第34話 変貌 その6


 千年ドラゴンの皮を手に入れた俺は、チーム・パルサーに再び師匠のところへ連れていってもらった。

いまだに俺は魔力回復薬が手放せない体だったので、同時に大量の薬を運ばなければならない。

戦闘もまだ無理だ。

少しでもワーウルフの力を開放すると、すぐに魔力切れを起こしてしまうのだ。


 アーリンの献身的な看病で体力は戻ってきたけど、可能な戦闘継続時間は三分がいいところだろう。

戦闘が終わったら速やかに魔力回復薬を飲まなければ、すぐに発作が起きてしまう。

戦いのたびに一本8万クラウンもする薬を飲んでいたらたちまち破産だ。


「悔しいでしょうが、今は我慢ですよ」


 パルサーの戦闘を見守っていた俺に、アーリンが優しく声をかけてくれる。


「だがなあ……」

「もう少しの辛抱です。封印のグローブができあがって、クラウスさんの体が全快したら、お祝いをしましょうね。きっと元通りになりますよ」


 アメミットはアーリンの親の仇だ。

そのアメミットの左腕が俺についていても、アーリンは変わらずに接してくれる。

まだ体が動かないとき、風呂に入れない俺を拭いてくれたのはアーリンだ。

彼女は俺についた左腕も、他と変わらず丁寧に拭いてくれた。

「これはもう、クラウスさんの一部になっていますから」と言って。


「魔力欠乏症が治ったらバンバン稼がないとな。治療と賞金稼ぎ、両方やっても構わない」

「クラウスさんは一気に貧乏になってしまいましたもんね」

「まったく、とんだ買い物をしてしまったよ」

「大丈夫です、いざとなったら私が養ってあげますからね」

「アーリンはダメ男製造機だな」

「うふふ、クラウスさんならそのうちに立ち直るって知っていますから。その時は贅沢をさせてもらいますよ」

「ああ、任せてくれ」


 どんな状況になってもアーリンは俺を見捨てていない。

それだけで生きている意味があると感じた。



 千年ドラゴンを使ったグローブの作製には一週間かかると言われたので、その間はアーリン達と師匠のねぐらに泊まらせてもらうことにした。

スケベな師匠は女の子が自分の家で寝泊まりするだけで嬉しいようだ。


「岩屋の中が得も言われぬ匂いになるからな」

「集中してグローブを作ってくれよ。俺の一生がかかっているんだ」

「わかっておるわい! 寂しい老人のささやかな喜びに水を差すな」


 よく言うよ、ニンフの愛人が三人もいるくせに……。


 師匠がグローブを作ってくれている間、俺は師匠の蔵書で魔法薬の勉強をし、アーリン達はねぐらを拠点に賞金稼ぎに励んでいた。


 そして一週間後、ついに封印のグローブは完成した。

パッと見ると、何の変哲もない黒い革グローブだ。

肌触りはしなやかで、子ヤギの革によく似ている。


「着けてみろ、効果はすぐに現れるはずだ」


 師匠に促されて、さっそく赤と黒の筋肉がむき出しになっている左手にあてがってみる。

すると、グローブに触れた指先から、人間の形状の手に戻るのが一瞬見えた。


「さすがだな……」

「もっと感謝しろ。これでまともな生活を送れるようになるんだ」

「感謝しているさ、師匠には」

「ケツを差し出す気になったか?」

「それは無理だ」


 グローブを付けた状態で魔力回復薬を飲むと、久しぶりに魔力が充実する感覚を得られた。


「今ならワーウルフの能力を開放しても大丈夫だぞ」

「わかった……」


 俺は少しずつワーウルフの能力を開放していく。

すぐに鼻が強化され、アーリンの匂いを強く意識することができた。


「いい感じだ。これならもう元通りの生活に戻れそうだ」

「本当に大丈夫なんですか?」


 アーリンが心配そうに訊いてくる。


「ああ、ほとんど違和感はない」

「でも、体力だってまだ万全じゃないし……」

「だったら俺をチーム・パルサーの狩りに連れていってくれよ。いいリハビリになると思うんだ」


 そう提案するとニナとメルトアはすぐに賛成してくれた。


「いいじゃない! クラウスさんがいれば大物が狙えるわ」

「狼の鼻で獲物の場所もわかるもんね!」


 久しぶりの狩りだから腕が鳴る。


「もう、二人ともはしゃぎ過ぎよ」

「まあまあ、三人には本当に世話になった。少しくらい恩を返させてくれ」

「私もクラウスさんと一緒にいくのは嬉しいですが、くれぐれも無理はしないでくださいよ」


 俺たちはさらに三日間この地にとどまり、賞金稼ぎの仕事に明け暮れた。

狙うのはレッド・ローケスト。

巨大なバッタのような魔物で、農作物だけでなく家畜や人も襲う。


 昆虫系の魔物は放っておくとすぐに増え、街を襲いにやってくる。

定期的に間引かないと大変なことになるのだ。

俺の体や戦闘の勘も徐々に元に戻り、最終日には以前とほとんど変わらないくらいに動けるようになった。



 こうして、俺たちは十日ぶりに街へ帰ることになった。

弟子時代にも使っていた部屋で荷物を纏めていると、師匠がやってきた。


「帰っちまうのか……、寂しくなるのぉ」

「また酒を持って来るさ」

「ふむ、お前だけ帰るわけにはいかんか? アーリンちゃんたちだけ置いて」

「いくか!」


 減らず口を叩いてはいるが、師匠なりに寂しいようだ。

それに今回も師匠には世話になったな。

最後くらいはもう一度きちんと礼を言っておこう。


「師匠、本当に世話になった。俺にできることがあるのなら何でも言ってくれ」

「特にないが……、シーサーペントの竜涎香りゅうぜんこう、ユニコーンの角、ナーガの短刀、麒麟のたてがみが手に入ったら持ってきてくれ」


 どれもこれも、1億クラウンはするような高級品ばかりじゃないか!


「善処してみる……」

「それからな……」


 師匠の眼が細くなり、鋭い眼光で俺を睨みつけた。


「わかっているとは思うが、アメミットの力は開放するなよ。肉体だけじゃなく精神への負担が半端じゃない。苦痛は時間差でやってくるぞ」

「ああ……」

「どうしようもなくて使うとしても、もって一分だ。それ以上だとお前の精神が崩壊する」

「だろうな……」


 おそらく今の俺ならアメミットのあの技が使えるはずだ。

魂を刈り取る黒曜の爪、ソウル・リーパーが……。

だが、それは諸刃の剣でもある。

技が決まっても、力の揺り返しで俺はまた昏倒こんとうしてしまうだろう。


「大丈夫だよ、師匠。こんな力を使う機会なんてそうそうあるわけがない。しばらくは治療専門の魔導改造医として稼ぐから、危ないことも起こらないさ」

「だといいがな……」


 師匠は俺の肩を一つ叩き、尻を一撫でしてから出ていった。

油断も隙もない……。

だが今日だけは文句を言わないでおいてやろう。

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