第22話 討伐隊 その3


 夕飯は俺の家でアーリンと一緒に作った。

今日は簡単にパスタだ。

たくさん余っているベーコンをフライパンで炒め、そこへ茹でたパスタ、チーズ、生クリームと卵黄を加えて混ぜるだけのようだ。

あとは黒コショウを振りかければできあがりである。

それだけだと寂しいのでワインも飲むことにした。


「美味いな。俺にも作れるだろうか……?」

「難しいのは火加減だけですよ。今度はクラウスさんも挑戦してくださいね」

「ああ、アーリンに美味いパスタを食べさせてやれるように頑張るよ」

「楽しみにしています」


 アーリンの笑顔が見られるのなら、俺はパスタだって作ってみせるぞ。

ワインのせいか、アーリンはとろんとした目つきで笑いかけてくる。

首筋までほんのりと赤く染まっていて、いつもとは違った魅力があった。


「もう少し飲むか?」

「美味しいけど、これ以上飲んだら帰れなくなっちゃいますから」


 かつての俺だったら、どんどん飲ませてアーリンを泊めていたかもしれない。

だが、今はまだ俺の中で結論が出せないでいる。

俺の体を見てアーリンは何を思うだろうか……。


「今夜は送っていこう」

「一人で帰れます。子ども扱いしないでくださいよ」

「いや、俺が送っていきたいんだ。少しでも長く君といたい」

「……はい」


 俺たちはそろって外へ出た。

心を浮き立たせるような暖かい風が花の香りを運んでくる。

空にはレモン色の半月が浮かんでいた。


「最高の夜ですね」

「ああ、最高の夜だ」


 二人で並んで歩くのは初めてではなかったが、今夜はいつもより距離が近い。

そこにある空間は15センチくらい。

少し手を伸ばせば、幸せに手が届くはずだ。

通りに人はなく、俺たちを見ているのは夜空に浮かぶ月だけだ。


「……」

「繊細に見えるのに、思っていたよりがっしりとした手なんですね……」


 繋いだ手からアーリンの体温が染み込んでくる気がした。



 二日後の朝、先ほど出発したばかりのアーリンが血相を変えて俺の家まで戻ってきた。

何やら大変な事態が勃発ぼっぱつしたようだ。


「クラウスさん、討伐隊が組織されます!」

「落ち着け、アーリン。順を追って話してくれないとわからないぞ」


 アーリンは大きく深呼吸をしてから、今街で起こっていることを説明してくれた。


「昨日のことなんですが、ご領主の甥御さんが街道でアメミットに襲われました」

「領主の甥っ子?」

「レンメル男爵です」

「ああ、あのバカか」


 レンメルは劇場の女優などと不倫をしたことで有名だ。

金遣いが荒く、酒や女にはだらしないが庶民には人気がある。

バカなりに気前が良く、酒場などでその場にいる客に酒をおごったりするからだろう。


 そんなことをするくらいなら領民の暮らしをもっと良くする方法を考えろと思うが、世の中はもっと単純だ。

わかりやすい形で金をばらまく方が人気には直結しやすい。


「で、レンメルはどうなった?」

「アメミットに殺されたそうです」


 アーリンは悲しそうに唇をかんだ。

唯一助かったのは下僕の一人で、アメミットが他の犠牲者を食っている間に逃げられたそうだ。

運が良かったのだろう。


「なるほど、それで討伐隊か……」


 領主は自分の甥っ子をことのほか可愛がっていたらしい。

愛する甥を殺されて、ついにアメミット討伐に本気になったというわけか。


「アメミットには2000万クラウンの懸賞金がかけられました。町中の賞金稼ぎが討伐隊に参加するでしょう」

「チーム・パルサーは?」

「とうぜん参加します。チャンスですから」


 チーム・パルサーのメンバーは家族をアメミットに殺されている。

仇を取るのは今しかないと考えていてもおかしくない話だ。


「討伐隊の出発はいつだ?」

「一週間後です。私たちもそれに向けて準備します。たぶん10日以上の遠征になるでしょう。しばらくは会えないかもしれません」


 アーリンは真っ直ぐに俺の眼を見て話す。

だから、俺もアーリンの眼を見つめたまま提案した。


「臨時でいいから、俺をチーム・パルサーに入れてくれ」

「えっ?」

「アーリンのことが心配だ。俺が一緒なら少しは役に立つかもしれない」

「でも、いいんですか?」

「女ばかりのチームに、しかも恋人がいるチームに入るのは気恥ずかしいが、アメミット討伐の間くらいなら我慢できる。アーリンも我慢して受け入れてくれないか? もちろん、その間は節度を持った付き合いにする」


