第33話 変貌 その5
オークションはすでに始まっていて、今はパバーナ伯爵夫人が使っていたポイズンリングが競りにかけられている。
ポイズンリングとは毒薬が仕込める指輪のことだ。
これは純金製で、四種類の毒が仕込める構造になっていた。
パバーナ伯爵夫人は偉大な毒薬研究家としても知られている。
彼女はその毒で、夫の政敵を次々と殺害したらしい。
とは言え、最後は自分の夫を殺して、若い愛人と外国に亡命して異国の地で死んだと伝承にはあるが……。
指輪は凝った作りで、普段だったら俺もオークションに参加したいところだったけど、今は千年ドラゴンの皮を手に入れるために少しでも余力を残しておかなければならない。
開始価格は1000万クラウンからだが、ライバルがいれば7000万くらいにはなると踏んでいる。
他に欲しがる奴がいないことを祈るばかりだ。
時間が過ぎ、ついに千年ドラゴンの皮の競売が始まった。
俺以外にも値段を付ける奴は数人いて、値段は1500、1800、2000、2300と上がっていった。
「先生、まずくねーか?」
「あそこにいるひげ面がこちらをチラチラ見ているな。おそらく俺と奴の一騎打ちになるだろう」
この予想は当たってしまい、8000万クラウンの値段がついても、ひげ男は千年ドラゴンの皮を諦めなかった。
「きゅ、9000万クラウンだ!」
ひげ男の声に会場がどよめいている。元来の相場をとっくに超えてしまっているのだが、奴は意地になっているようだ。
だからと言ってこっちも引くわけにはいかない。
俺の場合は命がかかっているのだから。
「1億クラウン」
再び会場がどよめく。
「なんと1億クラウンの値段がつきました。他に入札を希望する方はいらっしゃいませんか?」
会場中の眼がひげ男に集中していた。
奴はこちらを睨みつけながら歯ぎしりをしている。
そろそろ所持金が足りなくなってきたのだろう。
俺も残るは4000万だけだ。
「1億1000万だぁ!」
甲高いかすれ声で、ひげ男が叫び、会場がさらにヒートアップしている。
他の客たちはもう落札を諦め、俺とひげ男の一騎打ちを楽しんでいるようだ。
俺は感情を表に出さずに静かに告げる。
「1億2000万」
その値段を聞いてひげ男はがっくりと肩を落とした。
「1億2000万です。他にどなたかいらっしゃいませんか? いらっしゃいませんか?」
オークション会場は静まり返りみんなが息を呑む。
その静寂を切り裂いて、落札を決めるハンマーの音が鳴り響いた。
「おめでとうございます。千年ドラゴンの皮は89番のお客様が1億2000万クラウンで落札されました」
これでなんとか一歩前進だな。
あのひげ男のせいで予想以上に値段が釣りあがってしまったが、とりあえず手に入ったのはありがたい。
明日には師匠のところへ持っていって、アメミットの力を抑えるグローブを製作してもらうとしよう。
「よかったな、先生。あとは安全に家に帰るだけだ」
「ああ、最後までよろしく頼むぜ」
「しっかし、よく1億2000万も持っていたなぁ」
「ほぼ全財産だ。これでまた、一から稼ぎ直さないといけなくなる」
チーム・パルサーに借りた分を使わないで済んだのは幸いだったが、手持ちの金は100万くらいしかなくなってしまった。
がっくりしている俺に反して、ルークはやけに嬉しそうだ。
「ケケケッ! なあ、先生」
「なんだ?」
「他人の不幸っていうのはなんでこんなに楽しいんだろうな?」
「お前の性格が悪いからだ」
品物を受け取るために会場を出ようとしたら、俺たちの通路を塞ぐ奴がいた。
先ほどまで俺と争っていたひげ男である。
「まずは、おめでとうと言っておこうか」
ひげ男は
着ている者から察するにかなりの金持ちのようだ。
まあ、このオークションにはある程度の金がなければ入ることすらできないわけだが。
「ありがとう。それじゃあ」
余計な会話はしたくない。俺は脇を抜けていこうとしたのだが、男はなおも俺に話しかけてきた。
「私は王都で魔導改造医をやっているジャガードという。今日は旅先だったので持ち合わせが足りなかった。これが王都だったらこうはいかなかったぞ。それを伝えたかっただけだ」
「へえ……」
負けず嫌いの性格のようだ。
わざわざそんなことを伝えるためだけに話しかけてくるとはね。
だが、気位の高い王都の改造医とおしゃべりを楽しむ趣味はない。
「それじゃあ」
俺は名乗ることもなくその場を離れた。
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