28 地下室を目指せ

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ユーセフは腹心の部下たちを連れ、ラシード宅に乗り込んだ。召使が地下室の出入り口をこっそり教えてくれたが、気づいたラシードは、ジェニファーを地下室から連れ出す。


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 ユーセフは腹心の部下を4人引き連れ、ラシードの邸宅に乗り込んだ。

ジェニファーが気丈にふるまう顔が頭に浮かぶと胸が痛んだ。

無事に連れ出そう。

ユーセフは、あらためて心に誓った。

 出かけるときに、ふいに昨日のジェニファーのスカーフが、先日セナに見せたものと同じだったことを思い出し、鷹部屋に立ち寄った。何かの役に立つかもしれない。

 前触れなしの皇太子の来訪は、ラシードの家の者たちを驚かせた。執事が、ためらいがちにぐずぐずと大きな扉をあけるのを待たず、ユーセフは肩でこじあけた。

「ラシードに会いにきた。取りつがず、今すぐ宰相のいるところにわたしを案内するように」

 有無を言わせぬユーセフの強い態度に執事は目を白黒させたが、王子の背後に控えた部下たちの手に銃が握られているのに気づくと、あわててうしろに飛びすさった。

「すなおに案内してくれれば、おまえたち使用人に危害を加えることはない」

 ユーセフはなおも威圧的な姿勢を崩さず、ずかずかと邸内に押し入った。

「ラ、ラシード様はまだご自分の寝室にいらっしゃいます」

「それなら今すぐ寝室へ案内を」

「それはどうぞご勘弁ください。わたくしがラシード様に叱られます」

 執事はぶるぶると震えていた。たしかに、そんなことをしたらラシードはこっぴどく執事を叱りつけ、手荒なことをするにちがいない。

「よし、それなら勝手に行くまでだ。寝室はどっちだ?」

 執事はほっとしたように、腕を伸ばし広間の階段の上から左に延びる廊下を指差した。

「突き当たりのお部屋です」

 ユーセフたちは1段置きに階段を駆け上がり、廊下を進んだ。念のため途中の部屋を片端から捜索していく。1階の広間が吹き抜けになっているため、2階の廊下は左側が手すりで、右側に部屋が並んでいる。どうやらここは夫人たちの部屋のようだった。

 騒ぎに驚いたお付きの者たちがこわごわと廊下をのぞいては、ユーセフたちの姿を目にしてあわてて首を引っ込める。廊下は半円を描いてめぐり、いちばん端にラシードの寝室らしき部屋があった。周囲の部屋は女たちの声や足音でずいぶんにぎやかなのにもかかわらず、ラシードが自分から出てくる様子はなかった。

ひょっとして、ここにはいないのかもしれない。ユーセフの心に疑問が湧いた。犯人はラシードにちがいないと確信し、ジェニファーがこの邸内に連れ込まれたと信じていたが、ここではない場所という可能性もある。

 ラシードの寝室の前で立ち止まり、部下たちに銃をかまえさせた。ユーセフの斜めうしろの左右にふたりを残し、別のふたりにドアをあけさせて――必要ならば蹴破ってでも――入るよう示した。部下たちは指示されたように行動したが、ドアに鍵はかかっておらず、あっけなくあいた。部屋のなかはからっぽだった。

 ラシードはどこだ?

 階段からは、この廊下と反対方向にも廊下が延びている。きびすを返すと、今度は右手の手すり越しに広間を見おろしながらユーセフたちは廊下を進んだ。だが、こちらに人の気配はなく、なんの手がかりも得られなかった。1階にも部屋はあったが、ユーセフは気にかかったことがあり、ふたたびラシードの寝室へ戻り、なかへ入ろうとした。と、そのとき、隣接する部屋のひとつから、白いベールで顔を覆った使用人らしい女がおずおずと進み出て、ユーセフの前になにかを差し出した。

 白いベールの女が差し出したのは、革のブレスレットだった。光沢のある茶色い石がついている。ユーセフははっとした。

「これをどこで手に入れた?」

 女はおびえた目でまわりをうかがってから、ユーセフを見上げた。

「白い肌の外国のかたが手首につけていらっしゃいました。わたしはそのかたのお世話を命じられました。着替えをお手伝いしたときに、手首からはずれてしまったのを、なくさないようにと持って来ておりました」

「その女性はどこにいる?」

「ラシード様の寝室から、地下室へおりる秘密の入り口がございます。あのかたはその地下室で眠っていらっしゃいます」

「無事なんだろうな?」

「はい、もちろん。ただ薬で眠っているだけです」

「ありがたい。そこへ案内してくれるか?」

「はい、ですがどうか、その場所をわたくしに聞いたとはおっしゃらないでください。このブレスレットが地下への入り口に落ちていたことにしていただけないでしょうか?」

「それはかまわないが、なぜだ?」

「わたくしはラシード様の第1夫人アイーシャ様に長年お仕えしております。ラシード様はアイーシャ様の同意を求められることなく、あのかたを愛人になさろうとしています」

 疑っていたとはいえ、はっきり事実としてそう聞かされると、胸が締めつけられるようだった。

「わたくしはこれ以上、アイーシャ様につらい思いをしていただきたくないのです。ですから、あのかたを連れ出してくださるのでしたら、喜んでお手伝いいたします。けれでも、もしわたくしが手引きしたことがラシード様に知れましたら、アイーシャ様のおそばを離れなければならなくなります。どうか、わたくしがお手伝いしたことは、殿下おひとりの胸にしまっておいていただきたいと」

 ユーセフは身をかがめ、第1夫人に忠義を尽くすこのけなげな侍女にやさしくほほ笑みかけた。

「わかった。約束しよう。わたしはラシードの寝室に入ったときに、このブレスレットが落ちているのを見つけ、地下への入り口に気がついたのだ」

ユーセフはそう言って、女に向かってうなずいた。

「ありがとうございます、殿下」

 女は深々と頭を垂れた。

「よし、それでは、このブレスレットを“わたしが見つける”場所に案内してくれ」


 部屋を出ようとしていたラシードは、上の騒々しい物音に気がついた。何やら複数の人間が言い争う声がする。まずい、なにか不都合が起こったらしい。開けかけた鍵をしめて振り返った。

 助けが来たの? 同時に気づいたジェニファーは、期待を込めて上を見た。

 ラシードの動きは早かった。ジェニファーのところまでひと息に近寄ると、抵抗するすきも与えず、思い切り腕を後ろにねじりあげた。

「痛いっ! 何をするの?」

「うるさいっ、こっちに来るんだ」

 そういうとラシードはそばにあった布でジェニファーを後ろ手に縛り上げ、ぐいぐいと引っぱりながら寝室の奥の戸棚へと向かった。軽く押すと、なんとそこには地下通路へと続く入り口があいた。

 ジェニファーは息をのんだ。

「ふん、備えは万全だ。おまえの姿さえ見つからなければ、なんとでも言い逃れできる」

 ジェニファーの服と荷物を通路に放り込むと、ぼんやりと灯りがともる通路へとジェニファーを押し込んだ。

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