第36話 相容れない存在 その1


 アーリンと二人きりでいて、こんなに重たい空気を感じるのは初めてのことだった。

街は確実におかしくなっている。

メルトアの彼氏に聞いた情報によると、自分が助かるための密告が流行しているようなのだ。

だれそれがウレタロの悪口を言った、昔ウレタロをいじめたナニガシはどこそこに住んでいる。

そんな情報が引きも切らずにウレタロのところへ集まっているようなのだ。


 しかも、情報には対価が与えられるので、密告はさらに過熱していく。

この十日間で死者は百五十人以上、連行された女も五十人は下らないそうだ。

ウレタロはカルバッジオから奪った組織を最大限利用して自らの復讐を果たしていた。


 まったく、なんていう数の犠牲者なんだ。

ウレタロが内に秘めていた怒りはそこまでひどかったのか。 

それとも魔導改造による肉体の強化が精神を犯しているのかもしれない。

だとしたらそれは……。


「クラウスさん、ウレタロさんのことで責任を感じているのですか?」


 アーリンの手がそっと俺の肩に触れた。


「少なくとも奴が力を得たのは俺のせいだ。まったくの無関係とは言えないさ……」


 チーム・ベベルは冷酷な奴らがそろっていた。

それでも、無残に殺されるほどの犯罪者だっただろうか? 

しかも、ウレタロの暴走はそこにとどまらない。

毎日、新たな犠牲者が生み出されているのだ。


「アーリンの言う通りすっぱり魔導改造を辞めるべきだったな。アメミットを倒した後もそうだ。俺が意地汚く生き残ろうなんて考えなければ」

「そんなことを言わないでください。私は、クラウスさんが生きていてくれて嬉しかったんです。貴方が生きてくれた、それだけでもう……」


 アーリンは俺の首にしがみついてくる。


「ごめんなさい、私の言葉がクラウスさんを苦しめてしまって」

「いや、結局アーリンが正しかったのさ。俺は金と引き換えに化け物を作っていたんだ」

「でも、今回のことは仕方がなかったと思います。あれは事故のようなものじゃないですか」


 アーリンはそう言ってくれたけど、俺には何も答えられなかった。


「少し様子を見てくるよ。アーリンは部屋にいてくれ」

「ダメです。私も一緒に」


 アーリンは悲壮な顔で俺を見つめている。

俺が死にに行くとでも思っているようだ。

そんな彼女に笑顔を見せてなだめた。


「ウレタロのところへ直接行くわけじゃない。診療所に荷物を取りに行くだけだから。ついでに情報を集めてくる」

「本当ですか?」

「アーリンに嘘はつけないさ」


 俺はアーリンの手を両手で握りしめた。

とにかく今はアーリンを守りたい、それだけを考えて行動することにした。



 診療所に着くと、俺は荷物をまとめた。

ひょっとしたら、アーリンを連れて街を出ることになるかもしれない。

ウレタロに付きまとわれるのは俺としても本位じゃないのだ。

この場所はウレタロも知っているが、自宅の方は知られていないはずなので、貴重な薬剤はそちらへ移してしまおう。

俺が狙われることはないとは思うが念を入れておく。


 医術道具と薬品をまとめていたら、ドアがノックされた。

表の看板は休診のままだが、ひょっとして患者が来たのか? 

少しでも収入は欲しいのでドアを開けてみたが、そこにいたのは賞金稼ぎではなかった。


「なにかようかい?」


 どう見てもやくざ風の男が四人立っている。


「魔導改造医のドレイク先生ですか?」


 どちらも強面だが害意はないようで、態度は丁寧だった。


「そうだが?」

「うちのボスの遣いできました。今から一緒に来てもらうことはできませんか?」


 誰に呼ばれているかはわかっていたが、一応確認だけはしておく。


「ボスというのは?」

「貴方もご存じのウレタロ氏ですよ」

「ふーん、ウレタロが俺に何の用かな?」

「ボスは先生にお世話になったから、そのお礼がしたいそうです」


 さて、こいつらの言うことを鵜呑うのみにしていいのかどうか……。


「わかったけど、少し準備させてもらってもいいかな? 御覧の通りの格好だ」


 俺はガッバーナ池から帰ってきたままの服装である。

あちらでは三日間もレッド・ローケストを相手にしていたのだ。コートも服も汚れていた。


「承知しました。我々は外で待っていますんで、どうぞゆっくり準備をしてください」


 男たちは一礼して去っていった。


 俺は着替えを済ませると、装甲版の入った替えのコートを羽織った。

ミスリル製の注射器は睡眠薬と毒薬が入った二本をポケットに忍ばせる。

それからミスリル製のメスも五本、袖口に忍ばせた。


 ウレタロと戦闘になるかどうかはわからない。

だが準備だけはしっかりしておいた方がいいだろう。

奴の行動は予測不可能だ。

不用意な一言で爆発してしまうかもしれない。

戦闘はなるべく避けたいが、それはウレタロ次第だ。

俺がどうこうできるものでもないのだ。


 表へ出ると診療所の前には高級な四頭立ての馬車が停まっていた。


「どうぞ、お乗りください」


 かつてはドン・カルバッジオの持ち物だったのだろう。

金で装飾された箱馬車には革張りの豪華な椅子がしつらえてある。

俺は覚悟を決めて馬車へと乗り込んだ。


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