第37話 相容れない存在 その2
ドン・カルバッジオの屋敷はそのままウレタロが受け継いでいた。
重い鉄製の門を通って、馬車は屋敷の前に横付けされる。
ずらりと並んだメイドや執事が俺を迎えてくれたが、嬉しい気持ちにはなれなかった。
張り付いた仮面の笑顔の下に、恐怖の素顔があることがなんとなくわかる。
誰もかれもがウレタロを恐れているのだ。
そしてそれは他ならぬ俺にも当てはまる。
奴がどのような力を得て、どの程度の実力を身に着けているのかを、この訪問で見極めなくてはならないのだ。
執事は俺を応接間に案内すると言ったが、廊下を歩いているだけで異常事態が始まっていた。
俺たちが向かっている奥の部屋から切なげな女の絶叫が響いてきたのだ。
「あっ! あああっ! もうっ! ダメっ! あーーーーーっ!」
苦痛とも快楽ともとれるその声は、誰はばかることなく響き渡っている。
「少し、んっ、まってっ……ああっ! あっ! あっ! あっ!」
声を張り上げすぎたのだろう、女の声はかすれてガラガラだ。
執事は一瞬だけためらったが決意したように扉をノックした。
「ウレタロ様、ドレイク先生をお連れしました」
「おう、もう来たか! すぐにお通ししろ!」
部屋の中からやけに張りのある声が返ってくる。
こんなに明るい喋り方をする奴ではなかったが、聞こえてきたのは間違いなくウレタロの声だ。
「どうぞ、お入りください」
執事が扉を開くと、目に飛び込んできたのはソファーで交わる男女の姿だった。
男が座ったまま女を抱き、女は大きく股を開かされているので結合部が俺の目の前にさらされている。
男はもちろんウレタロだったが、女の顔にも見覚えがあるあれはたしか、ウレタロがポーターをやっていたチーム・ベベルの賞金稼ぎだ。
「悪いね、先生。御覧の通りちょっとだけ取り込み中なんだ。すぐに済むから座って待っていてくれよ。飲み物でも食い物でもなんでも執事に言いつけてくれ。おい、先生に失礼のないようにしろよ、俺の恩人なんだからな!」
言いながらウレタロは強く腰を打ちつける。
奴の左目には移植されたアメミットの目玉が赤々と燃えていた。
「生きていたんだな」
「まあね、自分でも死んだと思ってたんだけど、悪運が強かったんだな」
俺は冷静さを保ちながら、奴のことを観察した。
「そんなに見られるとさすがに照れるなあ」
そう言いながらもウレタロは腰の動きを止めない。
それにしても女のよがり方が異常だ。
媚薬でも盛られているのか?
「すごいだろう? これさあ、インキュバスのチンコを移植させたんだぜ」
「……なんだと?」
ウレタロはずるりと女の性器からそれを引き出した。
一見するとそれは普通の男性器だが、女を狂わせる魔力があるようだ。
「ドン・カルバッジオがインキュバスを生け捕りにしてたんだよ。これはいいってんで、さっそく移植させたってわけ」
「魔導改造をしたのか?」
「ああ。本当は先生に頼みたかったんだけどさ、ちょうど王都から来ていたジャガードって魔導改造医がいたんで、そいつにやらせてみたんだ」
オークション会場で、俺と千年ドラゴンの皮を巡って争ったあいつか。
「信用のおけない奴だから麻酔なしだったんだけど、いやー、痛かったわ。まあ、おかげでご覧の通りさ」
インキュバスの部位を移植するのなら相当の痛みがあったはずだ。
だが、ウレタロは痛みに対する耐性まで身につけているようだ。
全体的に引き締まり、無駄な脂肪が一切ない。
全身がばねのようにしなやかだ。
おそらく動きも俊敏だろう。
ウレタロは肩で息をする女の髪を引っ張って、こちらに見せつけてきた。
「こいつは俺を雇っていたチーム・ベベルのメンバーだったんだ。なあ、ルッキー、お前はかつて俺のことを何と呼んでいた?」
女は口ごもるが、ウレタロはその頬を掴んでさらに問いかける。
「なんと呼んでいたか言え!」
「ウスノロと呼んでいました……」
「他にもいろいろと言ったよな?」
「はい……」
ウレタロは笑っているが、ルッキーを許す様子はない。
「それくらいにしてやれ」
見るに堪えなくてそう言ったが、ウレタロは俺の言葉を聞き流した。
「ほら、あの日は何と言ったかな? たまたま俺がお前とぶつかっちまったあの日だよ」
「クズと呼びました……」
「それだけじゃないよな、クズがうつる、触るな。テメーのようにキモい男は一生女に相手にされないとも言ったよな?」
「申し訳ございませんでした、もう許してください!」
「許す? ……許すわけねーだろうがっ!」
ウレタロは女の喉奥まで自分の股間を突っ込んだ。
「こいつは一番のお気に入りでさ、一日に一回は抱かないと気が収まらないんだよ。たいして美人でもねえんだけど、こいつをヒイヒイ言わせてると心が洗われる気分になるんだ」
「そうやって過去に復讐しているのか?」
ウレタロは小首をかしげながら俺を見つめる。
