第6話 泣いて菓子を食う

「情けねぇ……」


 それに飛燕ひえんは、一番近しい部下――侍女たちに泣いてもらえるような女だったのか。ああ、オレとは大違いの正反対だ。だってのに……無茶をしすぎて逝っちまったなんて勿体ねぇ。


 いや、だがその無茶のおかげで部下に討たれたオレが、この燕国へ来ることができたのだろうが……。


「会えるもんなら会ってみたかったぜ、飛燕……」


 そしてオレは、微妙な気持ちでそろりと首を撫でる。

 かつてとは似ても似つかない細い首に細い体。だが意外と悪かない。腕には力こぶができるし、美しい衣装の下の腹は六つに割れている。


 突然女になっていて訳が分からねぇし戸惑ったが、女の体であってもげきは振れたし足腰も思い通りに動いたし跳べた。


 どれもこれも、無茶しいの飛燕が遺してくれた、飛燕の努力の賜物たまものだ。


「……」


 そっと目を閉じ、オレは心の奥底を見つめる。

 感覚でしかないが、この体――オレの中には飛燕もいる気がする。しかもなんでか喜んでいる気すらする。


香風かふう風琳ふうりん。お前たちの主人の代わりにオレが飛燕の夢を叶えてやる」


 これが本望だったわけではねぇだろうが、飛燕。オレに任せろ。そこで見ていろ。

 この”燕人“ がお前の体で、お前が憧れた強い女になってやんよ!!


 心の中でそう宣言してやったら、オレの奥底で眠っているんだか魂なのか残留思念なのかなんだか分からん飛燕が、その鍛え上げた脚で飛び跳ねはしゃいでいるような気がした。


 本当に、面白くていい女だな! 飛燕!


「ああ、それからよ」


 オレは立ち上がり、香風と風琳を見つめた。オレには、駄目で馬鹿なオレには、二人に言うべきことがある。


「どうかなさいましたか? 燕人さま」

「お茶のお代りですか? 燕人さま」


「いや、その…………オレは飛燕じゃないが、だがオレにも……侍女として仕えてくれると有難てぇ……」


 そうボソリと言ったら、二人は少し赤い目を、これでもかという程に丸くした。そして突然、ポロポロと大粒の涙を零しはじめた。


「ああ!?」


 なんだ!? オレは何かおかしなことを言ったのか!? 亡くした主人のために泣かせてやれなかったことは悔やんだが、オレが泣かせる気はなかったぞ!?


「も……勿論です! もう……! 飛燕さまと同じことをおっしゃるなんて……!」

「飛燕さまが後宮に入られた時も……わたくしたちに『侍女として仕えてくれると有難い』って……!」


 香風はハラハラと涙を流し、風琳はわんわん声を上げて泣く。


「あ~そうか」


 同じ言葉か。こりゃ飛燕の欠片の影響かもしれねぇな。

 このオレが、年下で目下の女に「世話を頼む」だなんて言おうと思ったこと自体が奇跡だ。のオレは、部下なんてのはオレの言う通り、オレが気分よくなるように動くもんだと思っていた。敬われるのも仕えられるのも当然だと思っていた。


 オレは自分の変化をうっすらと感じ、気恥ずかしいような気分で頭を掻いて横を向いていた。そうしたら、突然右手をギュッと握られた。

 まだ涙で瞳を煌めかせている香風だ。


「変わらず、あなた様にお仕えいたします」


 涙声でそう言った。

 そして左側からは、風琳が少しの背伸びでオレに抱き着いて、香風と同じ言葉をくれた。



 しかし――。

 まだ泣いている風琳を抱き締め返し、ついでに香風も抱き寄せてしまたが、この体は飛燕だが中身のオレは五十過ぎの髭面だってことは言わないでおこう! と思った。


 だってなあ! 知られたら世話してもらえなくなるかもしれねぇだろ!?



 ◆



「燕人さま、酒宴のご用意が整いました!」


 しばらく経って迎えがやってきた。

 迎えの男は、オレと同じ卓子テーブルに着きお茶と菓子を口にしている侍女二人を見てギョッとしていたが、オレが無理を言ったのだと伝えれば察してくれた。


 香風と風琳は泣きすぎて目が腫れてしまったし、化粧も崩れてしまったらしい。だから二人には後宮へ戻って休むように言っておいた。どうせ侍女なんて、酒宴で楽しめるわけではないだろうからな。



 そうして、オレが連れられて来られたのは皇宮の中の一角。

 圧倒されるくらいに咲き誇った、春色の桃の園だった。

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