第10話 二人は恋人 その2


 ジョージの店で数杯ひっかけてからアパートへ戻ると、俺の部屋の前で座り込んでいるアーリンがいた。

俺の顔を見て、嬉しそうに立ち上がるアーリンに胸がきゅんきゅんしてしまう。


「何をしているんだ?」

「おかえりを待っていたのです」


 春半ばとはいえ、夜にもなれば外気は冷える。

こんなことなら真っ直ぐ帰ってくればよかったと反省した。


「とにかく入ってくれ。ここよりは暖かい」


 俺は袋を抱えたアーリンを促して部屋の中へ入れた。


 部屋に入るとアーリンは持参した袋を居間のローテーブルの上に置いた。

ずいぶんと重そうだが何が入っているのだろう。


「食事用の食器を買ってきました。この柄を気に入っていただけると嬉しいのですが」


 そんなことを言いながら、アーリンは白地に藍色で花の模様が描かれた皿を並べていく。

落ち着いた色合いの品の良いがらだ。


「いかがですか、かわいいでしょう?」

「うん……、なかなかいい……いや、そうじゃない!」

「あ、趣味に合いませんでしたか?」

「そういうことを言いたいんじゃなくて、どうしてお皿なんて?」

「だって、クラウスさんはお皿を持っていないじゃないですか」


 ころころと笑いながら、アーリンは皿の他にナイフやフォークなんかのカトラリーも並べていく。

たしかに皿は持っていないが、これでは俺がヒモのようではないか。


「全部でいくらだった? 金は俺が払う」

「いいんですよ。私が好きでやっているんですから」

「そうはいかない。俺の家に置く皿なら、俺が金を出して当然だ」


 だが、アーリンもなかなか頑固で、金を受け取ろうとはしなかった。


「借りがあるのは私の方です。これは私がそうしたくてやっているのですから、クラウスさんは気にしないでください。ほら、これ私のマグカップです。この家に置いてもいいですか?」


 そう言って微笑む彼女はしゃくさわるくらいかわいらしい。

こんなの、断れるわけがないじゃないか!


「ああ……」


 俺はなるべくぶっきらぼうに答えたのだが、アーリンは二人のマグカップを並べて嬉しそうにしていた。


「これで一緒にコーヒーが飲めますね」


 その言葉に自分の顔がカッと熱くなるのを感じる。

これじゃあ、俺たちは本当に付き合っているみたいだぞ。

確信はなかったけど、やっぱりアーリンは本気なのか?


「夕飯は食べたか?」

「いえ、まだです」

「だったら食べに行こう」


 店が閉まるにはまだ時間がある。

今ならどこでも開いているだろう。


「節約のために自炊にしませんか? 私が作りますから、クラウスさんも手伝ってください」

「だが、この家に調理器具は湯沸かしポットしかない」


 自炊なんてしたことがないんだから当然だ。


「むぅ、次はそれを買わなければなりませんね」

「いやいや、それは俺がそろえる。これ以上アーリンに金を出させるわけにはいかないよ。とにかく行こう。こんばんは俺がご馳走するから」

「それはいけません」

「食器のお礼だ。四の五の言わずに行こう。その……初デートになるんだからさ」


 そう言うと、アーリンは真っ赤になってしまった。


「やだ、こんなことならもっとオシャレをして来ればよかった」

「そのままでもじゅうぶん綺麗だけど、お洒落をしたら、もっと素敵なんだろうな」

「そんな……」

「それは次回のデートのときの楽しみにしておくよ。近くに美味い肉料理を出す店があるんだが、嫌いじゃないか?」

「大好きですよ。羊が特に好きです。クラウスさんは?」

「俺も羊が好きだ。でも魚介類も好きだぞ」


 俺たちはたわいもない会話を楽しみながら夜の街を歩いた。


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