第3話 倒れていた賞金稼ぎを拾う その1


 ジョージの店は診療所から徒歩10分くらいの距離にあった。

まだ俺が魔導改造医になる前だから、7年以上も昔から通うバーだ。

愛想のないオッサンがカウンターに立つ小汚い店で、自分でもどうしてこれほど足繁あししげく通うのかはよくわからない。

ほとんど惰性だせいのようなものなのだろう。


「いらっしゃい」


 ドアを開けると、顔面凶器のように禿げあがったタコ坊主が、人を脅すような声であいさつしてきた。

こいつが店主のジョージだ。

堅気の人間なら逃げ出すレベルの迫力だが、ボッタクリバーのたぐいではない。

これでも価格だけは良心的な店である。

俺の定位置はカウンターの右端で、一番奥まったところにあった。

ここからなら壁を背にして、店全体を見渡すことができる。


 自分の椅子に座ると同時に『シャネット 18年』のダブルが差し出された。

これが、この店の唯一の長所だ。

余計なおしゃべりをしなくても、好みの酒がグラスに注がれる。

俺は黙って銀貨一枚をカウンターに置いた。


「クラウス、お前の唯一の長所は支払いがきっちりしているところだな」


 その晩は珍しく、ジョージの方から話しかけてきた。

こいつは極端に口数が少なく、こんなことは滅多にない。


「ジョージ、アンタの長所は寡黙かもくなところのはずだぜ。今夜はやけに饒舌じょうぜつじゃないか?」


 何か事件でもあったのか? 

俺は少し減ったグラスをカウンターに置いて、先を続けるように無言で促した。


「ロッケルとアルが死んだそうだ」

「へえ……」


 動揺を隠すように酒を少し口に入れる。

ロッケルとアルは俺の昔馴染むかしなじみだ。

まだ俺が賞金稼ぎのチームで治癒師をしていた頃の仲間である。

その頃は奴らもこの店の常連だったのだ。


「死因は?」

「二人とも魔物にやられたそうだ。チーム・ガルーダは討伐隊に参加していたらしい」

「そりゃあ災難だったな」


 俺は酒を飲み干して、もう一枚銀貨を置く。

すぐさまグラスは満たされた。


「まだ、恨んでいるのか?」


 今夜のジョージは口数が多すぎる。

俺はため息を酒で飲みこんだ。


「今さらどうでもいいことさ。俺は俺で順調だ。賞金稼ぎをやっていた頃よりもずっと稼げているし、危険も少ない。女にだって困ってないぜ」


 チーム・ガルーダはエミルバで一番の賞金稼ぎチームだった。

腕っぷしの強いやつらが揃っていたし、俺という専属の治癒師がいたからだ。

普通の治癒師は街でふんぞり返っていて、魔物の討伐に出るようなのはいない。

だが、若い俺は少々血の気が多かったし、正義ってやつを信じる青二才でもあった。魔物討伐に協力して世の中に平和をもたらすんだ、そんな甘っちょろい理想に燃えていたのだ。


 だけど悲劇ってのは突然やってきて、現実という拳で人をぶん殴る。

そうなれば理想なんてものは木っ端こっぱみじんだ。

あとに残るのは苦い思い出だけになる。


「お前たちがセラクレスを取り逃がしてから、もう5年か?」

「さあ、それくらいじゃないか?」


 とぼけて答えたが、それは嘘だった。

俺はあの日のことをはっきりと覚えている。

かつて俺が所属していたチーム・ガルーダは悪名高いセラクレスという魔族を追い詰めたことがある。

こいつは大勢の人間をさらい、奴隷にしているような悪魔だった。

倒せば囚われた人が救われるだけじゃない。

やつのため込んだ財貨も手に入り、莫大な懸賞金も俺たちのものになるはずだった。


 だが悪魔は狡猾こうかつで、俺たちはまんまと出し抜かれた。

そのうえセラクレスは俺に呪いまでかけやがったのだ。

おかげでまともな治癒魔法を使えなくなってしまった俺は、チーム・ガルーダを首になった。

俺を切ったガルーダは夢を追って都会へと旅立ち、俺はこの地に残って魔導改造医になった、とまあ、つまらない昔話だ。


「皮肉な話だぜ。俺をチームから追い出したロッケルたちが死に、俺はここで悠々と酒を飲んでいるんだからな」


 高望みをする奴は早死にをする。

田舎で一番のチームだからって、都会で通じるとは限らない。


「クラウス、お前はいつまで魔導改造医なんて商売を続けるつもりだ?」


 いつになく生真面目な様子でジョージが訊いてくる。


「どういう意味だよ?」

「お前はそれでいいのかって話さ」


 今夜のジョージは本当に説教臭い。


「おいおい、どうした? らしくないぜ」


ジョージは無言で肩をすくめる。


「世間では邪法と嫌われているけど、魔導改造を会得するには苦労したんだ。それに、患者には感謝だってされている。俺だって仕事にはそれなりの誇りを持っているんだぜ」

「誇りねえ……」


 今の暮らしに文句はない。

苦労がないばかりか、将来性だってある。

あるていど金が貯まったら、王都へ行って悠々自適の暮らしだってできるだろう。

そうなれば人生の勝ち組だ。


 俺はカウンターから立ち上がった。


「ごちそうさん」


 三杯くらいじゃ酔いはしないが、これ以上ここで飲む気にもなれなかった。


「まいどあり」


 ドスの利いたお礼の言葉を背中に受けて、俺はジョージの店を後にした。

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