「んー、まあ、そういうことなのかな? 俺をバカにした奴らはほとんどぶっ殺したし、復讐はだいたい終わっているんだ。あとはやりたいように生きていくだけさ。あっ、先生には感謝しているんだぜ。先生は俺をまともに扱ってくれた唯一の人間だからな」
おそらく、このままではウレタロの心は永遠に満たされることはないだろう。
世界中のすべてを手にしても、心の渇きは収まらない。
奴は永遠に孤独のままなのだから。
「先生にはちゃーんとお礼をしないとな。金と女ならどっちがいい? 金なら何百億もあるし、女だったらハイエルフもいるんだぜ。先生が欲しがるかもしれないと思って、まだ手を付けていないんだ」
ウレタロは再びルッキーの体に侵入しながら、そんなことを笑顔で訊いてくる。
なるほど、こいつは俺を仲間だと思っているのか。
だが、たとえ世界の半分を与えられても、俺はお前の仲間になるつもりはない。
俺が作り出してしまった怪物なんだから、俺の手でケリを付けなくてはダメだろう、そう決意した。
だが、今すぐ決着はつけられない。
俺が負けた時にアーリンがどんな目に遭うかが心配だ。
奴は絶対にアーリンやニナ、メルトアを襲うだろう。
それだけは避けなければならない。
まずはアーリン達を町の外へ避難させるのが先決だ。
「女はいらないよ」
俺は自分の殺気を抑え込みながら答える。
「そっかあ、先生はアーリン一筋だもんな。でも、覚えといた方がいいぜ、女は必ず裏切るんだ。俺の母親もそうだった」
俺の知らない過去もいっぱいあるのだろう……。
「いちおう耳に入れとくよ」
「こいつは絶対だ、間違いない。もっとも、インキュバスのちんこがあれば話は別かもな。みんなコイツの虜になってて、俺から離れられなくなっているんだ。じっさいすごいぜ! なあ、ルッキー?」
そう言いながらウレタロが激しく腰を動かすと、ルッキーは涙と涎を垂らしながら大きくのけぞった。
「そうだ、先生にもインキュバスを用意してやるよ。それで魔導改造すればいいんだ。コイツさえあればアーリンだって大喜びさ。……よーし、そろそろいくぞっ! ……うっ!」
ウレタロはルッキーの腰に自分のものを何度も打ちつけて果てていた。
ウレタロの体が離れても、ルッキーは精根尽き果てたように動けないでいる。
だが、ウレタロはそんなルッキーの顔を足で踏みにじる。
「おい、まだ終わっていないだろう。終わった後はどうするんだ? ちゃんと教えたのにまだ覚えられないのかよ、このバカが!」
ルッキーはのろのろと起き上がり、土下座の体制をとった。
「本日も、薄汚い私のような者を抱いていただき、ありがとうございました」
ウレタロはニタニタしながらそんなルッキーを見下ろしていた。
「はぁーすっきりした!」
すっかり憔悴したルッキーの姿にアーリンを重ねてしまう。
俺が敗れればアーリンがこんな目に遭うのか?
それだけは何としてでも避けなくてはならない。
「ういー、のどが渇いたな……」
ウレタロは手を伸ばし、その場から動かずにワイン瓶を取った。
腕が伸びただと!?
ワインが置かれていたカウンターまで5メートルは離れていたはずだ。
アメミットにそんな能力はなかったのだが、魔導改造の暴走で新たな能力が備わっているようだ。
しかも俺は奴の動きを目で追えていない。
ワーウルフの能力を数パーセントしか解放していないとはいえ、俺の動体視力を越える動きをウレタロはやってみせたのだ。
「すごいだろ? 今の俺なら先生にも勝てるだろうな」
ウレタロは自信ありげにほほ笑んでいる。
こいつは俺が100パーセントの力を開放した戦いも見ている。
見ていてなお、俺に勝てると
「かもしれないな」
内面の動揺を悟られないように、俺は取り繕った。
「先生も誰か抱いていくかい? 処女から熟女までいろいろそろっているよ」
「いや、やめておく」
「だったら、金でも分けようか? 3億くらいならすぐに用意できる」
「ウレタロの金を横取りするわけにはいかないな」
俺は適当なことを言って、その場を切り上げようとした。
「やっぱりドレイク先生は信用できるぜ。ほとんどのやつは俺の金が目当てなんだ。金をやると言われて断るのはドレイク先生くらいだよ」
ウレタロはニコニコと俺を見つめてきた。
その表情には俺が仕事を依頼したときに嬉しそうにしていた、かつてのウレタロの面影がわずかながらあった。
「今日はもう帰るよ」
「え~」
「これでも魔法薬学の研究で忙しいんだ。近いうちにまた来る」
「そっかあ……。じゃあ、お土産だけでも持っていってくれよな!」
ウレタロは嬉しそうに俺を送り出した。
応接間から出ると、大勢の使用人に見送られたが、彼らの態度が少し変わっていた。
来たときよりもいっそう腰が低くなっているのだ。
おそらくウレタロが俺に心を開いているということを執事から聞いたのだろう。
ボスのご機嫌を取るためにも、俺に少しでも丁寧に接しようとしているようだ。
別にそんな必要はないのに。
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