第35話 変貌 その7


 十日ぶりに戻る街はどことなく雰囲気が違っていた。

新緑の季節に入ろうというのに、街はすすけたような灰色に覆われている気がする。

人々の表情にも笑顔がなく、戦時のように切迫した顔つきをした者ばかりだ。


「なにかおかしくありませんか?」


 アーリンたちも異変を感じ取ったようだ。


「みんながやけに暗い顔をしているな。店などは閉まっていないようだが……」


 経済活動が滞っているわけではないし、目に見える犯罪が行われているわけでもない。

ただ、何となく街の雰囲気が暗いのだ。


「いいから早くお昼ご飯を食べようよ。もう限界」


 ニナが空腹を主張する。

ガッバーナ池を出立してから、四時間も経っていた。


「そうだな、今日は俺がご馳走するよ」

「いいんですか? 今のクラウスさんは私たちの中で一番貧乏なのに」


 メルトアがふざけ半分にからかってくる。


「そこまで困窮していないさ。それに、報奨金もかなりもらえそうだしな」


 リハビリを兼ねた狩りでは、レッド・ローケストを大量に討伐することができた。

すべてを換金すれば一人頭6万クラウンはもらえるだろう。


「だったら、ピエトロ亭でご飯がいいな」


 ニナの言うピエトロ亭はちょっと高級な店で、オリジナルソースをかけた鳩の肉が有名だ。


「みんなには本当に世話になったから好きなものを頼んでくれ。ワインも飲もう」

「やったー!」

「だが、先に報奨金を受け取ってからな。大量のバッタの足を持ってたら、店の中に入れてくれないぞ」


 先に換金所に行くことにして、俺たちは街の広場へと向かった。

ところが建物の間を吹き抜ける風が、異臭を運んできた。


「なにこれ、臭い!」


 ワーウルフのような特別な鼻じゃなくても嗅ぎ取れる、強烈な腐敗臭が広場から漂ってくる。


「罪人でも吊るされたのかもな」


 見せしめのために重犯罪人がさらしものになるのはたまにあるのだ。


「うぇっ、食事の前に死体なんて見たくないよ」


 メルトアの言うとおりだが、重い荷物を持って今さら引き返すのも嫌だったので、俺たちは仕方がなくそのまま広場へと入った。


 広場では予想通り、七つの遺体が処刑台の上にぶら下がっていた。

装束から察するに全員が賞金稼ぎのようだ。

つい気になって見てしまったが、全員の顔に見覚えがあった。

どいつも診療所に来たことのあるやつらだったのだ。

いったい何をやらかしたんだ?


 賞金稼ぎなんていうのは荒っぽい連中の集まりなので、犯罪に走る輩も少なくはない。

ただ、こいつらの実力は並み以下で、処刑されるような重犯罪者になるとも思えなかった。

なんせ、トロルに襲われて大けがをし、逃げ出してくるような連中だ。


 犯罪人が公開処刑される場合、すぐ横に罪状を書き記した立札がつけられる。

俺は興味に駆られてそちらに目をやった。


 罪状 チーム・ベベルは窃盗・強盗・殺人・強姦・騒乱の罪でこれを処刑する


 書かれていた罪状はたくさんあったが、具体的なことは一切かかれていない。

ふだんなら、いつ、どこで、何が盗まれたとかの詳しいことが書かれるはずなのに、今回はそれが一切なかった。


 それともう一つ解せないことがある。

チーム・ベベルは男女混合で十一人のメンバーがいたはずだ。

だが、ここに吊るされているのは男ばかり七人である。

他のメンバーはどうしたのだろう? 

