31 愛の時間、そして
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2人はついに結ばれた。まるで前世から定められていたかのように。異教徒、そして外国人であっても、愛し合う2人を引き離すことなどできはしない。
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デザートをテーブルに残したまま、ジェニファーはユーセフに手を引かれ寝室に入った。部屋の中央に大きなベッドが置かれ、壁にはめ込まれたキャンドル風のランプからやわらかな光が投げかけられている。
ユーセフは部屋に入ると、ジェニファーのほうを振り返り、目を見つめた。
ジェニファーがスカーフをはずそうとして手でつかむと、ユーセフが足早に寄ってきて、その手をつかんだ。愛の営みをするときもスカーフをはずしてはいけないのだろうかと、いぶかるように彼の顔を見上げた。
「わたしにさせてほしい」
ユーセフはそう低い声で言うと、ジェニファーのスカーフをするするとはずした。スカーフが取り去られたときの勢いで、金髪が一瞬ふわりと宙に舞い、波打ちながら肩に広がった。ユーセフの口から感嘆の声がもれた。次いでボレロを肩から滑らせると、今度はむきだしになった肩から腕をやさしくなでさすった。ジェニファーは自分もユーセフの肌に触れたくて、たまらなくなった。耐えきれずに、両手を伸ばしてトーブの胸もとのボタンをはずそうとした。どうやって脱がせるのかわからなかったが、少なくともボタンをはずせば彼の胸に手を当てられる……。だが、胸に届く寸前で、ユーセフはその手をつかみ、手首を片手で握ると、キャミソールを下からめくって一気に肩から頭、そして腕へと引き抜き、手を放した。ジェニファーが頭を振って髪を肩のうしろへ戻すと、形よく盛り上がった乳房があらわになった。ユーセフははっと息をのみ、それからゆっくりと頭をかがめて、彼女の肌を愛撫しはじめた。
「ねえ、お願い、わたしにもあなたをさわらせて」
ユーセフはなにかぶつぶつとつぶやくと、あっという間にトーブを頭から脱ぎ去った。するとたくましい筋肉に覆われた胸と腕とがむきだしになった。今度はジェニファーが息をのむ番だった。ユーセフの胸に手をあてがい、指先を滑らせる。ユーセフの口からため息がもれたが、すぐにその唇はジェニファーの肌に押しつけられた。いつのまにかブラジャーがはずされ、スカートが床に滑り落ちる。その下はパンティだけしか着けていない。ユーセフの口が優しく片方の乳房の先端を含み、もう片方の乳房を大きな手でそっとなぞる。乳首の先が強い刺激を体の芯に伝えた。もう立っていられないと思ったとき、たくましい腕にすくい上げられた。
「わたしのジェニファー、愛する人……」
ユーセフはそうささやきながら、しずかにジェニファーをベッドにおろした。
夢を見ているようだった。ジェニファーは幾度も頂まで突き上げられては、ユーセフといっしょに飛び立った。まるで鷹になったようだった。ジェニファーに初めてのエクスタシーを与えてくれる、愛しいユーセフだ。ふたりはまるで前世から結ばれると定められていた男女のように、なにもかもが完璧に合った。ユーセフの肌はすべすべとして極上の絹のようで、たくましく、やさしかった。ジェニファーに細やかな心づかいを示し、彼女が最高の地点に達することに全身全霊をかけていた。そして、ジェニファーはそれに同じだけの熱意と誠意をもって応えた。
めくるめくような何時間かがあっという間に過ぎたあと、ユーセフは横向きになってジェニファーを引き寄せると、真剣な顔でジェニファーをのぞき込んだ。
「ほんとうはもっとロマンティックにするつもりだったんだが、もうこれ以上、待てそうもない。ジェニファー、愛している。わたしと結婚してほしい。わたしはきみを必ず幸せにすると誓う」
ジェニファーはうれしくて涙がこみ上げた。ああ、でも……。
「ああ、ユーセフ、心からあなたを愛しているわ。あなたの妻になれたらどんなにすてきでしょう。でも、わたしたちはまったく違う世界に住んでいるのよ。あなたは国王になる人だし、わたしは異教徒のアメリカ人だわ。わたしと結婚したら、あなたはとても苦労することになる。わたしには苦しむあなたを見るのが耐えられない」
王子はジェニファーを胸に抱き寄せると、金髪の頭に唇を押しつけた。
「わたしにとっては、きみといっしょにいられないことのほうが何十倍も苦しい。ムスリムでも異教徒と結婚できるし、王になるからといって愛する人と結ばれてはいけないという法はない。きみがわたしを愛してくれるなら、どうかイエスと言って、わたしを幸せにしてほしい」
