第4話 倒れていた賞金稼ぎを拾う その2


 通りに出るとすっかり日は暮れていた。

春の宵はワクワクするような雰囲気に満ちているなんて聞いたけど、俺の気分は下降気味だ。

昔の仲間の話なんて聞かされて、嫌な記憶が戻ったせいだろう。

どこかで飲みなおすか? 

くだらない記憶がゾンビみたいに次々とよみがえる。

いいから脳みその底でおとなしくしていてくれ。

帰ったところでどうせ眠気は訪れそうもない。


 明確な目的もないまま、ぶらぶらと歓楽街の方向へ足を向ける。

ワーウルフの一部を移植した俺は臭いにも敏感だ。

やがてドブめと酒、香水の入り混じった歓楽街特有の臭気が鼻をついた。

普段ならこの臭いを嗅げば、たちまち煩悩が刺激されるのだが、今夜の俺はどうにも浮き立たない。

こんな夜はギャンブルをやっても負けてしまいそうだ。


 壱番街に差し掛かる手前の橋のところで、俺は血の臭いに感づいた。

このあたりの河川敷はよく喧嘩にも使われるから、そう珍しいことじゃない。

ただ、血の臭いに混じって女の皮脂の香りもする。

たぶんまだ若い女だ。


 興味の赴くままに橋の下へと続く階段を下りた。

ワーウルフの力で夜目も利くので明かりはいらない。

匂いを頼りに探すと、目当ての人物はすぐに見つかった。

橋のたもとでうずくまっていたのは、賞金稼ぎの装備を身に着けた若い女だ。

腕を押さえているところを見ると、そこを負傷しているのだろう。


「おい、平気か? 怪我をしているようだが」


 女は警戒するように剣の柄に手をかけて、身を硬くしている。

顔立ちはまだ二十歳にもなっていなさそうなくらいあどけないが、眼光は鋭い。

それなりの死線を潜り抜けてきた戦士の顔だ。

後ろでまとめられた黒髪と、深い色合いをした濃紺の瞳が特徴的だった。


「そう怖がるな。俺は通りすがりの魔導改造医だ」


 女は剣から手を離さずにつぶやくように答える。


「私のことは放っておいてください。治療は不要です。魔物の一部を身に宿すのは嫌ですので」


 そういう人間も多い。

特に信仰にあつい人や、親しい人を魔物に殺された人間に強い傾向だ。

自分の体に魔物の一部を移植するのを嫌悪するのは仕方がないだろう。

その人たちの考え方に文句はない。


「だが、出血が多そうだ。このままでは死ぬぞ」

「死にません。あの化け物を倒すまでは……」


 若い賞金稼ぎは苦しそうな声を上げる。

強がってはいるが、血を失い過ぎて意識がもうろうとしているのだろう。


「そう言わずに俺の治療を受けてみないか? 今なら格安にしておくぞ。5万クラウンで命が買えるのなら安いものだろう?」

「……もう、行ってくだ……さ……」


 意識を失ってしまったか。

さてどうしたものだろう……。

普段なら確実に放置して遊びに行くのだが、今夜はどうにも気分が乗らない。

しかも、相手は死なすには惜しいほどの美少女だ。


 傷口を確かめると、きちんと包帯が巻かれていて、冒険者たち必携のペリル軟膏なんこうが塗られているのがわかった。

この軟膏は血止めと化膿を防ぐ効果がある。

若いながら基礎的なスキルは習熟しゅうじゅくしているようだ。

たとえ戦闘力が高くても、こうした治療法を無視する賞金稼ぎは大成しない。

ちょっとした傷が原因で足を失ってしまうなんていうのはざらにある話なのだ。

まあ、そういうバカが俺のお得意さんになるのだけど。

脚の付け替えは、生体材料持ち込みで20万クラウンからできる。


「魔導改造は嫌ッてかい? わがままな女の子だ……」


 俺は人差し指からワーウルフの爪を出す。

これは鋼鉄をも切り裂けるほど鋭い。

傍から見れば、人狼が少女にイケないことをしているように見られてしまうかもしれないが、通報案件じゃないぞ。

ちょっとした気まぐれでしかないが、俺はこの子に治療を施すことにしたのだ。


 爪を使って巻いてある包帯を切り取り、傷口を調べた。

状態は良くない。

魔物につけられたであろう傷は深く、筋繊維がいくつも断絶している。

幸いなのは傷がかろうじて骨には達していないことくらいか。


 このお嬢さんは魔導改造が嫌らしい。

仕方がないので、久しぶりに治癒魔法を試してみようと思うが、ポンコツになってしまった俺では完治は無理だろう。

昔なら10の魔力でできたことが、いまでは300もかかるのだ。

しかも日中にいくつかの手術をしたので、魔力は回復しきっていない。


「とりあえず、止血と筋繊維及び血管の修復だな」


 魔法を展開して一年ぶりくらいに治癒魔法を使った。

途端に胸の中央に痛みが走る。

セラクレスにつけられた呪いの紋章が鈍く疼き、呼吸が苦しくなった。

魔導改造のときには何ともないのに、まともな治癒魔法を使おうとすると、すぐにこれだ。

大銀貨一枚分の小さな紋章がいつまでも俺を苦しめやがる。


 腹立たしさに叫びたくなったが、俺は治療に集中する。

やがて賞金稼ぎの血は止まり、状態もだいぶ良くなってきた。

傷口の完全な癒着は無理だけど、危ないところは脱しただろう。


 賞金稼ぎの荷物を探ると、清潔な包帯が出てきた。

傷口が開かないようにぐるぐる巻きにする。

今夜は熱が出るだろうから、ここに置いとくわけにはいかない。

診療所か自宅に運ぶしかないのだが、ここからだと自宅の方が近い。

背負って運ぶにしても移動距離は短い方が患者の負担も少ないだろう。

仕事とプライベートはきっちり分ける主義だが、今日は特別だ。


 俺は賞金稼ぎを担ぎ上げた。

ワーウルフの力を開放すれば運ぶのはわけない。


「なにやってんだかな、俺は……」


 土手にあがる階段を上り、来た道とは違う方向を目指して歓楽街から遠ざかった。

東の空に浮かんだ半月が五分咲きの桜を照らしている。

ずっしりとした重みを背中に感じながらも、俺の心のモヤモヤはいつの間にか消えていた。

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