 ニナやメルトアの前でイチャイチャなんてしないぞ。

アーリンだってそれは嫌だろう。


「ありがとう、クラウスさん。私のために言ってくれてるんですよね」


 アーリンが俺の手を取る。

先日の晩にはじめて手を繋いでから、アーリンはこうしたスキンシップを多くとるようになっていた。

俺はいまだに、自分から触れるにはすごく勇気がいるのだが、彼女はとっくに心の垣根を取り払ってしまったようだ。


「ニナとメルトアに話してみます。たぶん二人とも喜んでくれると思いますよ。チームに治癒師が加わるんですから」

「俺はもう治癒師じゃないよ。治癒魔法も少しだけ使える、ただの魔導改造医だ」


 アーリンは俺の手を強く握った。


「そうですね。クラウスさんは魔導改造医です。そして、私は魔導改造が嫌い。でも、私は魔導改造医のクラウスさんが好きです」


 人間はたった一言でこんなにも救われるものなのか……。

アーリンの言葉が俺の心を少し軽くしてくれる。

そして俺は一つの決意に至る。

今こそ俺は、自分自身に魔導改造を施していることを打ち明けてしまうことにした。

それによって俺はアーリンに嫌われてしまうかもしれない。

だけど、これ以上その事実を隠しておくのは、アーリンに対して不誠実である気がしたのだ。


「アーリン、大切な話がある」

「なんですか?」

「俺自身のことだ……。君が魔導改造を嫌っていることはよく知っている。だからこそ打ち明けておきたい。俺はかつて、自分自身に魔導改造を施した。そう、君が嫌う魔物の一部が俺の体には取り付けられている」


 アーリンが少しだけ身を硬くしたのが分かった。

目の前の現実を整理しているのかもしれない。

言いようのない沈黙が部屋にこもっている。

太陽の前を雲が通ったのだろう。驚くくらいに部屋の中が暗くなった。

普段の生活の中では気にも留めないことばかりに注意がいってしまう。

やがて、アーリンは静かに口を開いた。


「見せてもらえませんか? クラウスさんが改造した部分を」


 あれを、アーリンに見せなくてはならないのか……。

だが、どうせならすべてを見せたうえで俺を受け入れてもらいたい。


「わかった。服を脱がなくてはならないが構わないか?」


 アーリンは表情を変えないまま小さく頷いた。


 緊張で吐きそうなくせに、俺は無表情でパンツのボタンに手をかけた。

アーリンは無言のまま俺を見守っている。

下着姿を見せることになるが仕方がない。

その部位は腰の下、ケツの少し上についているのだから……。


「それが、クラウスさんに移植された魔物の部位……ですか……」


 俺が自らに取り付けた化け物の証明を見つめながら、アーリンは驚きに目を見張った。


「ああ、ワーウルフの尻尾だ」


 オークションで手に入れたこの尾は銀と黒色に輝いている。

気力を振り絞って立てているが、今にも股の間に入り込みそうなくらい、俺は意気消沈いきしょうちんしていた。

アーリンは人ならざる俺の姿を見て何を感じているだろうか? 

ひょっとしたらもう、別れはすぐそこまで迫っているのかもしれない。

彼女の表情を確認しようと思うのだけど、情けないことに怖くてそれができないでいる。

終わったか、短い春だったな……。


「かわいい……」


 ん? 

今何か聞こえたような……。

俺はなけなしの勇気を出してアーリンの表情を確認した。


 えーと……なんでそんなに笑顔なの? 

心なしか嬉しそうにも見えるんだけど……。


「その、化け物みたいだろう?」

「いえ、すごく似合っています、っていうのは失礼か。でもでも、なんかとってもかわいくて」


 ユッサユッサと俺の尻尾が揺れた。


「動くんですね!?」

「ま、まあ……」


 なんだかとっても恥ずかしくなってしまった。

もう見せるのはじゅうぶんだな。

下げていたパンツを上げると、アーリンは少しだけ残念そうな顔をした。


「これだけじゃないんだ。この尻尾を付けたせいでこんなこともできる」


 俺はワーウルフの力を70%まで開放する。

手に魔力を込めると二の腕から下に毛が生えだし、俺の腕を覆っていく。

そして俺の指先には15センチ以上はある爪が出現していた。


「さすがにこれは気持ち悪いだろう? 見ての通り、俺は化け物だ」


 自嘲じちょうをこめてそう言ったが、アーリンは瞳を逸らさなかった。


「そんなことありません。クラウスさんがどんな改造をしていても、私はクラウスさんを受け入れるつもりでいました。自分の気持ちを確かめるために、あえて部位を見せてもらおうと思ったんです」

「そうなのか?」

「やっぱりクラウスさんはクラウスさんです。どんな魔導改造をしていても、人の心を失っていませんから」

「それは……自分ではわからないことだ」

「私にはわかっています」


 アーリンがそう信じてくれるのならそれでいいと思った。

立っているのが辛いくらいに足の力が抜けてしまった。

俺はどっかりとソファーに腰をおろして、大きなため息をついた。

よかった、アーリンが俺を嫌わないでくれて。

よかった、アーリンを好きになって。

本気でそう思った。

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