第28話 アメミット その3


 ラットグールを切り裂きながら走る俺の耳にアーリン達の声が聞こえた。


「アーリン、矢がもう残ってない!」

「ニナ、下がって! 奴が!」


 メルトアの手から火球が飛び出したが、アメミットが余裕をもって避けるのが見えた。

他にも敵はいるというのに、よりにもよって奴はチーム・パルサーに襲い掛かろうとしている。

ニナをかばうように前に出たアーリンに黒く光る爪が振り上げられた。


 アーリンの魂が持っていかれる? 

そんなことが許されるはずがない! 

俺は全魔力を集中してアメミットに駆け寄る。

頼む、間に合ってくれ。

一秒が千倍にも感じる濃密な時間の中で、俺はただひたすら走った。

俺はどうなってもいい、アーリンさえ助かればそれでいい!


 まさに紙一重の差で俺の爪が奴の左腕を切り落とす。

奴の爪がかすめたせいで、アーリンの皮鎧がボロボロと崩れ落ちたが、本人は無事なようだ。

だが安堵も束の間、アメミットは左腕を切り裂かれながらも俺の腕に噛みついてきたのだ。


「くっ!」


 骨がバキボキと音を立てて砕け散り、肉がそがれて持っていかれる。

俺の左腕はもうない。

だが、ただで体ははやらないぜ。


「くたばれえええええ!」


 俺はアメミットの胸に残った右手の爪を打ち込む。


「ギイイイイイイヤアアアアアアア!!!!」

「アーリン、みんな、こいつにとどめを!!」


 チーム・パルサーが一斉に武器を取り、アメミットめがけて殺到する。

そして俺の爪、アーリンの剣、ニナとメルトアの槍がアメミットの体に深々と刺さった。


「お前が殺した人々の魂を開放して、消滅しろおおおおお!!!!」


 みんなが武器をひねってアメミットの筋肉と内臓を破壊する。

もはやアメミットに抵抗の力はない。

赤く光る眼は徐々に光を失い、ついに奴は冥府の門をくぐった。


「クラウスさん!!」


 アーリンが俺のところに駆け寄ってきた。


「クラウスさん、ああ、どうしたら……」


 アーリンが俺の左腕を見て絶望のため息をつく。


「アーリン、時間がないからよく聞いてくれ。とりあえず俺の腕を革紐できつく縛るんだ。これ以上血を失うわけにはいかない」


 アーリンの行動は早く、すぐに処置をしてくれた。

遠征中は俺の天幕で毎晩治療を手伝っていただけあって、手慣れたものだ。


「これでいいですか?」

「よし、そしたら、天幕まで行って俺の鞄を取ってきてほしい。なんとか自分で治療をしてみるから」

「私が行ってくるよ、アーリンはクラウスさんについていてあげて」


 ニナが駆け出して行った。


「アーリン、落ち着いて聞いてほしい」

「なんですか? 何でも言ってください。私にできることならなんだってしますから!」

「うん……」


 少しためらってしまったが、自分が助かるためにはもうこれしか方法が残されていない。

それはアーリンにとっては耐えられないことかもしれないが、このままここで死ぬのは嫌だった。


「アーリン、そこに転がっているアメミットの左腕を持ってきてくれないか?」

「アメミットの腕? ……まさか!」

「ああ、もうそれしか助かる方法がないんだ」


 俺の魔力は戦闘によって底をついている。

とてもじゃないが治癒魔法を使うほどには残っていない。

派遣された治癒師も全滅してしまった。

だが、自分に魔導改造を施す魔力くらいならギリギリ残っているのだ。


「君の家族を殺した魔物の一部を取り付けようというのだ。君には耐えられないことかもしれない。だけど俺は……すごく勝手かもしれないけど、君との未来を諦めたくないんだ」


 アーリンは何も言わずに立ち上がり、走ってアメミットの腕を取ってきた。


「クラウスさんが助かるのなら、何だっていいです。クラウスさんがクラウスさんでいる限り、私は貴方を愛し続けますから!」


 だったら、怖いものは何もないな……。


 広場の戦闘は収まりつつあった。

苦戦を強いられたが、賞金稼ぎたちはラットグールを駆逐しつつある。

そんな状態の中、ニナがウレタロを連れて戻ってきた。


「消毒薬を取ってくれ」


 俺は自らに魔導改造手術を開始した。



 アーリンたちに手伝ってもらいながら、なんとか必要な準備をすべて終わらせた。

その間、ウレタロはアメミットから魔結晶を取り外している。


「さて、準備は整った。改造魔法をかけるからアーリンは下がってくれ」


 出血で意識がもうろうとしている。

早く改造を済まさなくては、気を失いそうだ。

俺は気力を振り絞って改造魔法を展開する。

と同時に、アーリン達の後ろで様子を見ていたウレタロが叫び声をあげた。

なんと自分の左目にナイフを突き立てほじりだしているではないか。

そしてそこに今取ったとおぼしきアメミットの眼をはめ込んでいる。


「あなた、何をやっているの!?」


 ニナの質問には答えず、ウレタロは俺の方へ突っ込んできた。

そして俺にしがみつく。


「お、俺にも改造魔法を! このまま一緒に改造魔法を!!」


 なんとバカなことを。

たしかに魔法の範囲内にいればアメミットの眼も発生初期段階の細胞へと変化するだろう。

だが、ウレタロの準備は滅茶苦茶だ、とても成功するとは思えない。

それに魔物が強力であればあるほど、改造魔法は痛みが伴う。

アメミットのような強力な魔物となれば、想像を絶する苦痛が全身を駆け巡るだろう。

俺だってそれに耐えられるかはわからないのだ。


 だが、すでに魔法は展開され、今さら止めることはできない。

今魔法をキャンセルすれば、俺には二回目を行う余力はもう残されていないのだ。

このままやり切るしかないと判断した俺は、どんどん改造魔法を展開した。


「ぐあああああああああっ!!」

「ぎゃああああああああっ!」


 俺とウレタロの絶叫が広場に響き渡った。

アメミットの左腕が徐々に俺の体に取り込まれていくが、それは体中に幾億もの針が流れているような痛みを伴った。


 ワーウルフの尻尾を移植したときも激痛が走ったが、今回はそんなものではきかないくらいの痛みだ。

何度も気を失い、そのたびに痛みで目を覚ます。

やがて世界は闇に包まれ、俺は暗い穴の中へ落ちていく感覚を味わった。

果たして、俺は目覚めることができるのだろうか? 

いや、目覚めなくては、目覚めてアーリンに感謝の言葉を伝えなきゃいけないんだ。

完全に意識を失う前に、俺はそんなことを考えていた。


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