25 監禁

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ジェニファーは薬を嗅がされて意識を失い、とある邸宅の地下室に監禁されてしまった。そして、誘拐をくわだて、それに喜んで協力していたのは、ありえない人物だった!


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 どこかで水が流れる音がする。

 せせらぎのような心地よい音。

 それにスパイスと果物の混ざったようなかすかな匂いも。

 体がだるい。だるいのに重さがなくなってしまったみたいに、ふわふわと浮いている。わたし、夢を見ているのかしら。ぼんやりと白い雲が顔の前に現われて、雲のあいだに目が見えた。なんだか顔みたいな雲だわ。声がする。なにか言っているわ。なあに? もっとこれを飲むの? いいえ、もう飲みたくない。喉は渇いていないもの。それより、わたし、眠いの。ええ、そう、眠りたいの……。


「おじさま、あの女は地下室に寝かせておいたわ」

 ベールで顔を覆った女が、ラシードの部屋にあらわれた。目だけしか見えないが、きつい性格であることが目元からも見てとれる。

 窓辺に敷き詰めた分厚いクッションに腰をおろし、ラシードは水たばこを吸っていた。一日の終わりの至福のひとときだ。日の出前に起き出し、礼拝をすませたあと、一日じゅう、神経をすり減らして仕事に精を出したあとの一服ほど、こたえられないものはない。このくらいの楽しみはアッラーもお許しくださるにちがいない。

「どんな様子だ?」

「少し飲み物が強かったみたい。あれなら当分のあいだ眠っているはずよ。着替えは召使いにやらせたわ」

「よし。鍵はかけたのだろうな?」

「ええ、もちろん。バッグに入っていた携帯は踏みつぶしておいたわ。着信が入っているみたいでうっとおしかったから」

「そのままバッグに戻しておけ。へたに捨てて、だれかに見つかるとまずい」

「もちろんそうしてあるわよ」

「さすがにおまえはよく気がまわる子だな」

 ベールの女はイソベルだった。ラシードの腹違いの妹の娘にあたるが、野心の強いこの娘は、温厚な父母に見切りをつけると伯父にとりいり、何かにつけて相談にあらわれるのだった。

 イソベルの母親は国王の縁戚に嫁いでいたが、自分の結婚には何の政治力もコネも発揮してくれない。最近ユーセフとの結婚話がなくなりつつあって焦っていたところに、あの白人女があらわれ、ユーセフどころかシャリファにまでうまく取り入っているのを見て業を煮やし、ちょうど伯父の帰宅をみはからって泣きつきに来たのだ。

「伯父さまにも、あの女はじゃまだったのかしら?」

「ああ、まあいろいろとな」

 ユーセフを追い落とそうとしていることは知らせずに、拉致してきたジェニファーに薬を飲ませる話をしたところ、イソベルが大喜びで手伝ってくれたのだ。この件を知っている人間は少ないほうがいい。

 さらに言えば、身内で秘密をもらす可能性のない人間であればもっといい。

「薬の量が多すぎると、命にかかわるぞ」

「あんな女、いっそ死んでしまえばいいのよ」

 イソベルが吐き捨てるように言った。

「まあまあ、もう二度とユーセフの前にあらわれることはないから、安心しろ」

 そういうと、心優しい伯父のふりをしたラシードは邪魔なイソベルを追い払うことにした。

「おじさま、ありがとう」

 イソベルはベールに顔を隠したまま、大喜びで礼をいった。

「さあ、このことは忘れてそろそろ帰るといい。何かのはずみでほかの者たちにおまえが来ていたことがばれると、あとあと面倒だ」

 自分の希望よりもはるかにうまくいったことにイソベルは満足し、そっと帰っていった。


 さてと、あの青い目の娘にどうやって言うことをきかせたものか……。

 金髪碧眼の美しい娘がエナジー・スター社から派遣されてきたとき、ラシードは年甲斐もなく血が沸き立った。なんとかして自分のものにしたかったが、あいにく妻はもう4人いる。ならば、愛人にするより手はない。もともとあの娘には、王子を失脚させるための駒になってもらうはずだった。だが、とくに問題も起こさず、周囲から突き上げられ気持ちのくじけた娘にラシードが温かい手を差し伸べることで、娘をなびかせるという考えも消えた。

 それなら、こちらが問題を起こすまでだ。そうして〝火の手〟――別名、花火――の作戦が始動した。細工は流々だった。今日、あの娘に電話の内容を聞かれるまでは。

 ラシードはゆっくりとパイプから煙を吸い込み、たっぷりと肺を満たした。芳香があたりに漂っている。

 たしかに、回廊でリチャードへの電話を聞かれてしまったのは大失敗だった。人の気配がしたような気がして急いで話を切り上げたが、やはり娘に知られていた。だがあの女の言うことをエリックは真に受けはしなかったから、今のところ、秘密に気づいているのはこの娘だけだ。

 やはり力づくで愛人にしてしまうのがいちばんだろう。もちろん、薬の力を使ってということだが。夜のうちに手ごめにしてしまおうかと考えたが、薬で反応のない相手ではつまらない。明日の朝、こちらの言うことをきかなければ、ほどほどの薬で言うことをきく体にしてしまえばいい。

 できれば血を流したくはないし、せっかくあれほど美しい女をこの屋敷に迎えたのだから、命を奪ってしまうのはもったいない。アメリカ大使館のパーティではひときわ輝いて見えた。どうだあの白い肌は。あの体の線は。黄金の髪はシャンデリアの光を受けてきらきらと輝いていた。だが、あの青い目はおれを避けようとしていた。

 生意気な女め。

 ラシードは急にいらだちをおぼえ、またさっきより強くパイプを吸った。水パイプの水がごぼごぼと音を立て、あやうく水もいっしょに吸い込みそうになった。

 娘は失踪したことにしてこのままこの屋敷に閉じ込めてしまうことにしよう。改築したときにこっそり地下室を作っておいたのはわれながら賢明だった。特別な楽しみのための部屋にしようと考え、ごく一部の使用人しか地下室の存在は知らない。あの女がしっかり言うことを聞くようにしつけてしまえば、あの地下室は愉楽の園になる。あの白い肌に舌を這わせたらどんな味がするだろう。あのふくらんだ乳房を思いきり吸ってやったら、娘はどんな悦びを見せてくれることか。そして、あのドレスの下に隠されている体に褒美を与えてくれよう。

 ラシードは体がかっと熱くなるのをおぼえた。ほほう、この感覚は久しぶりだぞ。これはいい。これはいいぞ。

 パイプを口から放し、ラシードは低く喉の奥で笑った。

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