後宮【異世界】張飛伝 ~酒飲んで起きたら女になってたけど蛇矛で今宵も暴れます~

織部ソマリ

第一章 目が覚めたら後宮妃になっていた

第1話 げえっ!め、目が覚めたら女になって後宮にいた……だと!?

「――……ッ、てぇっ!」


 ズキン! という頭の痛みで目が覚めた。

 ぼんやり開けた目に飛び込んできたのは、お綺麗な天井と眩しい陽の光り。そして体に感じるのは硬い床の感触だ。


 ああ、これはまた酔っぱらってそのまま寝ちまったか? オレはそう思いノロノロと体を起こすと――。


「い、いけません! まだ起き上がっては……!」

「急にお倒れになったのですよ! ああ、早く侍医じいを!」


 ヒラヒラした上等そうな衣装をまとった女たちが、オレを囲んでオロオロとしていた。


「ああ?」


 ――誰だコイツら?


 こんな綺麗どころオレのとこにゃいねぇ。それにオレが飲んでたのはこんな整った庭園がある回廊なんかじゃねぇ。


 昨日は確か、露台ろだいで月を肴に酒を飲んでいたはずだ。

 いつものように浴びるほど飲んでいい気持ちになって……ああそうだ、ガツン! と後頭部を殴られた衝撃を憶えている。

 それから振り返りざまに見えた、部下の范彊はんきょう張達ちょうたつの姿。


「アイツら……オレを殴りやがったのか!」


 ブワッと怒りが湧き上がり、そして思い出した。

 あの時、がなる間もなく首に感じたヒヤリとした熱。あの腹の底から凍えるような、ゾッとするあれは――。


 オレは首にパッと手をあてた。首は、繋がっている。


「……ある」


 当たり前だ。こうして生きているんだし、思い起こせるってこたぁ頭がついてるんだろう。


「はぁ。バカバカしい……夢でも見たか?」


 独り言を呟き立ち上がって、違和感に気が付いた。


 なんだ? 何かがおかしい。


飛燕ひえんさま、お体に痛みはございませんか?」


 オレが眉根を寄せて首を傾げると、女は更に心配そうな顔になり、再び『飛燕さま?』とオレの目を見て言った。


 さま? 飛燕さまって誰だ?


 いやちょっと待て。なんで真正面からオレを覗き込む女と目が合ってるんだ?

 そんなわけないだろう。身の丈八尺のオレと女の目線が同じなんて有り得ねぇ。


「ああ、ちょっとまだ頭が……」


 戸惑いながらそう言ったオレの声はまるで女のように高い。


「飛燕さま? お顔の色が悪うございます」

「いけません、早くお部屋へ……!」


 オレはまとわりつく女たちを無視して喉に手をやった。


 シュ、という衣擦れの音がして目を下げれば、ほっそりとした白い指と艶やかな衣が目に入った。目を丸くして思い切りうつむくと、今度は谷間も立派なが! まさかの胸が目に飛び込んできて、オレは瞬いた。


 混乱のままにその両胸をわし掴んで、今度は目を見開いた。


 柔らかい!! 手に余る!? 指が沈むほどぎゅうっと掴んだら、爪が食い込みその痛みではオレの体なんだと理解する。


 いや、理解なんかできるわけがない!! 


「なっ……なんじゃこりゃあ!!!!!?」


 お、女だ! オレが、このオレ様が女になっちまってる!?


「わ、訳がわからねぇ……!」


 頭がぐわんぐわんと揺れて天井が回った。


 なんだこれ? オレはまだ酔っぱらってんのか? まだ寝てんのか? これが夢ならどうしたら目が覚める!?

 悪い頭で思考を巡らせていると、遠くのほうから「キャーッ!!」という女の悲鳴が聞こえた。次いで慌ただしい足音も聞こえ出し、オレの思考と眩暈はあっさり解散してしまう。


「チッ! 何事だ」


 滅多に考え事なんかしねぇから、頭の中に並べたことがどっか行っちまったじゃねえか! ついでにもう女だろうが何だろうがどうでもよくなってきたぞ!?


「いやだ、なんでしょう」

「ま、まさか賊!?」


「皆さま、お下がりください」


 怯える女たちの陰から、武装した護衛らしき女が前へ出た。

 鎧をまとうという珍しい出で立ちの女にオレはちょっと驚いて、その場に突っ立ち護衛女をしまう。


 一拍おいて、向こう側から人が転がり出てきて「逃げろ!」と叫んだ。そして次の瞬間、何かが物凄い勢いで庭木を飛び越え、オレたちの目の前にドスンと降り立った。


 そこには可憐な花を踏み倒し、陽光を背にした虎がオレたちを見下ろしていた。


「グルゥ……」


 腹に響く唸り声を上げ、ゆらあり尻尾を揺らして牙を見せている。


 興奮しているのだろう。琥珀こはく色の瞳を爛々らんらんとさせ、『さて、この人間たちをどういたぶって遊ぼうか?』そんな無邪気な凶暴性に瞳を煌めかせている。


「ヒッ……!」

「こ、こんな獣……ッ」


 侍女たちも護衛の女も真っ青な顔で身を震わせている。

 まぁ、そりゃそうだろう。女が、人が。猛獣である虎なんかに敵うはずがない。


 だが――。


「アッハハ! 虎ごとき……呂布のほうがよっぽど手強いぜ!!」


 こんな程度のちっぽけな威圧感、なんでもねぇ!


 オレは護衛女からげきを奪うと、虎の前に立ちはだかりニヤリと笑った。

 愛用の得物でないのは少々不満だが、虎と戦うのは初めてじゃねぇし、ちょっと睨んだだけで苛々ビクつくような獣など敵ではない。


 だがオレが戟を構えると、どこからか男にしては甲高い声が飛んできた。


「お、お待ちを~! その虎は皇帝陛下のもの! き、傷付けてはなりません〜……!!」

「はぁ? ったく……仕方ねぇなあ」


 生け捕りは少々手間がかかる。

 それになんだか知らねぇが、今のオレは女。いつも通りいくかは分からねぇが――。


「――俺は “燕人えんひとちょう 益徳えきとくだ!! 虎野郎、かかってこい!」


 オレの名乗りと啖呵たんかがビリリと響いて、周囲がざわめいた。





***


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