第10記:熱燗

 シャットダウン確認後、身支度と戸締りを済ませた。自宅を出て、駅前の商店街を目指した。寒かった。相当な厚着なのに、冷気が肉に迫ってくる。商店街の中にある両替屋(銀行)に入り、現金を補充した。

 補充後、公園を抜けて、図書館に行った。あいにく、休館だった。蔵書整理の最中らしい。読みたい本があったのだが、休館ではどうにもならない。

 時刻は5時半。少し早いが、夕飯を食べることにした。同館の玄関から、歩いて、7、8分ほどの場所にある大衆食堂『F屋』に足を進めた。


 暖簾をくぐり、店内に入った。最初は、食べるだけのつもりだったが、なんとなく…いや、無性に酒が呑みたくなった。熱燗を注文した。

 スポーツ新聞の芸能欄を読みながら待っていると、おばちゃんが、盆の上に載せた燗酒と酒器(ガラスの杯)を運んできてくれた。漬物の皿と煮物の小鉢が添えられていた。酒肴(さかな)付きで、500円とは、なかなか良心的である。その際、カレー丼(600円)を頼んだ。


 テレビの報道番組を観ながら、熱燗を呑んだ。一部鉄キチの蛮行、来日観光客の現状に続いて、格安リゾートホテルに住んでいる人たちの生活風景が映し出された。俺以外の客たちが、それらを話題のタネにしていた。

 F屋は「常連客のサロン」としての役割も果たしているらしい。俺は話を聞きながら(※自然に耳に入ってくるのだ)黙々と、カレー丼を食べた。


 帰宅後、風呂に入った。入浴後、体を拭き、服を着た。居室に行き、円盤(DVD)再生機の中に『シャニダールの花』を滑り込ませた。綾野剛主演の奇妙な映画。三分の一ほど観たところで、急激な眠気に襲われた。襲われたのは、映画の所為ではない。集中力欠落の所為である。残り三分の二は明日(つまり、今日)観ることにして、機械の電源を切り、布団に潜り込んだ。〔2月11日〕


♞F屋は健在である。献立は麺類と丼ものが中心である。いわゆる定食は扱っていない。昭和の薫りを濃厚に感じさせてくれる店で、独特の佇まいがある。界隈の風景に完全に溶け込んでいる。仕事の帰り、平日の夜に暖簾をくぐる場合もある。料理が運ばれて来るまでの間に呑む酒の味は、旨いものである。

店内には大型テレビが設置されている。番組の水準や内容はさておき、移住以降、テレビ放送とは縁のない生活を十数年続けている俺にとっては、貴重な機会と云える。

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