第7話 桃園の宴

 集った人々と、長い長い卓に並べられた料理に酒。笛やことと共に奏でられる軽快な音曲おんぎょく、踊り子たちを彩るのはひらひらと舞う桃の花弁だ。


 目に飛び込む鮮やかな桃園は、の宴をオレに思い起こさせて胸が詰まる。

 ここの者たちは張飛オレのことは知らないし、あの誓いのことだって知らないだろう。こいつらにとってのオレは守護仙の『燕人えんひと』であって、オレじゃない。


 それなのに――。


「燕人さま! さあ、こちらの席へ!」


 皇帝が勧めたのは壇上にあるど真ん中。本来ならばそこは皇帝の席だろうという場所だ。


「いやいや待ってください、皇帝陛下。オレは『燕人』かもしれませんが、降臨した体は後宮妃である飛燕のもの。それにオレは一介の武人で、地位は将軍だ。このような分不相応に敬われても……オレは振る舞いを変えられないし、奥底にいる飛燕も恐縮がって震えている」


 そう言ったが、オレの中の飛燕は立ったり屈んだりスクワット運動をしているような感じがする。きっとこれは飛燕なりに無心になろうとしてのことだろう……と思う。


えい翼妃よくひが? 彼女はあなた様の中にいるのですか……?」

「おう。どうやらオレと入れ替わってしまったようだが、オレの奥底には飛燕の欠片がいるような気がする。どういう事なのかは分からんがな。だからオレは『燕人』であると同時に、飛燕でもあると思っている」


「そうですか……」

「陛下。この国においてあなたより上位の者がいてはいけない。それでは示しがつくまい」


『燕人』は守護仙として崇められる対象なのかもしれねぇが、国の頂点は一人でなくてはならない。皇帝より上位の者がいては国が乱れる。必ずだ。


 上に立つ者は舐められたら終わりだからな!


「オレはこの国の騒乱の種になる気はない」

「燕人さま……! では、せめて私が横に並ぶことをお許しください。友……いえ、義弟にしてくださいませんか……!」



 皇帝の野郎がキラキラした目で、少し屈んでオレを見つめている。

 なかなかの美丈夫だなと今更気が付いたのは、この体が女だからだろうか? しかしこんな近距離に顔を寄せてもドキリともしないのは、矛盾しているがオレが男だからだろうな。


 しっかし義弟? オレの? 将軍になってもいつまでも馬鹿をやっちまうオレに義弟だと?


「ははは! オレに義弟なんざ百年早ぇえよ!」


 あの兄貴たちが新しく義弟を持つなら分かるが……。いや、やはり三人だけの義兄弟でいたい気もするか。ハハッ。


 あなた様が『燕人』さまであるか飛燕であるか、それについては追々お話しいたしましょう。皇帝がそう言ってくれたので、一先ずオレは二番手として皇帝の隣にドカリと座った。

 まあ、後宮妃としてもそれ程おかしなことじゃないだろう。多分!






 さかずきになみなみと注がれた酒をグイッと飲んで、オレは上機嫌で桃色に彩られた空を仰ぎ見た。


「……なんじゃありゃ?」


 青い空には白く大きな鳥が飛んでいる。

 その大きさは鷹なんか目ではない。大きさだけで言えば……馬? いや、それよりもデケェ気がする。しかしあの特徴的な羽と尾の形、姿こそ真っ白であるし大きさが桁違いではあるが燕によく似ている。


「あれは我が国の守り神でもある『白燕はくえん』です! 妖獣ようじゅうではありますが、人を襲うことはない空を駆けるだけの妖鳥です」

「あん? 妖獣? 妖鳥?」


 少々酒が回りすぎたのか頭が悪ぃのか、言ってることが分からねぇ。

 いやまだ全然飲んでねぇんだがな? 樽に換算したらまだ上澄みなんだが、なんでか今日はやけに酔う。


「仙界には妖獣や妖魔はおりませんでしたか」

「……まあ、いねぇなあ」


 そもそもオレがいたのは仙界なんかじゃねぇんだが、『守護仙』だけに『燕人』はエライ仙人だか何だかと思われているんだろう。


 しかし妖魔に妖獣か。妖術なんかもあるのだろうか?


『蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし』とのたまったあの黄巾の男は、妖術だか仙術を使うと言われてたし、蜜柑から中身だけをすっかり抜く悪戯をした方士もいたというが……?

 真実はどうだかオレは知らん。


「なあ、ここには幽鬼ゆうきも出るのか?」


 オレは化けて出るようなもんは苦手だ。力ずくでいけるもんはいいが……実体のない、よく分からないものは正直気味が悪ぃ。


「おりますなぁ。まあ、滅多なことでは出ないものですが」

「出んのかよ……」

「ははは! それでは簡単に、我が国と大陸のご説明をいたしましょう!」


 皇帝がそう言うと、準備していたのだろう大きな地図と水盆が用意された。


 そして、広げられた地図の形はオレが知っている中華ではなかった。

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