3.全ては自身の萌えのために

 スミレの誘導で、魔獣に見つからないようにしながら、『スイートステージ』の前までやって来た。

 結構わかりづらい場所にあるので、もしかしたら案内なしでは迷っていたかもしれない。ラッキー、なのか?

「さて、入るわよ」

「いや、開演前だから鍵がかかってるんだけど」

 入り口はきちんと施錠されていた。セキュリティ意識の高い会場だ。

「なんのために私がいると思って?」

 そう言って唐突に僕に後ろから抱きついてくるスミレ。小さな膨らみが当たっている感触がある。

「いや、どうしたんだ?」

 その感触に多少動揺しつつも、冷静を装いながらスミレに聞くと

「いいから、ドアを引いてみて」

 言われた通りドアを引くと、メリメリッっと嫌な感じの音を立ててドアが開いた。いや、外れた。

「これが”力”よ! 役に立ったでしょ?」

 僕の背中から離れて、スミレは控えめな胸を張ってそう言った。

「いや、どうするんだよこのドア……」

「その辺にでも立てかけておけばいいじゃない」

 なんというか。客観的に見たら、自由奔放で少し常識ズレたところのある美少女妖精と言う、いかにも萌えそうなスミレではあるけど、ドアを壊した時のグニャっていう手の感覚とその壊れたドアの姿が僕の頭からは離れない。主観的に見て、ちょっと怖い。

 そんな僕の気持ちも知らず、スミレはぐいぐいと前を進む。

「ついたわ。ここが、諸悪の根源がいる部屋よ!」

「ここが……!」

 辿り着いたのは、とある部屋の前。

 部屋のドアには紙が貼ってある。

「トライアンクルプリンセス控室……って!ここはトラプリの控え室じゃないか!」

 やばい、この奥に本物のトラプリが居るかも知れないってことだろ? 緊張してきた……!

「行くわよ……」

「ああ」

 ゴクリ、と唾を飲み込む。憧れのトラプリと対面する心の準備をしながら、スミレがドアを開けるのを待つ。待つ。

「……早く開けろよ」

「何言ってるの?私が開けられるはずないでしょ」

 そうだった、オタクにしか干渉できないんだった。

 深呼吸一つおいて、僕は部屋に入った。


 ……暗い。空気までもが暗いようだ。

「これは……ひどい瘴気ね。こんなところ、長くいたら正気じゃいられないわ」

「こんな時にダジャレで遊ぶなよ」

 スミレを嗜めつつ、部屋の様子を伺う。

 空気自体が暗く感じ、部屋がどこまでも続く闇のように思えたが、改めて冷静に確認すると部屋の隅に三人の少女が居ることに気づいた。

「トラプリだ……!」

 見間違うはずがない。ライブ映像で何百回と見たあの衣装だ。

 本物のトラプリが、目の前に、居る!

「……誰!?」

 三人が僕を見る。どう考えても、今の僕は不審者だ。

「えーと、あー。不審な者じゃないんですが……」

 僕がしどろもどろになってると、隣から

「私は秋葉スミレ。秋葉原の萌えを守る妖精の頭領にして、リーダーよ!」

「……」

 頭領だったのか。こいつ。しかも頭領とリーダーで意味が被ってる。こんな格好悪い自己紹介見たことないぞ。

「……まあ、なんでもいいわ。もうどうでもいいんだ」

 スミレのことは気にもとめず、そして僕に対する興味も無くなったのか、三人はまた部屋の隅を見つめるような体勢に戻る。

 いや、スミレのことは見えてないし聞こえてないのか。

「と言うかあれ……どう言うことだ?」

「うーん、呪いのろいとか呪いまじないの類だと思うのだけど、彼女たちのネガティブな精神に反応して厄介な感じになってるわね」

「そんなことわかるのか」

「妖精だもの、わかるわよ」

 さっきの100万馬力よりも、よっぽど役に立ちそうなスキルじゃないかそれ?

「どうすればいいんだ?これ」

「とりあえず、話とか聞いてあげたらいいんじゃない?」

「僕が?」

「キミが」

 なんというか、適当だなあ。

 まあ、なんか異様にテンションが低いとはいえ、憧れのトラプリと話すと言うのは僕自身、少し嬉しい流れだ。少なくとも、彼女達とバトルになるとかより全然良い。

「あの、何かあったんですか?」

「誰……?」

「えーと、通りすがりのものです」

 なんとなく、ファンだとか言うと引かれそうで怖かったので誤魔化してしまったが、これは怪しい!

