第27話 アメミット その2
野営地に着く頃には日がだいぶ傾いていた。
ルークを担いでいたせいで到着が遅れたのだ。それでも無事にたどり着けて、チームのみんなにも
広場にいる賞金稼ぎは100人くらいで、だいぶ少なくなっていた。
まだ到着していない者、怪我人が多くて街へ引き返したチーム、死んでしまった者と、理由は様々だ。
ルークを横にしてやり、ウレタロにお湯を沸かすように言いつけた。
「気分はどうだ?」
「最悪だよ。腹のあたりが気持ち悪くて仕方がねえ。今すぐ腹を掻っ捌いて、水魔法で洗浄してえよ」
「そのうち慣れる。今は我慢だ」
傍を離れようとすると、ルークが俺を呼び止めた。
「先生、アメミットを狙うなら左側だ。奴の前足の付け根に一太刀あびせといたぜ。多少は動きが鈍っているはずだ」
「商売敵によく教えてくれたな」
「どうせこのざまじゃ俺に討伐は無理だからな。一つ貸しにしておくぜ」
「そういうことは治療費を払ってから言え」
「けっ」
俺はルークに眠るように言ってその場を離れた。
チーム・パルサーのみんなはもう野営の準備を終わらせていた。
「森の中でハーブを摘んでおいた。これをお茶にすれば少しは落ち着くだろう。分量がわからないからアーリンがやってくれないか?」
俺はアーリンにハーブの束を渡す。
「まあ、カミツレですか? 生えていたなんて気づきませんでした」
「みんなに飲まそうと思ったんだ。その……全員が張り詰めているからな」
アーリンは少し苦笑する。
「ごめんなさい、頼りない仲間で」
「そんなことはない。よくやっていると思うぞ。俺がアーリンの年の頃はもっとガキだった」
「本当ですか? なんか想像がつかないなあ」
「あそこで寝ているルークとそう変わらなかったさ。アーリンも頑張りすぎずに手を抜けよ。それと、もっと俺を頼って大丈夫だからな」
「ありがとうございます。でも、もっと頑張りますよ。アメミットはもうすぐそこにいるんですから……」
アーリンの眼に決意がこもっている。
だが、ふいに顔つきが柔らかくなって囁くような声が俺の耳に届いた。
「だから、街に帰ったら少しだけ甘えさせてくださいね……」
「ああ……好きなだけ甘えてくれ」
ぶっきらぼうな声になっていたけど、俺の心に天使が召喚されていた。
ありがとう、世界!
ごめんな、みんな!
俺は世界一の幸せ者だ!!
アーリンから暖かいものが流れ込んできて、俺の心が少しだけ柔らかくなるような感覚だった。
そんな俺の心情に反して、周囲は殺伐とした雰囲気だった。
みんな疲労と恐怖でイライラしていて、ちょっとした小競り合いがあちらこちらで起こっている。
飯のこと、戦闘のこと、異性のこと、争いの種は山ほどあるのだ。
「また、周囲を見回ってくるよ。他のやつらは気が立っているから気をつけてくれ」
チームに声をかけてから出かけた。
実を言えば俺自身も落ち着かない気分だった。
この野営地は何かに見張られているような気がしてならないのだ。
何かというよりは、アメミットにと断言してもいい。
おそらくアメミットは陰から俺たちを見張り、少しずつ間引いていくつもりなのだろう。
ガサッ
やぶが音を立てて揺れている。
まさかそこに奴が?
俺は木陰に身を潜め、闇と同化しながらやぶに近づく。
右手にワーウルフの爪を出し、左手にはミスリルの注射器を用意した。
だが――。
「あっ、いい……、そこっ!」
「はあ……はあ……はあ……もっと締めろよ……」
やぶの中にいたのは賞金稼ぎのカップルだった。
まったくもって勘弁してもらいたい。
こちらは心臓を掴まれるような思いをしたというのに……。
女は木に手をついて尻を上げ、男が後ろから抱え込むような格好で繋がっている。こんな場所で危険だとは思うが、気持ちはわからんでもない。
遠征中は妙に気持ちが高ぶってムラムラすることがよくあるのだ。
俺も人目のつかない場所でなんどか体を重ねた記憶がある。
危機に直面すると子孫を残そうとする本能がうずくのだろうか?
