2.妖精さん、現る!

 秋葉原の街を歩きながら、彼女–秋葉スミレが説明をしてくれる。

「私たちは、みんなの”萌え”の感情から生まれた妖精で、この秋葉原の”萌え”をより良いものにしていくためにいるの」

「なるほど」

「だから、”萌え”を感じたことのない人には私たちは見えないし、見えてたとしても”萌え”の心を失った人たちは見えなくなるの」

「なるほど」

「そうして、私たちは”萌え”を感じることのできる”オタク”のみんなと協力して、ここ聖地秋葉原の”萌え”をより豊かにしながら過ごしてたの」

「なるほど」

「……さっきから、”なるほど” としか言ってないけど、本当にちゃんと聞いてるの?」

「うん、聞いてるよ」

 もう何もかも受け入れるスタンスだから、「なるほど」しか言うことがなかっただけだ。

「ホントかなぁ……、なんか質問とかないの?」

「うーん……そう言われても……」

「なんでもいいわ。わからないことがあったら聞いてちょうだい」

 なんでもいい、ということなのでふと疑問に思ったことを聞いてみる。

「さっきのパンツ見せるやつ、他人に見えてない証明をするにしても、なんであんな方法にしたの?」

「……っ!!忘れるって!言ったじゃない!」

 頭をはたかれた。叩こうとした時、僕の頭に届くか微妙だったから少しだけ背伸びしたのを僕は見逃さなかったぞ。可愛いな。なんというか、萌える。

「ちょっと前から私たち妖精の間で、ああいう悪戯が流行ってたの。……だからいつものノリでつい」

「あんなこといつもやってたのか」

「うん、なんか見られてないって思うと変なことしちゃうことってあるでしょ」

「その気持ちも分からなくはないけど……」

 実際にそんな状況になったことがないから、同意はできない。

 とにかく、僕はスミレが見えてるし会話もできるから、”萌え”を感じられる”オタク”なのだろう。

 さっき悪戯された可哀想なサラリーマン風の人は、スミレが見えてなかったということなんだろう。

 ……さっきは、サラリーマン以外の人も全員スミレの方を見てなかった気がするぞ。

「さっきスミレがパンツ見せた時さ……」

「まだ、パンツって!言うか! ……もうやめてって!」

 顔を真っ赤にして僕にスミレが抗議する。

「いや、そのごめん。イジるとかそう言うつもりじゃなかったんだ。さっきのアレの時、僕以外は誰もスミレを気にしてなかったなと思ってさ」

「そうね、キミしか私のパンツは見てないはずだから、キミさえ消せばなかったことにできるね」

 恥ずかしがるフェーズを超えて、ついには目撃者を亡き者にする方針に転換したらしい。この妖精、意外と思考回路が危ない。

「早まるなって。……ということは、あの場に”オタク”が一人も居なかったってことなのか?」

 オタクの聖地、秋葉原だぞここは。いくらなんでも一人もオタクが居ないなんてことは……

「……その通りよ」

「なん……だと……」

 思わずテンプレ通りな驚き方をしてしまったが、事実驚いている。駅前にはそこそこ人がいたと思うが、その中にオタクが一人も居ないだなんて。

「思ったより、僕って珍しい存在なのか?選ばれしオタクみたいな?」

「残念ながら、半分正解、半分ハズレって感じだね」

「半分?」

 首を傾げる僕に、僕を殺そうとしていた手を止めてスミレが説明を続けてくれる。

 今、手に黒い危ない何かを持ってなかったか?本気で殺そうとしてた?

「この前までは、もっとたくさんの人が私たちを見つけてくれていて、秋葉原は私たち妖精とオタクが手を取り合って過ごす街だったわ」

「この前までは、ってことは今は?」

「そう、みんな自分の”萌え”を見失ってしまったわ」

 それで、みんなスミレたちが見えていなかったのか。

「どれもこれも、このアイツらが原因よ」

 指差すのは、ちょうど通りを挟んだ向こう側……なんだあれは?犬?

