持ちも高ぶってきたところで、そのまま唇を重ねた。
アーリンのほほに涙が光っている。
「アーリン……」
「続けてください、嬉しいだけですから」
その言葉に迷いは消えた。
俺たちは互いを求め合っている、だったら二人で分け与えればいいだけだ。
未来を憂いて、今ある幸福を放棄するなんてばかばかしいことだ。
もう一度長い口づけをしてから、俺はアーリンのパジャマのボタンに指をかけた。
諸々の話はさっさとまとまり、アーリン、ニナ、メルトア、ルーク、そしてメルトアの彼氏は旅に出ることになった。
目的地は王都である。
チーム・パルサーは優秀な賞金稼ぎだし、ルークはエース級だ。
メルトアの彼氏は腕のいいパン職人だと言うから、向こうでも仕事を見つけられるだろう。
俺は城門の上から遠ざかるアーリン達を見守る。
これで憂いはなくなった。
本当に守りたい人は時間と共にこの街から離れ、安全な場所へと去っていくのだ。
念のために、ウレタロに挑むのは三日後ということにしている。
俺が会いに行けば、ウレタロは館の門を開いてくれるだろう。
そこで、奴に引導を渡してやるつもりだった。
一人になった俺は久しぶりにジョージの店へ行った。
まだ太陽は高い位置にあったが、あそこなら酒を飲ませてくれるはずだ。
「いらっしゃい……久しぶりだな」
店の一番奥、カウンターの右端にある定位置に座ると同時に『シャネット 18年』のダブルが差し出された。
「ずいぶんと疲れた顔をしているじゃねえか」
「いや、疲れるのはこれからさ」
俺は一気にグラスをあおる。
すぐにジョージは酒のお替りを注いでくれた。
「腹が減っているんだが、何かできるか?」
「今はオムレツくらいしかできないぞ」
オムレツか……、それもいい。
「頼む」
ジョージはごつい手に似合わず、器用に料理を作る。
「そう言えば卵の値段を最近知ったぞ。一個あたり20クラウンじゃねーか。お前んとこのオムレツはなんで1000クラウンもするんだよ?」
「ウチのは卵が3個入っているんだ、それにバターもな」
「それにしたって60クラウンちょっとだろう? ボッタクリすぎだぞ」
ジョージは小さく舌打ちする。
「女ができると、すぐに所帯じみてきやがる! 技術料なんだよ。おめーも魔導改造医なんだからわかるだろうが」
技術料か……、そう言って俺も金を稼いでいたよな。
そのツケをついに払うときが来たってことか。
俺はオムレツを酒で流し込む。
「どうした、れいの女に振られたか?」
「バーカ、俺は世界一の幸せ者のまんまだよ」
「幸せな人間がこんな店にくるかねえ?」
「自分で言うなよ」
たしかにそうだ、ここは不幸せな人間のための店のような気がする。
そう考えればジョージっていいやつなのかもな。
「オムレツ、けっこう美味いぞ」
「褒められると気持ち悪いな……」
「殺すぞ、テメー!」
せっかく褒めたっていうのに、これだ。
だが、少しだけ気分は晴れている。
俺は支払いを済ませた。
「まいど」
「ああ、またな……」
「ドレイク……本当になんかあったのか?」
「おいおい、心配してくれるのかよ?」
「金払いだけはきっちりしている常連が減るのはいやだからな」
「ふん、まあ何とかなるだろうさ」
俺は夕焼けに赤く染まる屋外へと出た。
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