 通報されたらどうしようとドキドキしていると

「そう、通りすがりなのね」

 案外すんなり受け入れてくれた。呪いの影響か何かで、判断力まで無くなっているみたいだ。

「私たち、アイドルをやっていたの」

「はぁ」

 何かあったんですか? と言う僕の問いに対して、律儀に答えてくれるようだ。

「まあ、それがね全然うまくいかなくて」

「そうだね、最初の方は少しだけどお客さんも居たのにね」

「そうだね」

 三人で頷きながら話す。いや、表情は暗いけど、やっぱり本物のトラプリかわいいなあ。

 僕がニヤニヤを抑えて努めて冷静な顔を維持していると、三人は続けて話し始めた。

「でも、一時期を境にお客さんが減り始めてね」

「このままだと、お客さんがゼロになっちゃうってなってね」

「色々手は尽くしたんだけどね」

「ついに、前回のライブでお客さんが0人になっちゃったの」

 そう言って自嘲するように笑う。ステージ上の笑顔とは似て非なる笑顔だ。

「まだ私たちは、そこからでも頑張って立ち直れるって思ってたの」

「でも、マネージャーがその日私たちに言ったんだ」

「次が最後のライブになりました……ってね」

 その日のことを思い出してるのか、3人とも遠くを見るような目で淡々と語る。

 そんな、トラプリ自身はまだ頑張ろうとしてたのに、最後のライブの宣告をされるなんて。なんてことだ。

「そしたらなんか全てがどうでも良くなってさ」

「そう、ライブもトラプリも、みんなもどうでも良くなって」

「こんな、私たちの夢を奪う街なら、秋葉原なんてなくなっちゃえって思ったよね」

 そんな、そんなことってあるのか。まだ夢を追い続けてる途中で、横槍を入れられて諦めさせられるなんて。

 そんなの、そんなのってあんまりじゃないか!

「ほら、今の!きっと秋葉原なんてなくなっちゃえって思いを呪いが増幅して……」

「うるさい!」

 スミレが興奮したように何かを指摘してたが、それ以上に興奮している僕はそれを一蹴する。

「うるさいとは何よ……ここに何をしに来たか……」

「僕は!……ここにトラプリのライブを見に来たんだよ!!!」

 僕の魂がシャウトする。やりきれない想いと、悲しみを部屋に響かせる。

 驚いたのか、トラプリの3人も体をビクっとさせて僕を見る。

「そんな、知らなかった。まだまだ頑張ろうってトラプリが思ってるのに、解散させられるなんて……」

 ホームページには、一身上の都合によりとしか書いてなかった。

 Twitterも前回のライブから一回もツイートがなかった。

 だからこそ、真実を確かめるために、僕はラストライブは直接見にくると決心して、バイトも頑張ったんだ。

「なのに、なのに! まだトラプリは続けたいって思ってるのに! なんて世界は残酷なんだ!」

 こんな残酷な世界なら、なくなってしまってもいい。彼女たちの気持ちが僕にはわかる……!!

 そう思って、トラプリの3人の方に向き直ると、その表情から暗さがなくなっていた。

「え、あなた。私たちの……お客さん?」

「そ、そうだよ!トラプリのライブを見に来たんだ!」

 僕がそう答えると、3人の表情が少しだけ明るくなる。

「よかった!私たち、見捨てられてなかったんだ!」

「ええ、こんな私たちにもファンが居た!」

「トラプリとして、最後まで、3人で頑張ろう!」

 気づけば3人とも、僕の知っているアイドルのトラプリに戻っていた。

「今日は来てくれてありがとう。最後になっちゃうけど、今日は最高のライブをするから」

 そう言って、僕に笑いかけてくれる3人のプリンセス。ああ、天国かここは。

 幸せすぎて放心していると、スタッフらしき人がやってきて僕は外へつまみ出された。

「なんか、納得いかないけど、呪いは綺麗さっぱりなくなってたわ……」

 僕についてきて外に出てきたスミレがそう言って首を傾げている。

「そうなのか、それはよかった」

 途中から呪いとかどうでも良くなっていた僕はそっけなく答える。

「多分、あの子達は単純にラストライブもお客さん0人というのが不安だっただけなのじゃないかしら……」

「そんなことありえないよ。だって僕が居るもの」

 僕だけじゃない、きっともっと彼女達のライブをまだまだ楽しみにしていた人たちは居たはずだ。

「……色々あったけど、結果として助かったわ」

「僕も、無事にトラプリのライブが見れそうだ。よかったよ」

「結局、キミのオタクとしての”萌え”が秋葉原を救った形になったわね」

「いや、僕はただライブを見にきただけさ」

 そうしてスミレと話していると、ライブの会場時間になった。

 僕をつまみ出したスタッフとは別の人が受付をしていたおかげで、チケットを見せるとすんなりライブに入場できた。

 もちろん、受付の人にはスミレは見えていないので、スミレについてはノーチケットでスルーだ。……ちょっとずるいな。

「キミが本心からトラプリが大好きで、真っ直ぐだったからこそ、彼女たちに思いが伝わったんだと思うわ」

「当たり前だ。僕は彼女たちのファンだからね」

 ライブ会場に入場したお客さんは僕一人だった。僕一人のためだけに、3人のプリンセスはステージに立った。なんて贅沢なんだ。

 隣にいるスミレも、トラプリのファンとかではないはずなのに、なんだか嬉しそうだった。

 最後、ダブルアンコールを15分間一人で声を出しながら待ち続けてたら、また同じスタッフにつまみ出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る