第24話 討伐隊 その5


 一週間はあっという間に過ぎ、出発の日が巡ってきた。

討伐隊と言ってもきっちりとした編隊を組んで行軍するわけではない。

総勢400人の賞金稼ぎが、それぞれのチームごとに東の森へ向かうことになる。


 誰だって懸賞金がかかったアメミットを自分で討ち取りたいと考えているのだ。

軍隊のように整然と行進していくなんていうのは土台無理な話である。

足の引っ張り合いだってあるだろうし、魔物の取り合いも起こるだろう。

チームごとに間隔を空けて、少し離れながら進む方が争いは起こらない。


 こうしたわけで、チーム・パルサーも他のチームと距離を詰めすぎないように出発した。

やぶや下枝を切り払う先頭はローテーションで交代しながら、俺たち四人は慎重に森を歩く。

最後尾には荷物を背負ったウレタロが続いた。


 しばらく前から風向きが変わり、俺たちは風上から風下へ向けて歩いている。

おかげで魔物の臭いはよくわからない。

そろそろ何かが現れてもおかしくない雰囲気だ。


「気をつけてくれ。これは勘でしかないが、さっきから嫌な感じがするんだ」


 俺はメンバーに注意を促した。


「少し様子を探りますか?」


 アーリンがすぐ後ろでささやく。


「その方がいいかもしれない。いったん開けた場所へ出よう」


 不意に風が逆向きに流れ出した。

すると周囲に猛烈な獣臭がただよい出す。

ワーウルフの鼻じゃなくても嗅ぎ取れるほど濃密な悪臭だ。


「気をつけろ、近いぞ!」


 やぶの中をこちらに向けて走ってくる魔物の気配がした。

足音からしてかなりの大型だ。

俺は先頭にいたニナの横に立ち、ワーウルフの力を50%まで開放した。


 やぶの中から黒い塊が飛び出し、攻撃を受け止めた俺の山刀がひしゃげる。


「デビルベア! 気をつけてください、クラウスさん!」


 アーリンの心配ももっともで、なかなか危険な敵である。

パワーだけで言えば100%の能力開放をした俺よりも上だろう。

だが、俺は人間の知能と、ワーウルフのスピードの二種類を持っている。

そして、どんなに皮の厚い魔物にも急所というのはあるものだ。


 たとえば眉間。

ひしゃげた山刀の柄でデビルベアの眉間を叩くと、やつはあまりの痛みにふらついた。

そして喉。

高速でデビルベアの懐に飛び込み、左手に持っていたメスで喉を大きくさばく。

刃は気管にまで達したから、かなりのダメージを与えられたはずだ。


「ヒュー、ヒュー」


 本来ならうなり声をあげているのだろうが、のどにダメージを追っているので、空気が通る音しか聞こえない。

動きが鈍くなったデビルベアに風魔法を付与したアーリンの矢が襲い掛かる。

矢は見事に眉間を貫き、デビルベアは大地へ沈んだ。


「すごい……」

「クラウスさん、強すぎですよ」


 はじめて俺の戦闘を見たニナとメルトアが褒めてくれた。


「まあ、これくらいはな……。さあ、ぐずぐずしないで解体してしまおう。俺は熊の胆を取り出すから」


 熊の胆くまのいとはデビルベアの胆のうのことだ。

魔物ではあるのだが、デビルベアの胆のうは薬になり、主に消化器系の治療薬の材料として使われる。


「熊の胆に関しては俺に売ってくれないか?」


 そう願い出てみると、ニナは金なんて要らないと言い出した。


「クラウスさんが一人で倒したようなものなんですから、好きにしてもらって構わないですよ」

「ありがとう、ニナ。だが、こういうことはキッチリしとかないとな。仲間内での金の貸し借りは碌な結果にならないんだ」

「でもねえ……」


 釈然しゃくぜんとしないニナだったが、アーリンが助け舟を出してくれた。


「クラウスさんの言う通りにしましょう。こういうところはすごく頑固だから、絶対に撤回しないわよ」

「やれやれ……」


 討伐の証であるデビルベアの左小指を切り取り、額の魔結晶を回収してから、熊の胆を取り出した。


「うぇー、それ、どうするんですか?」


 メルトアは血に濡れた胆のうを気持ち悪そうに眺めている。


「乾燥させて薬の材料にするんだ」

「それで自分に売ってくれって言ってたんですね。ところで熊の胆の買い取りってどれくらいなんです?」

「10グラムで10万クラウンの値段がつくこともあるぞ」

「そんなに!?」


 メルトアは熊の胆の価値がわかっていなかったようだ。

デビルベアは強力で頭がよく、罠にかかりにくい。

パルサーのようなチームにとっては討伐の対象外だから知らなかったのだろう。


「じゃ、じゃあ、クラウスさんはいくらでそれを買い取ってくれるんですか?」

「ん? そうだな……乾燥前の状態だし、この大きさなら20万クラウンでどうだ?」

「20!!」


 メルトアは眼を見開いて、アーリンの顔を見つめた。


「な、なによ、メルトア?」

「アーリン、私にクラウスさんを譲らない?」

「バカ! そんなことするわけないでしょう!」


 二人の会話を無視するように、俺は黙々と胆のうの処理を続ける。

だが、シャツの下の狼の尻尾は、アーリンの態度が嬉しくてピクピクと揺れ続けていた。

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