「私たちは、”魔獣”って呼んでる。あいつらがオタクたちの心を喰らって、その人の”萌え”を感じられないように変えるの」

「心を……喰らう……」

 萌えを感じられない心になってしまう。

 ただそれだけのこと、命に別条はないのかもしれない。

 しかし、萌えというのはその人の信念であり、同時にその人が見出した一つの真理なのだ。萌えを感じられないまま、オタクを続けることなど不可能だろう。

「最初は、軽く考えてた。魔獣を倒せば終わりだと思ってた」

「思ってた……ということは」

「ええ、そうよ。倒したと思った魔獣は、次の日また現れた」

 スミレの表情は暗い。きっと辛い記憶を思い出しているのだろう。

「私たちも何人かの”オタク”たちと、力を合わせて魔獣討伐を試みたわ。でも、最終的にみんな心を喰われてしまった」

「……」

 スミレが語る過去は暗く、かける言葉が見つからない。

「そして、この街から、”オタク”は居なくなったわ」

「……そいつはヘビーだな」

 まるでオタク文化の栄える前の秋葉原にタイムスリップしたかのごとく、オタクの居ない街、それが今の秋葉原なのだと言う。

「……そこにノコノコとやって来たのがキミってわけだね」

 暗くなった空気を変えるためか、茶化すようにスミレが言う。

「ノコノコは余計だろ。ワクワクしてやって来たんだ」

「よっぽど田舎に住んでるのね、魔獣の影響が一切ない”オタク”なんて、久しぶりに会ったわ」

「余計なお世話だ」

「でも、本当に助かったわ」

「助かった?」

「私たちと一緒に……魔獣を倒して欲しいの」

「だが断る」

 会話の流れは掴めていたので、ノータイムで返せた。初めて上手く行った。そこはかとない達成感だ。

「……っ!!」

 しかし、流石に茶化すタイミングを間違えたのか、スミレから怒りの波動を感じる。

「た、倒すって言ったって、魔獣は倒せないんじゃなかったのか?」

 身の危険を感じるその怒りを鎮めるため、僕は慌ててフォローする。

「……そうよ」

「じゃあ、どうするんだよ」

「根源を叩く」

「わかるのか?根源が」

「この前、ようやくわかったの」

「じゃあ、お前たちで叩けばよかったじゃないか」

「……できないのよ」

「なんで?」

「私たちは、”萌え”そのものだから。”萌え”は”オタク”しか干渉することもされることもできないルールだから」

 つまり、根源も魔獣もこいつらだけだとどうしようもないってことか。

「案外……役立たずなのなお前たち」

「役立たずじゃないし!」

 役立たずと言った途端、頬を膨らませて可愛く怒る。さっきのパンツのくだりと全然怒り方が違うんだけど。

「私たちは”オタク”に”力”を貸すことができるの」

「”力”って?」

「”力”は”力”よ」

「Power?」

「Yes,Power!」

 なぜか流暢な英語になった僕に、流暢な英語で返してきた。

 パワー……ってなんだよ。

「具体的には……そうね、大体2tトラックくらいまでなら片手で持ち上げられるようになるわ」

「まんまパワーなのかよ!」

 もっとリリカルマジカルなパワーを想像してた!全然違った!

「とにかく!私たちは役立たずなんかじゃないわ」

 果たして、その有り余るパワーはどう役立てればいいんだろうか。

「僕はトライアンクルプリンセスのラストライブを見に来たんだ。悪いけど、スミレを手伝う暇はないよ」

「奇遇じゃない」

「へ?」

「ラストライブの会場、ライブスペース『スイートステージ』が、根源のいる場所なのよ」

「なん……だと……」

 2回目は面白くない。わかってたけど、そう反応するしかなかったんだ。許せ。

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