女たちは窃盗や強盗に加わらなかったということも考えられるが、あそこの女たちもがさつで強欲だった気がする。

強姦はともかく、盗みを男だけでやったというのも不自然な気がした。


「もう行こうよ。ここにいたらドンドン食欲がなくなるもん」


 ニナの言う通り、こんなものは見ていて気持ちいいものではない。

俺たちは足早にその場を離れ、換金所へ向かう通りへと入った。


「ドレイク先生、ニナ」


 通りに入って少し行くと、久しぶりにルークに出会った。


「ルーク!」


 ルークと付き合い始めたばかりのニナが嬉しそうに駆けよっている。

ルークはその手を掴み、建物の陰の方へと導く。

そして、俺たちにもついてこいと目線で合図した。



 一歩裏通りに入った場所でルークはサッと左右に人がいないか目を配った。

やけに神経質になっているようだ。


「どうした、追われているのか?」

「そうじゃない。だがこの街は少しだけヤバい状態でね……」

「街の雰囲気がおかしいのは気づいたが、一体何があった?」

「ウレタロだよ」


 ルークは声を落とし、囁くようにその名前を言った。


「ウレタロだって?」

「シッ! 声が大きい」


 俺も声を落としてルークに確認する。


「ウレタロがどうしたっていうんだ? 奴は死んだはずだろう?」


 顔を見て確認すると、アーリンは大きく頷いた。


「呼吸も心臓も止まっていました。私が確認しましたから」

「それは俺も見た。だが奴は生きていたんだ。ひょっとしたら生き返ったのかもしれない」


 ウレタロはアメミットの眼を強制移植しようとして、その苦痛で死んだと思われていた。

だが、何らかの偶然が作用して、再び息を取り戻したようだ。


「広場に吊るされた奴らを見たか?」

「たった今見てきたところだが……っ!」


 あいつらは元々ウレタロをポーターとして雇っていたチームだ。

捻挫をしたウレタロを治療もせず、容赦なく切り捨てた連中でもある。


「もしかして、奴らはウレタロが?」

「お察しの通りだ」

「だがなんで? 仕返しのためにやったとしたら、ウレタロだって追われる身になっているはずだろう?」


 犯罪者になってまで復讐を遂げたかったのか?


「ことはもう少し複雑だ。奴は先生が出ていくのと入れ替わりで街へ戻ってきたんだが、その日のうちにドン・カルバッジオを殺害した」

「なんだって!?」


 裏社会のボスがそう簡単にやられるとは信じられない。

敵だって多いから警備は厳重だったはずだし、ドン・カルバッジオ自身も武闘派で鳴らしたヤクザ者だ。

そこら辺の賞金稼ぎでは敵わないほど強いという噂だった。


「ウレタロはカルバッジオの屋敷に正面から乗り込んだそうだ」

「そんなことをしたら門衛に追い返されるだろう?」

「瞬殺だったらしいぞ」

「ウレタロがやったのか……」


 おそらく、アメミットの眼がウレタロに定着し、これまででは考えられないような戦闘力を得たに違いない。


「屋敷にいた人間はほとんどが殺されたってよ。生き残ったのは下働きや使用人、それからカルバッジオの女たちだけだって話だ」


 数日間は組織の内部抗争が続いたようだが、歯向かう幹部たちをウレタロは軒並み殺していった。

そして、生き残ったのはウレタロの軍門に下った幹部だけだったそうだ。


「領主は何をしていたんだ?」

「領主が裏社会の内部抗争に口を出してくるもんか。あいつらは上納金さえ受け取れれば文句はないんだよ」


 賄賂もだいぶ流れているらしいので領主に期待はできそうもない。


「ウレタロはヤベーよ。かつて自分を粗略に扱った人間をすべて拷問して殺しているって話だ」

「それでチーム・ベベルはあの様か……」

「ああ、男はみんな殺られた。女は性奴隷としていたぶられているらしいぜ……」


 俺はウレタロがたまに見せた昏い瞳を思い出して身震いする。


「あいつは世界全体を憎んでいるんだ。街でちょっとでも気に食わないことがあると、すぐに相手をぶっ殺す。いい女を見つければ屋敷に連れ帰る。もうムチャクチャだぜ」


 魔導改造で力を得て、人間性が失われる最悪の形か……。


「ニナはすぐに家に帰るんだ。それでなるべく外へ出るな。いつウレタロに目を付けられるかわからないからな」


 ルークは恋人のニナと今後の算段を相談し始めた。


「俺たちも換金をすませて早く家へ戻ろう。メルトアは俺が彼氏のところまで送る。ウレタロが俺たちにどういう感情を持っているかはわからない。落ち着くまでは細心の注意を払って行動しよう」


 俺としては特に差別したつもりはない。

だが、死んだと思って打ち捨てていったことを恨んでいるかもしれないのだ。

換金だけを済ませ、お昼ご飯も食べずに俺はアーリンの部屋へと戻った。

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