もちろん避妊はしたが、体の奥から突き上げる情動は抑えきれなかったもんな。
アーリンもそういう気持ちになるのだろうか?
頭の中に妙な妄想が湧きあがった。
アーリンが大きな胸を手で隠しながら、機体に満ちた目で俺を誘っている。
「クラウスさん、きて」
いかんな、俺もストレスでおかしくなっているようだ。
「もう出そうだ」
男の動きが速くなって、女が上体をのけぞらせた。
「いくときは……んっ……外に出してよ」
「わかってるって。くっ!」
人の行為を覗くのもあれなので、俺はそっとその場から離れた。
だが、その直後に猛烈な殺気を感じて振り返る。
そこで見たのは眼を疑いたくなるような光景だ。
後ろから女をついていた男の頭を、アメミットが一口で食いちぎっていた。
それまで激しく腰を振っていた男が急に動かなくなり、女もいぶかしむように振り向いた。
「どうしたの? まさか、中に出したんじゃないでしょうね!? ……ぎゃああああああ!」
森に女賞金稼ぎの絶叫がこだまする。
男の首から降り注ぐ鮮血が、彼女の白い尻を赤く染め上げていた。
アメミットは叫び続ける女も殺そうと前足を伸ばす。
だが俺の投げたメスによって何とかそれは防がれた。
「逃げろ! 人を呼んでくるんだ!」
女の耳に俺の声は届いていない。
彼女は下がったパンツを上げようともせず、性器をむき出しにしたまま、ずりずりと地面を後退する。
そうやって、なんとかアメミットから少しでも遠ざかろうと試みているのだが、恐怖でまともに動けないようだ。
そのうえ失禁までしていて、自分の尿で足を滑らせていた。
「体を動かせ! その場を離れるんだ!」
叫びながらワーウルフの能力を全開にしてアメミットの顔面目掛けて右の爪を走らせる。
ところが奴は首を後ろにのけぞらせて俺の攻撃を避けてしまった。
やはり一筋縄ではいかない相手だ。
俺一人では荷が重い。
たとえ倒せたとしても、こちらの負傷も覚悟しないといけないだろう。
「アメミットだ! みんなアメミットが現れたぞ!!」
広場に向かって大声で叫んだ。
報奨金の取り分が減ってしまおうが関係ない。
少しでもリスクを少なくすることが大切なのだ。
「いいかげんに立ち上がれ! お前がいたら邪魔なんだよ!」
いまだに震えている賞金稼ぎに声をかける。
彼女を守りながらだから戦いにくくて仕方がない。
奴の爪と俺の爪が交錯して火花を散らす。
爪の強度は互角だが、パワーは向こうが上、その代わりスピードはこちらが優勢だ。
だが、この女を守っているせいで、その有利なスピードを活かしきれないのだ。
「パンツを上げろ。すぐに応援が来るぞ。あんただって見られるのはいやだろう?」
そうは言ったのだが、加勢はなかなか現れない。
風向きが悪いせいで声が届いていないのだろう。
震えていた賞金稼ぎがようやく下着を腰まで上げた。
「人を呼んできてくれ。ここは俺が抑えるから、振り返らずにまっすぐ走れ!」
「わ、わかった!」
女はよろよろとしていたが、なんとか木々の間を駆けていった。
「さてと、これでここにいるのは化け物だけだ。そろそろ本気を出させてもらうぜ」
俺は魔力を循環させ、両手からワーウルフの爪を出す。
100%の力を開放しているので、両腕はふさふさとした銀と黒の毛におおわれていた。
「ギャアアアア!」
耳をつんざくような嫌な鳴き声を立てながらアメミットが襲い掛かってくるが、俺はその攻撃をクロスさせた爪で受けて、やつの腹に蹴りを叩き込んだ。
力を全開放しているので足の筋肉も強化されている、少しは利いているようだ。
アメミットは後方にジャンプして俺から距離を取った。
逃げ出すようなら背中から攻撃を加えてやろうと思ったがそうではないようだ。
アメミットは牙をむきながら左前脚を少し上げる。
すると奴の左爪に黒い光が集まりだした。
あれはヤバいっ!
