第5話 倒れていた賞金稼ぎを拾う その3


 自宅は集合住宅の二階にあった。

俺はもう七年もここに住んでいる。

築何十年かわからないほどのボロ屋で、部屋は二間しかない。

金はあるのだからもっと豪華な部屋に引っ越してもいいのだが、移動するのが面倒なのだ。

どうせここは寝るだけの場所であり、仕事だって持ち込まないようにしていた。


 患者たちにも俺がどこに住んでいるかは知られないようにしている。

押しかけられても困るし、プライベートと仕事はきっちり分けるというのが俺の流儀だ。

考えてみれば女を部屋に入れるのは久しぶりのことだ。

以前に付き合っていたミシェルが最後だから、もう五年前か。


 付き合っていたのは俺がまだ治癒師だったころ。

ミシェルというその女もチーム・ガルーダのメンバーだった。

呪いにかかった俺を捨てて、チームと共に王都へ旅立ち、俺たちの関係は終わっている。


「ほら、着いたぜ」


 俺は賞金稼ぎを自分のベッドに寝かした。

明るい場所で改めて見ると、かなりカワイイ顔立ちをしている。

ただ、その顔には乾いた血がこびりついていた。

自分のだけでなく魔物の返り血も浴びているようだ。

あまり知られていないが、血液がついたままだと悪い病気にかかってしまうことがある。

このままにはしておけない。


「おい、鎧を外すぞ」


 治癒魔法には痛みを止める麻酔という効果があるが、そのせいで賞金稼ぎはまだ目を覚まさない。

腰の剣を外し、皮鎧の上下を脱がしてやると、彼女はホッとしたような顔をしていた。


「消毒用のアルコールはどこだったかな?」


 ここに仕事は持ち込まないが、自分用の医療器具は一応そろっている。

水とアルコールを使い、まずは傷口をきれいにする。

新しい血が滲んでいたので包帯も変えた。

それから顔を拭いていく。


「やっぱり、体も拭いた方がいいよな……」


 俺は何となく手を出しあぐねてしまった。

職業柄、女の裸なんて飽きるほど見てきているというのに、なぜか目の前の賞金稼ぎを脱がすことに躊躇ちゅうちょを覚えた。

どういうわけかこの女がやけに神聖にみえてしまったのだ。

自分の人生では関わったことのないタイプな気がする。

こう、真面目というか、純粋というか……。言葉を交わしたのはほんの少しだけど、まっさらで汚れの無い人間のようなイメージを持ってしまったのだ。


「なんかなぁ……、どうかしてるぜ、クラウス。さっさと仕事を終わらせよう」


 自分自身を励ますように言って、俺は彼女の汚れた衣服を脱がした。

最初に言っておくが、いやらしい気持ちは全然ないからな。

俺はあくまでも他に傷がないかを確認して、清潔な服に着替えさせたいだけだ。

だが……。


「でかいな……」


 彼女は着やせするタイプだった。

厚手のコットンシャツの下は下着だけで双丘が大きく盛り上がっている。

これまでの人生で、ここまで素晴らしいプロポーションに出会ったことはない。

昼間にエッチしたミラレスも相当なもんだったけど、こいつはそれをはるかに凌駕している。

と、見とれている場合じゃなかった。


 俺は手早く体をチェックしていく。

大きな傷は他になかったが、打ち身や切り傷はたくさんあった。

かなり激しい戦闘をしてきたようだ。

消毒と傷薬で治療を済ませ、洗濯してある自分のパジャマを着せておいた。


「ん……んんっ……」


 苦し気な吐息を漏らして冒険者がうっすらと目を開ける。


「気分はどうだ? 少し水を飲め」


 コップに注いだ水を飲ましてやると、彼女は喉を鳴らして飲み干し、大きく息をついた。


「まだ動けないだろうから、しっかりと眠るんだ」

「はい……」


 冒険者は眼を閉じてぐったりとする。


「ありがとう……お父さん……」


 どうやら俺を父親と間違えているようだ。

いや、ちょっと待て、俺はまだ二十七歳だぞ。

せめてお兄さんと言ってほしい。

そんな俺の思いなど知る由もなく、彼女は寝息を立てながら眠りについた。


 おそらく夜中に熱が出るだろう。

額を冷やすタオルと解熱剤の用意をしてから、ウィスキーの瓶と読みかけの小説を手元に引き寄せる。

長い夜になりそうだった。

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