第11話 二人は恋人 その3


 棚に置かれた見慣れない食器を眺めながら俺は複雑な思いに駆られている。

彼女ができると、こんな風に部屋を侵食されていくのかな? 

まるで自分の縄張りにマーキングをされてしまった動物のような気持ちだ。

だけど、二つ並ぶマグカップを見ていると、なんだか嬉しさも込み上げて顔がニマニマともしてしまう。


 今は朝の6時だから、あと一時間もすればアーリンがやってくるだろう。

そうしたら二人で朝食だ。

せめてコーヒーくらいは俺がいれようと考えている。

家事なんてしたことはないけど、今朝のために、昨晩は遅くまでコーヒーを淹れる練習をした。


 肝心なのは豆の量、湯の温度、一度に入れるお湯の量の相関関係だ。

突き詰めて考えれば、コツは魔導実験とそう変わりはない。

練習の成果もあって、そこそこ美味いコーヒーは作れるようになった。


 アーリンが来る前に本や服を片付けておくか。

汚れ物はカゴに入れて、本は本棚に戻していく。

おお! これだけでも少しは見栄え良くなるじゃないか。

だが、こうしてみると床に埃が溜っているな。

これでは気持ちよく朝食というわけにはいかない。

先に掃き出しておくか……。


ん? 

俺は何をやっているんだ……。

いや、深く考えるのはよそう。

自分が掃除をしたいからやっているだけだ。

断じて年下彼女に気に入られたくてやっているわけじゃない!


 すべての窓と玄関を全開にして掃き掃除をしていたら、アーリンが階段を上ってきた。

思っていたより掃除に時間を取られてしまったようだ。


「おはようございます、クラウスさん」

「おはよう」


 朝日を浴びたアーリンは天使のようにかわいい。

月に照らされるアーリンも素敵だけど。


「お掃除をしていたんですね。えらい、えらい」

「子どもじゃないんだから、その程度のことで褒めないでくれ。掃除くらいいつも自分でやっている」


 嘘に決まっていた。

普段は女中を頼んでいたから、部屋の掃除を自分でやるなんて初めてのことだ。

くそぅ……なんでこんなに嬉しいんだよ! 

年下の彼女にちょっと褒められただけだぞ? 

俺が移植したのはワーウルフで合って忠犬じゃないのに、尻尾を振りたくなるくらい心が弾む。


「部屋の中が本当に明るくなりました。それが終わったら朝ご飯にしましょうね」

「その前に傷の診察をさせてくれ」


 昨日もチェックしているがアーリンの腕の経過は順調だ。

だが、油断はできない。


「クラウスさんは心配性ですね」


 ニコニコと笑いながらアーリンはシャツの袖をめくっていく。

昨日取り換えた包帯は清潔なままだ。


「念には念を入れておくんだ。魔導改造はともかく、俺の治癒魔法はポンコツだからな」

「そんなことはありません!」


 少し怖い顔をしたアーリンに叱られてしまった。


「ドレイク先生の治癒魔法は丁寧でした。その後の診察だって手際がよくて、心がこもっていました。ポンコツなんてことは絶対ありませんからね!」

「アーリン……クラウスからドレイクになっているぞ」

「あれ、どうしてかな? 無意識だけど、治療のときはドレイク先生で、彼氏のときはクラウスさんで使い分けているみたい?」


 彼氏という単語に顔がカッと熱くなってしまう。


「腕や背中がひきつったりはしてないか?」

「ぜんぜん。そろそろ仕事に戻っても大丈夫なくらいですよ」

「うん……だが、もう二、三日だけ様子を見よう。生活の方は大丈夫か?」


 傷の具合はもう問題ないけど、ついつい過保護になっているかもしれない。


「多少の貯金はありますから暮らしていくには困りません」

「そうか、困ったことがあったらいつでも頼ってくれ。その、なんだ……俺は彼氏なんだからな……」

「うふふ、ありがとうございます。でも、自分の生活費くらい自分で稼ぎますよ」

「そうか」


 かなり勇気を出して彼氏発言をしてしまった。

あー恥ずかしい‼ 

まだ心臓がドキドキいっているぞ。

俺ってこれほどチキンだったか? 

いっそ、コカトリスの心臓を移植したいぜ。

いや、そんなことをしたらアーリンに嫌われてしまうな。


「飯にしよう。コーヒーくらいは俺がいれるから」

「大丈夫ですか? 自炊はしたことがないって聞いてますが」

「それくらいできるさ。昨日の晩に練習しておいた」


 言ってから、しまったと思ったけど遅かった。


「クラウスさんって、かわいいところもあるんですね」


 アーリンがこちらを見てほほ笑んでいる。


「かわいい? 真面目な部分があるだけだ」

「感心、感心」


 年下の女の子に頭をなでられてしまった……。

そしてそれを喜んでしまう27歳の俺がいた……。

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