第32話 変貌 その4
ドン・カルバッジオは五十代くらいの固太りした男だった。
覇気がオイルコーティングされたように脂ぎっていて、いかにものヤクザ顔だ。
品の無さは一流だが、長年裏社会に君臨し続けた風格みたいな物はあった。
「いよお、噂のドレイク先生に会えてうれしいぜ」
「噂の? 有名人になった覚えはないが」
「何言ってるんだ、アメミットを討伐した魔導改造医を知らない人間なんて、この街にはいないぜ」
ずっと意識不明だったからすっかり忘れていた。
「もう体の具合はいいのかい?」
カルバッジオは身振りで椅子を勧めながら訊いてくる。
「ああ、もう傷は癒えた」
大ウソではあるが、こういうところで弱みを見せない方がいい。
俺はことさら元気な振りをする。
「何か飲むかい? 大抵のものは用意してあるが……」
カルバッジオが指し示す先にはバーカウンターがあり、酒瓶が所狭しと並んでいる。
カウンターの奥にはバニーガールの装束を付けた女たちがこちらを見ながらほほ笑んでいた。
いずれもちょっとお目にかかれないくらいの美女ばかりだ。
だが、なんといってもアーリンが一番だ。
他の女なんて興味はない。
「ワインを貰ってもいいかな?」
カルバッジオが指を鳴らすとグラスに注がれたワインが三つ出てきた。
一口飲んだが、かなり高級なワインのようだ。
優しい舌触りと味、鼻を抜ける芳醇な香りがいつまでもとどまっている。
「シャトー・マンガルだ。俺のお気に入りだが、お気に召したかな?」
「うまいワインだ」
軽い雑談を交わしていると、カルバッジオが探りをいれてくる。
「今日は何かお目当てのものでもあるのかい?」
「まあ、いくつかはね。報奨金をもらったから珍しいものでも買ってみようかと思っている」
「そいつはいい、今後ともご
「こちらこそだ」
「ところで先生、ちょっと相談があるんだが」
来たな。
態度には出さずに心の中で身構えた。
できることなら裏社会とはかかわりあいたくない。
何か頼まれても基本的には断るつもりだ。
「俺にできることだろうか?」
「いや、むしろ先生じゃなきゃダメなんだよ。実は俺が雇っている賞金稼ぎがインキュバスを生け捕りにすることに成功したんだ」
インキュバスとは悪名高き淫魔だ。
人の夢に忍び込み人間を性的に誘惑する。
ちなみに雄がインキュバスでメスがサキュバスとなる。
インキュバスやサキュバスと交わった人間は快楽に溺れ、肉欲に逆らえなくなってしまうそうだ。
「それは大変な魔物を捕えたね」
「ああ、ずっと狙っていたんだ。で、相談なんだが、インキュバスのナニを俺に移植することは可能か?」
つまりあれか?
俺にドン・カルバッジオのチンコを切り取って、代わりにインキュバスのチンコをくっつけろってことか?
絶対にやりたくねえ……。
師匠から聞いた話だが、この改造手術をしたがる男は多いそうだ。
インキュバスの性器を取り付ければ絶倫となり、どんな女でも快楽のとりこにできると信じられているからである。
だが、俺はもうその手の魔導改造はやらないつもりだし、ドン・カルバッジオに関わるのもごめんだ。
ここは適当に言い訳をして断るとしよう。
「結論から言うと可能だとは思う。ただし、とんでもない痛みを伴う。インキュバスっていうのは魔力の強い悪魔系の魔物だ。ご存知だとは思うが、強い魔物の移植ほど移植に伴う苦痛は強くなる」
「患者は麻酔で眠らせるんじゃないのか?」
「インキュバスくらいになると麻酔をかけていても意識が戻ってしまうんだ」
これは事実である。
「最悪の場合、痛みの衝撃でアレが勃たなくなる、なんて症例も報告されているぞ」
「マジか!?」
「本当だ。そうなってしまえばまさに宝の持ち腐れってやつになるな」
「ふーむ、もう少し考えてみるか……」
ここら辺が潮時だろう。
俺はタイミングを計って別れを切り出す。
「ご馳走になった、ドン・カルバッジオ。そろそろオークションに参加したいんだが」
「ん? ああ、そうだったな。手間を取らせて悪かった。楽しんでいってくれ」
それ以上引き止められることもなく、俺たちは無事に貴賓室から戻ることができた。
部屋を出ると、ルークは袖で額の汗を拭いた。
「ふぅう、寿命が縮まったぜ。あんな大物と同席するとは、5万クラウンじゃ割に合わない仕事だ」
「しっかり頼むぜ、用心棒。ちゃんと俺を守ってくれよ」
「ケッ! 可愛げのないオッサンを守るのはつまらねえ」
「お姫様の
俺たちは軽口をたたきながらオークション会場へと入った。
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