第26話 アメミット その1


 討伐生活も五日目に入り、俺たちは森の奥地までやってきた。

この辺だと、半径100キロ以内に人の住む集落はない。

どうやらアメミットは、自分が追われているのを承知していて、俺たちを森の奥へと引きずり込んでいる気がする。

アメミットはただ強力な魔物というだけではなく、かなり知能が高いのかもしれない。


「こんなところまで来たのは初めてです」


 アーリンの顔にも疲労が滲んでいる。


「さすがに緊張するよね……」


 いつも軽口をたたいているメルトアさえ元気がない。

常に気を張っていなければならないので、三人とも限界が近そうだ。

ウレタロはもう麻痺しているようで、何も言わずにトボトボと後ろをついてきている。


 賞金稼ぎにも犠牲者があらわれだし、五人が命を落としていた。

怪我人も増えて、俺の天幕は夕方ごとに野戦病院のようだ。

領主は討伐隊に治癒師を三人同行させているけど、あいつらの治療は高額なのだ。

俺だって有料だけど、金のないやつは治療費の安い俺の方へとやってくる。


 昼間の戦闘で俺も疲れているのにこんな残業をするなんてたまったもんじゃない。

たまったもんじゃないのだが、患者は次から次へとやってくる。

迷惑なものだ。


「でも、クラウスさんは嬉しそうですよ」


 アーリンがわけの分からないことを言い出した。


「俺が? そんなことあるもんか」

「口ではそう言っても、なんだかんだで治療をしているじゃないですか。お金のない人だってツケで診てあげてます」


 金を取るのは当然だ。

魔導改造をしていた頃の方がずっと楽に儲かったんだけどな。

今はこんなに忙しいのに、売り上げは数十万クラウンである。

しかも硬貨はやたらと重い。

持って移動するのも苦労する。いっそ、どこかに埋めてしまおうか……。

本当にアーリンが助手をしてくれるのだけが救いだった。


 さらに二日が過ぎ、アメミットの目撃情報が次々と入りだした。

それに伴い死傷者の数も増加している。

今日は新たに八名が死んだ。

討伐隊は包囲する形でアメミットを三方から追跡中だ。

俺たちチーム・パルサーは左翼に回った。

ワーウルフの鼻や感覚が、こちらの方がアメミットに近いと判断したからだ。


「おそらく、半日とかからない距離まで近づいている。みんな気は抜くなよ」

「はい……」


 全員が死にそうな顔をしているな。

無理もないか、アーリン達はこれほど長期の遠征は初めてだといっていた。

しかも夕方から夜にかけては俺の手伝いまでしてくれている。

何とか俺にできることでみんなを力づけてやりたい。


「今日は少し猟をしてみないか?」

「猟を?」

「ああ、キジかヤマバトでも捕えてみようぜ。焼いて食べれば元気が出るぞ。もちろん味付けはアーリンに任せるけどな。俺がやったらせっかくの素材を台無しにしてしまうかもしれない」


 アーリンは少しだけ笑顔を見せてくれる。


「そんなこと言って、本当にキジを捕まえられますか?」

「さっきから、何度か鳴き声を聞いている。匂いもするから、きっと見つけられるさ」


 美味しい肉を食べれば、みんなも少しは回復するだろう。


「少し休憩しないと息が詰まっちゃうよね」

「本当に、最近は干し肉しか食べてないもんね」


 ニナもメルトアも猟には賛成のようだ。


「よし、いっちょうやるとするか」


 俺たちは今日を休養に充てることにして、真っ直ぐに野営地へ直行することにした。

まあ、魔物がいる森の中を歩いているのだから、普段とそうは変わらない。

ただ、アメミットの痕跡を辿らず、休憩場所にいくのだから気持ち的には楽になる。

キジの鳴き声は本当に聞こえているから、きっと肉も手に入るだろう。


 少しだけ足取りが軽くなったみんなを率いて、俺は先頭を歩いた。

この鼻で魔物を避け、獲物を狙うつもりでいたのだ。

ところが、風に乗って届く匂いに、嗅ぎたくない異臭を感じ取ってしまった。

俺は手を上げてみんなを止める。


「血の匂いがする。戦闘があったようだ」


 途端にチームの雰囲気が切り替わった。


「音を立てないように進んでくれ」


 緊張で重くなる足を一歩ずつ進めるたびに、むせるような血の匂いが濃密になっていく。

最初に見つけたのは頭の無い死体だった。

それだけじゃない、辺りには体の一部が欠損した死体がたくさん転がっていた。


「おえっ」


 ニナがその場で吐いている。

ウレタロは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


「気をつけろ、まだ敵は近くにいるかもしれない」


 注意を促す俺の耳に微かなうめき声が聞こえてきた。

生存者がいるのか!? 

俺は慌てて声がした方へ走り寄る。


「おい、しっかりしろ! お前、ルークじゃないか」

「ドレ……イク先生……」

「どうした、何があった?」


 俺はルークの腹の傷を押さえながら訊く。


「アメ……ミット」

「アメミットだと!?」


「まだ、近くに……。くそ……本当に……ついて……ねえ……」

「ばかやろう、お前は最高についているんだよ。なんせ、俺に見つけてもらったんだからな。ウレタロ、ウィングモンキーの死体を持ってきてくれ!」


 先ほど狩ったウィングモンキーが役に立ちそうだ。

こいつの肉体は人間との親和性が高く、魔導改造にはもってこいなのだ。

夜の臨時診療所で使えるかもしれないと思って持ってきたのだが、どうやら正解だったようだ。


「ウレタロ、早くしろ!」


 だが、ウレタロは頭を抱えてしゃがみ込んだまま動こうとしない。

代わりにアーリンがウィングモンキーの死体を持ってきてくれた。


「今から魔導改造をするけど、今日だけは見逃してくれ。こいつとは多少の縁がある」

「私は魔導改造のすべてに反対しているわけじゃありません」

「わかっている」


 議論の時間はない。

俺はルークの傷口を調べた。

傷は深く、肝臓の一部が損傷しているようだ。

急いで魔導改造手術をしなくては取り返しがつかなくなる。


 俺はウィングモンキーの肉片を切り取り、これに改造魔法を施していく。

魔法により魔物の細胞は動物の発生初期段階の細胞へと変化する。

これが第一段階だ。

次にその細胞を患部にあて、次の魔法を送り込む。

これで肉片は分裂増殖を繰り返して、それぞれの部分に取り込まれ、ルークの肉体を形成していくのだ。


 傷口が大きく、かなりの魔力を消費してしまったがルークは一命をとりとめた。


「助かったぜ、先生……」

「安心するのはまだ早い。アメミットがそこら辺をうろついているんだからな」


 奴が戻ってくる可能性はある。

ルークはまともに動けないので戦力にはならない。

今は少しでも早く野営地へ行って、他の賞金稼ぎと合流する方がいいだろう。


「治療費は12万クラウンだからな。街へ帰ったらきっちり払えよ」

「ほんとについてねえ……」


 俺はルークの脇の下に首を通して奴を立たせた。

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