俺の直感がそう告げていた。
危ないものを感じた俺は、奴の攻撃を受けることはせず回避に徹する。
受けただけでも何かが起こりそうな予感がしていたのだ。
「なっ!? 木が……」
黒く光る爪がかすっただけで、青々とした葉っぱが茶色く変色し、そのまま立ち枯れていく。
そういえば、三〇〇年生きたアメミットは魂への直接攻撃ができると聞いたことがある。
きっとこれがそうなのだろう。
軽く触れられただけでも大ダメージだから、超近接戦闘が得意な俺には決め手がなくなってしまった。
そもそも遠距離魔法攻撃が苦手なのだ。
唯一の武器になるのはミスリルのメスだが残っているのは三本だけだ。
アメミットの攻撃が若干遅いのはルークがつけた傷のおかげだろう。
奴に救われるとは思ってもみなかった。
だからと言って治療費をまけてやる気はないが……。
突如飛来した魔法と矢がアメミットに命中した。
森の向こうから賞金稼ぎたちが続々と押し寄せてきたのだ。
これで俺も助かったな。
いちおう注意はしといてやるか。
「近接戦闘は危険だ! こいつに魂を持っていかれるぞ。遠距離でカタをつけてやれ!」
いくらアメミットが強くても100人を超える賞金稼ぎが相手ではひとたまりもないだろう。
だが、事態は俺が思っていたのとは違う展開を見せていた。
なんと、夕闇が迫り始めた森の中から大量のラットグールが現れたのだ。
ラットグールはアンデッドのネズミだ。
ネズミと言っても街で見かけるような小型のやつじゃない。
体長は50センチから80センチもある。
それが赤く目を光らせながら賞金稼ぎたちに襲い掛かったのだ。
ひょっとして、アメミットの狙いはこれだったのか?
自分を狙う賞金稼ぎたちをラットグールに襲わせるためにここまでやってきたのかもしれない。
証明のしようはないが、俺には奴が笑っているように見えた。
「クソがっ! アーリン、アーリン、どこにいる!?」
混戦となる戦場で、俺はアメミットから離れた。
奴との勝敗よりもアーリンの安否の方が心配だったからだ。
ラットグールを切り裂きながら俺は天幕の方へと走る。
「アーリン! ニナ! メルトア! ウレタロ! どこにいる!?」
「ド、ドレイク先生……」
返事をしたのはウレタロだった。
天幕の中に隠れていたようで、入り口から頭だけを出した状態で俺を見つめている。
「無事だったか、ウレタロ。他のメンバーはどこだ?」
「ア、アメミットが現れたと聞いてそちらの方に……」
「なんだって!」
行き違いになってしまったか。
アメミットは彼女たちにとって親兄弟の仇だ。
どんなに危険であっても、奴を討ち取るために賞金稼ぎになった彼女たちが、アメミットとの戦闘現場に向かわないはずがなかったのだ。
とんだミスを犯してしまった。
改めて見ると、広場は賞金稼ぎとラットグールの死体で溢れていた。
怪我人も大勢いたが治療してやっている暇もない。
領主に派遣され、騎士たちに守られた治癒師も三人いたのだが、すでに襲われて全滅したようだ。
治癒師がいる場所を現わす百合の花の紋章をあしらった旗がボロボロになって風に揺れていた。
アーリンはどこだ?
再びワーウルフの力を開放し、五感をフルに働かせて居場所を探る。
戦闘の音、人の匂い、邪魔な情報が多くて困惑するが、アメミットの悪臭だけはすぐに見つけられた。
つまりそこへ行けばアーリンはいるはずなのだ。
俺は足に力を込めて、血の滴る大地を蹴った。
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