第2話 ジャーンジャーンジャーン! “燕人” 張 益徳
オレの名乗りと
その刹那、牙を剥き出しにした虎が高く跳んで、オレは
「オラァッ!!」
「ギャゥン!」
一撃、虎は仰向けになって盛大に吹っ飛んだ。
人も獣も喉を突かれれば堪らないもの。オレは倒れた虎の背にヒラリ飛び乗ると、腕に引っ掛けられていた
そして素早く帯を解くと、虎の口をぐるぐる巻いて縛り、脱いだ
「よし、これでいい。おう! 誰か虎を引き取りに来い!」
しばらくすると、回廊の向こうから鎖を持った兵士が駆けつけ虎を運んでいった。
「ったく、ちゃんと首輪つけとけよなぁ」
虎ではあるがあれは飼い猫だ。どうにも物足りねぇなと苦笑いで頭をガシガシ掻いてたら、軽く立ち回ったせいか
ったく、衣装だけでなく長ったらしい髪も邪魔で仕方がねぇ。
「あ、あの……!」
「ん? ああ、帯使っちまって悪かったな。上等なもんだったろう?」
へたり込んでいた女は顔を横に振り、何故か瞳を輝かせオレを見上げている。
「なあ? ところでちょっと教えてほしいんだがよ、ここは一体どこだ?」
オレがそう訊ね振り向くと、女たちだけでなく周囲の人間も
「ここは
「……燕? 後宮、だと!?」
後宮といえば、美女千人ともいわれる皇帝の妃がいる場所だろう?
なんでそんな場所に……って、そうか、
「どういうことだ?」
「恐れながら……ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ん? ああ、構わん」
「先程、『
「ああ、言ったな。それがどうした?」
そう返したら、平伏していた者たちから感極まったような声が上がった。何故かお互いに手を取り喜んでいる。
「……あぁ?」
“燕人”なんて、言い慣れたオレのお決まりの口上だ。
だってオレは “燕人”
◆
「
何が何だか分からねぇうちに衣装を整えられたと思ったら、見たところそこそこ高位だろう兵士がオレを迎えにきた。
着飾った
やけに鮮明に映る鏡で目にしたこの飛燕は、なかなかに美しい娘だった。
豊かな黒髪にキリリとした眉の整った顔。ツンと上向いた胸に、まあまあ細い腰と形のいい尻。しかしどうしたことだか、腕や脚は思ったよりも硬く、それから腹はうっすらと六つに割れている。
こんな女は見たことがないと首を傾げていたら、衣装替えをしていた侍女たちがスッと目を逸らし、揃って
そうして着飾らされたオレの姿はまったく見事なもの。
こう見えてオレは絵心があるからな! 女の衣装のことはよく分からんが、この装いはいい趣味だと上機嫌で廊下を歩いていた。そしてあの回廊に差し掛かったところで、面白い声が降ってきた。
「――まあ、ご覧になって? 野蛮な
「珍しいこと! いつもは宮女のような格好で武器を振り回しておりますのに!」
クスクスと、全く忍んでいない忍び笑いが聞こえ、オレはスッと視線を上げた。
高く結い上げた髪に派手な簪をつけた年若い美人。黒の
うーん。贅沢で豪華な装いだが、少々品に欠けてるな。
「あちらのお口の悪い方は
「上級
「プッ……下品か。にしても後宮っぽい洗礼だな」
これはこれで面白い。どこだろうと、知らねぇ世界を覗けるのはワクワクするもんだ!
「『燕人』さまだなんて……狂言でなくって?」
「思い込みかもしれなくてよ? そもそも
「ええ、ええ! 武門の名門
よくもまあ、四方八方から悪口がぽんぽん飛んでくるもんだ。
飛燕は日頃からこんな中にいたとは……後宮妃もなかなか大変なものだなぁとオレは苦笑するが、しかし。
一歩進む毎にこれではさすがに煩わしい。
オレは歩を止めて、威圧を籠めてギロリと周囲を睨んだ。
すると女たちはビクリと肩を揺らし、揃って口を閉じ押し黙る。
だが、その中でただ一人。
濃い赤色の衣装をまとった女だけが、変わらぬ視線でオレを睨んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます