第20話 討伐隊 その1
季節は春で花盛りとなっている。
俺とアーリンの関係は優しい春風に吹かれながら、穏やかにその深度を増していた。
朝夕は互いの家で食事をして、休みの日にはデートもしている。
城壁の上とか、公園とか、これまでは興味も湧かなかった場所もアーリンと行けばすべてが新鮮だった。
先日ふいに気が付いたのだが、最近の俺は昔のことをあまり思い出さなくなっている。
ついこの間までは、寂しさとか怒りとともにチーム・ガルーダのことをよく思い出していた。
だけど、ここ一週間はまったくといっていいほど過去を振り返っていない。
きっとアーリンといる今が幸せだからなんだろう。
パワーアップのための魔導改造を止めた俺だが、最近は魔法薬に興味が湧いてきた。
魔力で肉体を活性化させるライフポーションは存在するが、その効果はまだまだ薄い。
俺は薬草や魔物の細胞を使った新薬を開発するために勉強中である。
当分商売にはならないだろうが、貯金なら1億クラウン近くあるので、10年くらいは遊んで暮らせる。
しばらくは研究に没頭する生活も悪くないだろう。
「新薬の開発、それはすごくいいですよ、クラウスさん!」
朝食の席でアーリンは俺の考えを褒めてくれた。
「そ、そうか?」
「ええ。そのお薬で怪我や病気の人がたくさん救われますね」
俺を信頼してくれるのは嬉しいけど、本当に薬が作れるかはわからないのだ。
「いやいや、気が早いよ。まだ研究を始めたばかりだ。どんな薬ができあがるかは未定だぜ」
「それでも、立派な志だと思います」
はっきりとは言わないけど、やっぱりアーリンは魔導改造には反対なのだろう。
ゴブリンなどの移植による救命処置は許容しているのだけど、能力を得るための改造については道徳的に反対なのだ。
先日も俺が改造を施した賞金稼ぎが仲間を殺すという事件が起きた。
魔物の細胞を移植されると攻撃性が増すなんて学説もある。
ワーウルフを移植した俺自身がどうかと問われると、よくわからんとしか言えない。
たまにぶっ殺してやりたい奴もいるけど、それって、人間なら普通のことじゃないのか?
事件の話を聞いてもアーリンは俺を責めるようなことは一切言わなかった。
だけど、責任の一部は俺にあると思っているかもしれない。
だから俺は本当のことをまだ伝えきれていない。
俺の体にワーウルフの一部が移植されていることを。
そして、だからこそ俺はアーリンとの一線を越えられずにいる。
まだ、キスはおろか手も繋いでいない。
俺の体にワーウルフの一部があると知ったとき、彼女がどういう反応をするか、それが怖くてできないでいるのだ。
「それじゃあ、そろそろ行ってきます」
皮鎧を装備したアーリンが声をかけてきた。
準備は万端のようだ。
「俺も今日は郊外で薬草のサンプルを採取するよ。ついでに魔物も狩る予定だ」
「一人で大丈夫なんですか?」
俺の戦闘力をよくわかっていないアーリンは心配そうだ。
「ポーターを雇ってあるから一人ってわけじゃない。奥地に行くわけでもないからな」
以前に
奴は仕事にあぶれていたみたいで、喜んで俺のポーターを引き受けた。
足の捻挫は治ったが、ウレタロの左目は白内障にかかったままだから、戦闘力には期待していない。
荷物さえきちんと運んでくれれば文句はないのだ。
「それでは途中まで一緒にいきましょう」
「ああ……」
防御プロテクターが仕込まれたコートを身に着ける。
素早さ重視の俺は重い鎧を身にまとうことはない。
能力を開放すれば、鉄をも切り裂くワーウルフの爪が生えてくるので、武器も必要ない。
それでも、オペ用メスくらいは持っていくか。
こいつはミスリル銀で作られた特別製だ。
切れ味は鋭く、耐久性もあるので武器代わりにもなる。
「ずいぶんと軽装なんですね。本当に大丈夫ですか?」
「ああ……」
俺は残像を残したまま、高速の体重移動でアーリンの後ろへと回り込んだ。
「えっ? ええええっ!?」
突然俺が姿を消し、後ろから肩をつつかれたアーリンは驚きの声を上げている。
「
「すごいです……。クラウスさんなら賞金稼ぎとしても名を残しそうですね」
「魔導改造医の方が暮らしは楽だがな……」
たしかに賞金稼ぎでも暮らしていけただろう。
だが、いつも稼げる獲物が現れるとは限らない。
そりゃあ奥地へ行けば魔物はうようよいるだろうけど、そんなところに突っ込むのは自殺行為だ。
街に近づいてくる魔物を、囲まれない有利な地形で狩るのが賞金稼ぎのやり方だ。
丸一日獲物が見つからない、なんてこともたまにはある。
「そうだ、今度の休みに一緒に薬草採集へ行きませんか?」
アーリンはさもいいことを思いついたという顔で提案してくる。
「二人で森に?」
「そうです。私もクラウスさんのお勉強をお手伝いしたいもん」
「だが、それではアーリンの休みにならないじゃないか」
「えー、これは仕事じゃなくてデートですよ」
薬草採集がデート?
「そう……なのか?」
「そうですって。ねっ、いいでしょう?」
「もちろん俺は構わないが……、アーリンはそれでいいのか?」
「はい! お弁当を持っていきましょうね」
アーリンの笑顔を見ていると、それがものすごく楽しいことのように思えてくるから不思議だ。
普段と変わらない休日のはずなのに、なんだかすごく待ち遠しくなってしまった。
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