第25話 討伐隊 その6
野営地は町から20キロほどの場所にある平坦地だった。
そこだけは森が開けていて、大勢の賞金稼ぎが同時に露営できるスペースがある。
400人もの賞金稼ぎが集まるのだから少々手狭に感じるが、ぎりぎり何とかなりそうだ。
俺たちが野営地に到着したのは午後四時少し前のことだった。
戦闘が四回も続いたので予定より少し遅くなっている。
野営地は真ん中へ行くほど危険が少なくなるのだが、特等席はすでに天幕が張られていて、残っているのは魔物に真っ先に襲われそうな周縁部だけだった。
「仕方がない、この辺に天幕を張ろう」
川からあまり遠くない場所を選んで、天幕を張った。
周囲ではすでに焚き火の煙が上がり、気の早い連中が飯の支度をしている。
「一休みしたら私たちも食事の準備をしましょう。今夜は体の温まるスープを作りますよ」
夜の風はまだまだ冷たい。
アーリンの申し出は嬉しかった。
「俺は周りの様子を確認してくるから、食事の準備はみんなに頼んでもいいかな?」
「気になることでも?」
「いや、念には念を入れておきたいだけだ」
魔物が来るとしたらどの方向からか、いざというときの逃走ルート、避難できそうな場所はどこか、確認したいことは山ほどある。
「気をつけて行ってきてください」
「大丈夫だ、スープができあがる前に戻るよ」
荷物を置いて身軽になった状態で、俺は単身で森へ入った。
野営地の周囲を回って魔物の痕跡などを調べていった。
普段から人間が立ち入ることが多いせいか、この近くに魔物は少ない。
特に今は賞金稼ぎがうようよいるので、魔物たちも森の奥へ引っ込んでいるようだ。
あいつらは群れでもない限り、共闘して人間を襲ってくることは滅多にない。
不審な足跡や、体毛なども見当たらなかった。
そろそろ野営地に戻ろうかと考えていると、俺と同じように周囲の様子を探っている一団がいた。
俺の身知った顔も何人かいる。
チームを率いているのは、サンダーバードの移植を頼んできたルークだった。
「よお」
声をかけると、ルークたちは一斉に武器を俺に向けてきた。
「なんだ、ドレイク先生かよ。びっくりさせないでくれ。こんなところで何をしているんだい?」
「臨時で賞金稼ぎの真似事さ。ルークは詐欺師をぶっ殺しに行ったんじゃなかったのか?」
俺がからかうと、ルークは凶暴な顔で毒ついた。
「偽物を売りつけた野郎は逃がしちまったよ! くそ、また金を貯め直さなきゃならなくなった。悪いけどアメミットは俺が討ち取るぜ。3000万は俺のもんだ」
「まあ、頑張ってくれ。俺は金に興味はない。それより魔物の痕跡はどうだ。東側を見てきたが、ヤバそうなのはいないみたいだ」
「西側も問題ないぜ。今夜はゆっくり寝られるんじゃねーか?」
ルークはいつもの表情に戻ってしゃべりかける。
サバサバしているのはこいつの長所だ。
それに詐欺師に騙されるようなヘマをしても、賞金稼ぎとしては一流の部類に入る。
こいつが調査して太鼓判を押しているのなら、西側も大丈夫だろう。
「そうだ、先生。一人診てもらいたい患者がいるんだが」
「こんなところで魔導改造はやらないぜ」
「いや、戦闘で腕を傷めただけなんだが、先は長い。今のうちに専門家に診てもらえるとありがてえんだけどな」
「診療費はとるぞ」
「さっき、金には興味がないって言ったじゃねえか!」
「小金には興味があるんだよ」
「けっ、ごうつくばりが」
「小川の近くの天幕にいる。銀貨を握りしめて訪ねてきてくれ」
俺はルークをその場に残してアーリンの元へと戻った。
ちょうど食事が終わるころになってルークが患者を連れてやってきた。
「邪魔するぜ、先生」
すぐ横には中年の賞金稼ぎが腕をさすりながら顔をしかめている。
「そいつが怪我人か。しょうがない、こっちへ来い」
俺は自分の天幕に患者とルークを招き入れた。
「どれ、見せてみろ」
怪我人がシャツをめくりあげると、左腕には大きなあざができていて、パンパンに張れていた。
「ここは痛むか?」
「イテッ! イテテテ」
「骨は折れていないが、おそらくヒビが入っているな。なんにやられた?」
「水辺を歩いていたらウォーター・リーパーが飛び出してきて……」
ウォーター・リーパーはヒキガエルの手足をとって、それにトカゲのしっぽをくっつけ、トビウオの羽を付けたような魔物だ。
体長は1メートルくらい。キーキーと悲鳴を上げながら、水に落ちた人間を食べる習性を持つが、時には自ら飛び出してきて、いきなり人を襲うということもある。
「なんだ、レジン湖へ行ったのか?」
レジン湖はここから1キロほどの場所にある湖で、ウォーター・リーパーの有名な生息地だ。
「ついでだから、晩飯の材料を釣ろうと思ったんだよ」
口を出してきたのはルークだ。
レジン湖にはたくさんの鱒も生息していて、美味なことで知られている。
貴族たちが大金をはたいても食べたがるくらいの高級食材だ。
「とりあえずレッペル軟膏を塗って、添え木を当ててやる。無理に動かすんじゃないぞ」
ウレタロを森へ行かせ、適当な枝を拾ってこさせた。
手持ちの包帯を使い、首からぶら下げるように腕を巻いてやる。
「どうだ、少しは楽になったか?」
「はい……」
「それからこれは痛み止めと、熱さましだ。今夜は熱が出ると思うが、とにかく安め。夜の見張り番は勘弁してやれよ」
最後のはリーダーのルークへの忠告だ。
「しょうがねえなあ」
「よし、治療は終わりだ。3000クラウン置いて行け」
「チッ! ここんところ本当についてねーや」
ブツクサ言いながらも、ルークは仲間のために銀貨を3枚置いていった。
ヤレヤレ、これでようやく食後のコーヒーが飲める、そう思った矢先に天幕の外からアーリンの遠慮がちな声が聞こえてきた。
「クラウスさん」
「どうした?」
「次の患者さんが着ています」
「はあ?」
天幕から首を出すと、8人もの怪我人が外で列を作っていた。
見た感じでは重症患者は一人もいない。
「おいおい、ここは診療所じゃないぜ。疲れているんだ、さっさと帰ってくれ」
「そんな、先生お願いしますよ。足が痛くてかなわないんだ」
「おれも吐き気がして……」
みんなが一斉に自分の病状を訴えだした。
「俺は魔導改造医だぞ。そういうのは治癒師に――」
アーリンがじっと俺を見ている。
そういう真っ直ぐな目はやめてほしい。
「クラウスさん、診てあげたらどうですか? 夜の見張りは私が代わりますし、明日の出発も遅めで構いません」
「いいぞ、姉ちゃん、先生を説得してくれ」
調子に乗った賞金稼ぎがアーリンをはやし立てる。
「黙れ! ケツを蹴って追い出すぞ!」
「クラウスさん、相手は怪我人です」
いや、そうだけどよ……。
「私もお手伝いしますから。なんでも言いつけてください」
アーリンにそこまで言われたら、俺に選択の余地はない。
「……しょうがねえなあ。順番に診るから一人ずつ入ってこい。アーリンは助手を頼む」
そう言うと、賞金稼ぎ以上にアーリンが嬉しそうな顔をしていた。
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