「ああ、ユーセフ、ユーセフ……わたし……」
ジェニファーは胸が詰まってその先が言えなくなった。目にうれし涙をいっぱいためて、心をこめてユーセフを見上げ、ただうなずいた。
「きみのその目には見覚えがある。それはわたしのことを心から思ってくれているという目だ。アッサラーム・アライクム(あなたに平安がありますように)、ジェニファー。もうきみはなにも心配することはない。わたしの妻になる人だから」
「愛しているわ、ユーセフ、ワ・アライクムッサラーム(そして、あなたにも平安がありますように)。わたしの愛する人――」
翌朝、ユーセフはジェニファーを連れて父、アブラハム国王の王宮に行った。ラシードの屋敷とはけた違いの豪華さだ。拉致されたのはほんの1週間前のことなのに、今でははるか昔のことのように思われた。ジェニファーにとってはもちろん、ユーセフにとってもつらい思いをさせられた事件だったが、考えてみれば、あの事件があったことで、ふたりは互いに対する思いをはっきりと確信できた。結果がよければすべてよしだ、とユーセフは思った。
そして、そのよい結果を願って、今ユーセフはジェニファーと2人、両親の前にひざまずき、祝福を請うていた。
「結婚だと? この父になんの相談もなく勝手に決めたのか、ユーセフ? おまえらしくもない軽卒な行動ではないか」
アブラハムはまだ60歳で、ふだんは精力的に公務もこなしていたが、ラシードの一件で受けた精神的な打撃が大きく、このところめっきり老け込んで見えた。母はなにも言わずに控えている。
「急であることはたしかにそうですが、軽卒な行動だとは考えません、父上」
ユーセフはきっぱりと顔を上げて言った。
「事前にご相談しなかったのはもうしわけなく思っています。ですが、ヒジャド家の家系には、直観的に最適の相手を見つける才能が血のなかに濃く流れているのではありませんか?」
アブラハムが苦虫をかみつぶしたように眉根を寄せ、口もとをすぼめた。母の目がやさしい笑みをたたえた。ユーセフは両親が、ユーセフに負けず劣らず電撃的な結婚をして世間を騒がせたことを祖父から聞いて知っていた。
砂漠の鷹狩りで、鷹の帰りを待っているときなど、祖父はよくユーセフの知らない両親の出会いを話してくれた。父は母ラティーファを見そめたとき、王位継承権を捨て駆け落ちすることも辞さないと宣言して、祖父を驚かせたのだった。そして国王のただひとりの令夫人として、ラティーファを溺愛している。自分もきっとそうなるにちがいないとユーセフは確信していた。
「まあ、おまえたちふたりにはこの国の未来を助けてもらったも同然だ」
国王は親子に等しく流れているらしい情熱的な血については触れようとせず、さらりと話題を変えると、正面から息子と未来の妻を見据えた。
「そして、この国の未来を背負っていくには、2人の二人三脚が不可欠だ。ユーセフ、おまえがこの娘こそ自分の相手だと確信しているなら、そしてジェニファー、あなたが息子を心から愛し、支えてくれるなら、わしには反対する理由はなにもない」
「ありがとうございます、父上。ジェニファーは卓越した頭脳と才能の持ち主です。今建設中の液化天然ガスの、さらにその10年、20年、いえ、100年先を見越した研究に骨身を惜しまぬ、すばらしい技術者です。必ず、わたしを助け、この国の未来を豊かにしてくれる人です」
ユーセフの熱い言葉を聞いて、国王は2人が部屋に入ってきてから初めて、頬をほころばせた。
「そうか、それは頼もしい。よき妻を見つけたな、ユーセフ。そして、ジェニファー、わしからも祝福を授けよう」
「ふたりとも、おめでとう、幸せになってくださいね」
ほっとしたように王妃も心からの笑みを浮かべ、祝福の言葉をのべた。
「国王陛下、王妃様、わたしにはもったいないお言葉です。わたしの力がお役に立つのであれば、誠心誠意、それをこのシャスヒ王国のために使わせてください」
いまや国王夫妻は満面に笑顔を浮かべていた。
「父上、婚礼について提案があるのですが」
「なんだ? まさかあしたにでも結婚したいというのではあるまいな」
「いえ、ラシードはわたしの誕生日に“花火”を上げようと計画していました」ユーセフは、ここで言葉を切って、ジェニファーに片目をつぶって見せた。「せっかくですから、その日に挙式をして、盛大に美しい花火を上げるというのはどうでしょう。自宅にいるラシードの耳にも届いて、いっしょに祝ってもらえるでしょうから」
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