第21話 討伐隊 その2


 城門のところで待っていたがウレタロはなかなかやってこなかった。

懐中時計を確認するとすでに約束の9時を15分オーバーしている。

あと5分待って来ないようなら一人で採集に出かけようかと考えていたら、広場を横切ってウレタロが歩いてくるのが見えた。

背中には大きな竹製のカゴを背負っている。

あれがポーターである奴の商売道具なのだ。


「おい、遅刻だぞ」

「す、すいません、先生」

「俺と仕事をするなら時間厳守で頼む」

「は、はい」


 ウレタロはオドオドとした態度で身をすくめている。

ルーズなのは嫌いだが、考えてみれば時計を持っている人間は少ない。

ほとんどの人間にとっては神殿の鐘だけが時間を知る手がかりだ。

多少の遅刻は仕方がないだろう。

それに、くどくどと文句を言って、これ以上時間を無駄にする気にもなれない。

俺はさっさと出発することにした。


「足の具合はもういいんだな?」

「はい、おかげさまで」

「よし、少し急ごう」


俺は速足で城門を抜け、東の森を目指した。



 森に入るとウレタロが遠慮がちに話しかけてきた。


「あの……」

「どうした?」

「きょ、今日は何をするんですか?」

「主に薬草採集だ。魔物を見つけたら狩るかもしれない」


 診療所は休みなので少しでも収入はあった方がいい。

わざわざ追跡することはしないが、魔物に遭遇すればとうぜん討ち取るつもりでいる。


 アーリンの誕生日が近いので服を買ってあげたいのだ。

それから靴や装身具も。

あとブラシとか鏡とか家具とか、美味しいものとか、新しい鎧とか、武器とか、鞄なんかも……。

アーリンはいつも遠慮してしまうけど、できればどれか一つでいいから贈りたい。


「薬草の採取ですか?」

「基本はペリル軟膏の原料となるヨモーギやアニギリ、松脂なんかの採取だ」


 ペリル軟膏は賞金稼ぎにとって必携の薬だが、俺は魔法的なアプローチを加え、より効果の高いペリル軟膏を開発してみようと考えている。

その名もペリル軟膏デラックスだ。


「せ、先生は魔導改造を辞めて薬屋になるんですか?」

「んー……まあ、それに近い感じかな」


 まだ完全に辞める踏ん切りはつかないけど、とりあえず面白そうだからやってみるだけだ。


「お、こんなところにレイシオールが!」


 レイシオールは万能薬とも言われるキノコで様々な病気に利くとされている。

滅多に見つからない代物なので市場での売値も高い。

落ち葉に隠れていたけど、薬草採取のためにワーウルフの能力を40%まで開放していたおかげで気づけたな。

これなら採集者としても生活できそうだ。


「すごい。街からこんなに近いのにレイシオールが生えているなんて……」


 ウレタロは少し悔しそうだ。

ここなら奴一人でもやって来られただろうし、自分で見つけていれば10万クラウン以上の金になったからだろう。

俺が慎重に掘り起こした白いキノコを、ウレタロは白い眼で物欲しげに見ている。


「運が良かったようだ。いい研究サンプルが手に入ったぜ」


 こいつを使って質のいい薬を作れるかもしれない。

この調子でばんばん薬草を摘みに行こう。


「よし、次だ、次。いくぞ」


 街の近くの薬草は採る者が多く、有用な物はほとんどない。

俺たちはさらなる薬を求めて森の奥へと分け入った。


 その日は夕方になるまで採集に励んだ。

おかげでかなりの量の薬草が採れている。

それからゴブリン八体とドクトカゲを二体討伐した。

どれもザコなので報奨金は少なめだが、換金しない手はない。

俺は数年ぶりに報奨金の受取所へとやってきた。


「クラウスさん!」


 偶然だがアーリン達も仕事を終えて受取所へやってきていたようだ。

アーリンは嬉しそうに俺のところへ駆け寄ってきた。


「クラウスさんも換金ですか?」

「薬草採取だけのつもりだったけど、何体か魔物を討伐したからね」


 換金所のテーブルにウレタロがゴブリンの耳やドクトカゲの左脚を並べていく。

報奨金は9600クラウンになった。

魔結晶を売れば金額はもう少し上がるけど、こちらは自分で使うためにとっておく。

ウレタロに約束の4000クラウンを払ってやると、残りはたったの5600クラウンだ。

まあ、今日の目的である薬草はたくさん手に入れられたので、骨折り損とはいえない。


「ご苦労さん。また頼むよ」

「こ、こんなにもらってもいいんですか?」


 ポーターの礼金は4000クラウンが相場のはずだ。

ウレタロは詰めるべき袋を間違えて薬草をしまったり、戦闘での避難が遅くて足を引っ張たりもしたけど、約束は約束だ。


「最初の取り決めだからな」

「お、おれ、ウスノロだからいつも3000くらいしかもらえないんです……。先生、ありがとうございます」

「別に感謝するほどのことじゃない。今日はもういいから家に帰って休むといい。あっ、君のカゴは貸しておいてくれ。明日も仕事を頼めるか?」

「はい! もちろんです!」


 親切で言っているんじゃなくて、このままアーリンと二人だけで帰りたいからそう言っているだけである。

でも、大量の薬草があるからカゴは必要なのだ。

次は違うポーターを雇うつもりだったけど、まあ、いいだろう。


「ありがとうございます! また明日よろしくお願いします」


 ウレタロは何度もお辞儀をしながら去っていった。


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